Side B - Part 1 再会は突然に
Phase:03 - Side B "Kimitaka"
憧れはいつしか目標になり、目標はいつしか希望になった。第一志望に進めなくとも、〝天上の青〟に焦がれる気持ちは変わらない。
心機一転、今日から新たなステージで高みを目指す日々が始まる。上々の滑り出しで高校デビューを果たしたオレの前に、それは突然現れた。
「なん、で……? 学校は〝防災結界〟で囲まれてるって、先生が」
オレの右手には、オレンジ色の〈五葉紋〉がある。でも、それだけ。小林公望は今までも、これからもただの平凡なサッカー野郎だ。特別な力になんか目覚めちゃいない。
頭ではわかってる。ここにいたら殺される、って。だけど、脚が……身体が、動かない。震えて言うことを聞いてくれないんだ!
「あ、あ……」
オレは祈った。神頼みなんて、試合で格上のチームと当たるかPKの時ぐらいしかしたことないのに。町がこうなっちまってからはなおさら、神様なんかいないって思ってた。
それでも、祈らずにはいられなかったんだ。人間には必ず限界がある。自分でどうにもできないなら、あとは奇跡にすがるしかない。
「い、イだ。ミづゲだァ」
「……っ!」
窓の外、風船みたいに膨れ上がった姿でテラスをのそのそ歩く〈モートレス〉がオレに気づいた。にちゃあ、とまだ新しい血に濡れた口の端を吊り上げて化け物が嗤う。
いや、だ。イヤだイヤだイヤだ! こんなところで死にたくない!
人でも神様でも、それ以外の何でもいい。誰でもいいから、オレを助けて――!
「無事か? もう大丈夫だぞ!」
その想いがどこかに通じたのか、この時……奇跡が起きたんだ。
黒い人影がテラスの柵を乗り越えてきたかと思うと、出会い頭に〈モートレス〉へ飛び蹴り一発! 巨大な化け物はどっかへ吹っ飛んでいった。
そして、腰を抜かしたオレの前にりょーちんが――最高にカッコいい最推しが、女友達をお姫様抱っこして現れたんだ!
「小林くん! なんでここに?」
「川岸! お前こそ保健室で寝込んでたんじゃ?」
「そう……みたい、だね。さっき〝じきたん〟の警報で目が覚めたらこんなことに」
川岸が床に降り立ち、オレの元に駆け寄ってくる。いやいや、お前こそなんでここにいるの?
葉山先生が終礼で言ってたぞ、保健室は安全地帯のひとつだって。そこで目覚めたなら、警報解除まで部屋に閉じこもってればいいだろ。
「そっ、か。そっちも大変だったな。生きててよかった」
「……うん。ありがとう」
川岸はオリエンテーションの場にいなかったから、学校の設備に関して直接的な説明は受けていない。でも、デジタル生徒手帳にはしっかり【緊急避難場所】って明記されてるし、その情報は〝じきたん〟上でもチェックできる。
外へ出る必要がないのに、なんで川岸は聖域を出た? そうせざるを得ない理由があったからか? それってつまり、保健室はもう――
『なんだこの空気。青春か? 爆破していいか?』
「そっとしといてやれよ。邪魔するのは野暮ってもんだ」
って、そうだ! りょーちん! びっくりして心臓止まるかと思った!
さすがはサッカー男子日本代表、登場からカッコいい。テラスを飛び越えひょいっと登場、怪物めがけてドロップ……キック……?
いやいやいや、いくらりょーちんでもおかしいだろ! ここ、地上三階だぞ!? 渡り廊下の屋根を伝って来ても、人間のジャンプで乗り越えられる高さじゃない。
それを何? この人、女の子ひとり抱えたまま、垂直跳びで越えてこなかった?
映画の撮影? ワイヤーどこ? これ、どこまで現実なんだ!?
「ところでそいつ、知り合いか?」
「同じクラスの小林くんです。中学の時はサッカー部で――」
「あー、ストップ。進路の話はこっちから触れないほうがいいとみた。Y県民との富士山トーク並みにセンシティブな予感がする」
『おっと、今の発言はイエローだぞマスター。累積警告により退場』
「おい、ウソだろ!? モンテディオの話しただけなのに!」
『山形から富士山が見えるわけないだろ! 山とフルーツ王国違いだ!』
現役のトップ選手、憧れの人がオレを見てくれてる。そう気づいた瞬間、すべての思考が弾け飛んだ。
胸が高鳴り、汗が吹き出し、熱くなった血が全身を駆け巡る。直接言葉を交わす前からこんだけ興奮してるって、これからどうなっちゃうんだオレ!?
逸る気持ちを落ち着かせようと、目を閉じて深呼吸する。大丈夫、緊張なんて慣れっこだ。こんなの試合でいっぱい経験してきただろ!
――と自分に言い聞かせた直後、最推しに突然話しかけられてオレの理性は蒸発した。
「おまえ、名前は?」
「どわぁああああ!? こ、ここ、小林公望です! 公に希望の望と書いて、きみたか。釣りと中華料理好きな親が太公望にあやかったらしいです、けど……」
「けど?」
「オレ――釣りがスーパー超絶エクストリームド下手クソなんです」
鉄板の自虐ネタを繰り出してみたが、りょーちんには刺さらなかったらしい。少し間を置いて「魚釣りと話題釣りのダブルミーニング? 面白いやつだな~」なんて、お情け程度のリアクションが返ってくる。
わかってる。わかってたよ。あなたの華々しい人生に、オレみたいな凡人は爪痕ひとつ残せない。サッカーの実力は言わずもがな、トークセンスでも取るに足らない選手だ。
でも、現実を突きつけられるのはやっぱりショックだな。憧れの人が昔の記憶、オレと初めて会った日のことを憶えててくれてるかもって、もう少しだけ夢を見ていたかったよ。
だけど、だからこそ嘆いてる場合じゃない。早く気持ちを切り替えろ。忘れられたならもう一度、ビタ付けマークで距離を詰める!
「お、面白い!? いや~そんな、あはははははは!」
『似た者同士、恐るべき親和性だな。コミュ力の核融合、太陽に太陽をぶつけるがごとき莫大な陽エネルギーの暴力がここに……!』
あ、すっかり忘れてた! 迷言かまして空中でひっくり返ったホログラムが手代木マネか! 東海ステラの公式動画やインタビューで存在は知ってたけど、まさかパートナーAGIだったとは。
りょーちんと主従関係がはっきりしてて、敬語で話すコンシェルジュみたいな感じかと思ってたら、友達感覚かつモブキャラ的な見た目でちょっと意外。
『ところでマスター、その黒板消しどこから持ってきた?』
「ん? あそこの汚れが気になってさ。ほら、あれ」
『その手には乗らないぞ。いいか、備品を粗末にするなどアスリートとして下の下! 何をする気かあえて訊かないが却下だ!』
「そう言うなって。いいから見てみろ」
『黒板の脇、椅子が突き刺さっている掲示板か? 質量のあるモノが激突した時にできる、クモの巣状のひび割れが確認できるな。それと――』
そんな敏腕マネージャーが、りょーちんの示すほうを見て絶句した。オレと川岸もつられて目を向け、そこにあった光景に言葉を失う。




