Side B - Part 3 前門の虎、後門の狼
Phase:03 - Side B "Kimitaka"
『ただいまより、非常事態対応マニュアルに基づき防災活動を展開します。校内に残っている生徒及び教職員は、直ちに臨戦態勢を整えてください』
「――は?」
「なん、て?」
『これは訓練ではありません。繰り返します。これは、訓練ではありません』
今の放送、防災活動って言ったよな。逢桜町の人間が「災害」と聞いてまず思い浮かべるのは〈特定災害〉――〈モートレス〉の別名だ。
しかも、わざわざ「訓練じゃない」ってアナウンスした。これ、何かとてつもなくヤバいことが起きてるんじゃないか?
「気をつけてください、佐々木先生。二方向から来ます」
「やっぱ展開知ってると覚悟が違うな、川岸先生。ちなみに、こういう時は時計の針に例えて『十時と四時の方向から来る』って表現するとよりカッコいいぞ」
「おお、作家らしいアドバイス……!」
「文系っぽさ皆無の体育会系アクティブチャラ男が先輩風吹かしてすいませんね」
さらに、放送が終わった直後から急にりょーちんと川岸が意気投合しだした。お互いを「先生」呼びなんかしちゃって、急にどうした?
ってか川岸、今「作家」って言ったよな。話題になったそっくりさんの中の人、マジでりょーちん本人だったのかよ! これ終わったらアマゾン大捜索すんぞ!
「テッシーさん、テッシーさん。りょーちんって、何か小説出したんですか?」
『未確認生物みたいなあだ名をつけるな! そんなことより声を抑えろ』
「ジャンルくらい教えてくれたっていいじゃないですか。恋愛? バトル? やっぱりサッカー?」
『もう一度だけ警告する。騒ぐな、黙れ』
最初は、あだ名で呼ばれるのがイヤで答えを拒否されたのかと思った。でも、川岸と黒板消しを手にしたりょーちんも「静かにしろ」って顔してる。
二人はオレと手代木マネを挟んで背中合わせに立ち、目の前のガラス窓をじっと見つめた。ちょうどりょーちんが言っていた、十時と四時の方角だ。
そして、不可解な行動をとった理由は訊き返さずともすぐにわかった。
「なん、で……? なんだよ、これ……!」
「おいでなすったか。ゴール前で張ってるディフェンダーみたいなしつこさだな」
さっき、みんなを迎え入れた窓のすぐ外に、三つの巨大な顔が迫る。膨らんだ風船を連結させたような形の頭が長い胴体に直接つながるその様は、まるで頭を人間とすげ替えた人面ムカデ。
その頂点にある三つの顔全部が、オレの見知った顔だった。なんで? どうしてお前らが――。変わり果てた友達の顔を前にして、オレは言葉を失った。
「先生、こっちにも!」
「落ち着け、大丈夫だ。デカブツの相手は試合で慣れてる」
川岸が向き合う反対側、川と学校の間に広がる林に面した窓には、ロウ人形の顔だけをいっぱい集めて中途半端に溶かし固めたような卵型の物体が張りついた。耳も目も鼻も本来あるべき場所になく、一つ一つのパーツのサイズもおかしい。
こういうのはフィクションだから許されるのであって、現実に出てこられたらグロと恐怖以外の何でもない。悪寒と震えが徐々に広がり、オレの全身に染み渡っていく。
『まーたそういう大口を叩く。あんな体格の選手見たことないぞマスター』
「サッカー界だと、身長一七五センチは小柄も小柄。俺にしてみればピッチの中も今の状況と似たようなモンよ」
『そういうものか?』
「そういうものなの。こいつらを振り切って、三人で大講堂の床を踏めばゴールなんだろ?」
『なるほど、ハットトリック……笑えないブラックジョークだ。忘れろ』
「イイじゃん、それ。いっそ貪欲に狙っていこうぜ」
そこに耳から飛び込んできた「サッカーでいうと何々」のりょーちん節。現実を受け入れたくなくて、思考停止してた頭がクリアになってきた。
ああ、やっぱりこれは本当で本物。ゲームみたいだけど、現実の出来事なんだ!
状況を正しく理解した途端、急に身体から力が抜けてさ。よろけた足が近くの机に当たって、がたんと音を立てちまった。
「ひっ……!」
情けなく引きつった声が漏れる。その瞬間、三つの顔と目が合った。敵は三者三様に笑みを浮かべ、よだれを垂らしながらこっちに向かってくる。
地震みたいな縦揺れと、凄まじい衝撃がオレたちを襲った。化け物の突進を受け止めた教室の壁はミシミシきしみ、金属の窓枠とともに悲鳴をあげる。
コイツら、オレとの再会を喜んでるんじゃない。頭と同じ数の獲物を見つけて、取り合いしなくて済むぞって喜んでるんだ!
「どうしよう、ごめん! オレのせいで……!」
『遅かれ早かれ、いずれはこうなっていた。気にするな』
「よし。これ貸すから、あのスコッチエッグに向けて目を離すな。俺がやれって言ったら撃て。誤射に気をつけろよ」
「安全装置のないシンプル設計……トカレフかな?」
『電子スターティングピストルです川岸さん』
なんで女子高校生が拳銃の名前知ってんの? と引いてる手代木マネの背後で、巨大な卵が岩みたいに太くてゴツい腕をにょきにょき生やし始めた。コイツも窓から教室に押し入るつもりらしい。
「小林は俺の後ろに。セナ、準備」
『コード・セット。チャンネルオープン。体調は問題ないか?』
「おまえがモニタリングしてるとおりだよ」
『よろしい。生体同期レベルアップ。バッチ適用、身体能力拡張。思考加速化第一段階、限定解除』
「――っ、う……!」
感動の再会からわずか数分後、最推しに死亡フラグが立った。マネージャーが早口で呪文のようなコマンドをまくし立てると、りょーちんの顔が苦しげにゆがむ。
思わず「やめろ!」と口まで出かかったが、この人は自分の意思でパートナーAGIに命令を下した。オレに止める権利はないし、止めたら全員喰われて死ぬ。
『人機並列演算処理、起動! 速攻で決めるぞ、マスター!』
「上等だ、しっかりついてきな! コード発令――試合開始!」
目の前には、頭から二本の舌を生やした人面ムカデ。後ろには窓枠に指をかけた肉の塊。背筋がゾワッとした瞬間、窓枠の上の暗がりに緑色の小さな光が点灯した。




