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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:03 宿敵
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Side A - Part 6 セーフモード

Phase:03 - Side A "Mio"

【シナリオ干渉モードを起動します】



 あきらめて目をつぶったちょうどその時、〈Psychic(サイキック)〉の合成読み上げ音声とともにそんなカットインが表示された。視界が急に薄暗くなり、対照的に青白く浮かび上がった画面が二つに割れる。

 あたしの決めた原案において、このパターンで現れるのは視覚的なルート分岐。主人公が複数の選択肢からひとつを選び、それによって戦況が動く場面だ。



【イチかバチかで正面突破】


【窓から中庭へダイブ】



 ほらね? やっぱり、逃げる方向を選べってさ。あたしがどっちを取るかによって、話の展開……実際に現実世界でたどる運命が変わる。



(どうしよう。どうしたら……!)



 この二択なら、地上二階の窓から飛び降りるのが良さそう。逃げるにしろ迎え撃つにしろ、狭い屋内ではやりづらいしね。

 問題は、いかにして安全を確保するか。窓から見える範囲にいないだけで、階下に別の〈モートレス〉が潜んでる可能性もある。いなくても、飛び降りた時にあたしたちのどっちか、または両方がケガでもしたらそれこそ()()だ。



【補足 セーフモードが有効になっています】


「セーフモード?」



 選択肢ウィンドウの上に現れたメッセージが目に留まり、あたしは思わず聞き返した。頭の中で再び、汎用人工知能(AGI)の機械的な声がする。



【〈Psychic〉は、あなたに命の危険が差し迫っていると判断しました。これより、人機並列演算処理によって緊急思考加速化機能を起動し、危険を回避するお手伝いをします】


「なになに? どゆこと?」


【あなたの脳と〈Psychic〉が手分けして情報を処理することで、とっさの判断や回避行動に要する時間を大幅に短縮。現実世界における体感時間を大幅に引き延ばすことができます】



 セーフモード。正式名称、人機並列演算処理による緊急思考加速化機能。

 その存在自体は、頭にマイクロチップを埋め込んだ人ならみんな知ってる。インプラント手術を受ける前の重要告知事項として、お医者さんから必ず説明されることだ。


 簡単にいうと、これは〈Psychic〉が「あっ、これマスター死ぬわ」と判断したら、ユーザーの命令・許可を待たずに自動で立ち上がる危険回避プログラム。

 思考力と判断力、身体能力の限界と反応速度を瞬間的に引き上げ、死亡フラグ回避をサポートしてくれるんだって。


 で、この誰でも使える簡単便利な即席チート、唯一の弱点は――



「持続時間がマスターの精神状態に左右される。ってことは……セーフモードが切れる前にどっちか選ばないと、問答無用でデッドエンドだ!」


【より早いご英断が、より多くの命を救います】



 作者としてのあたしは何の気なしに書いたんだろうけど、いざ主人公の立場になってみると、こういうシチュエーションでこそじっくり考えさせてほしくなる。

 判断材料が欲しい、時間も欲しい。独りで瞬間的かつ直感的に決めるには、何もかも足りなさすぎる。

 でも、今はそんなこと言っていられない。早く決めなければ自分はもちろん、りょーちんと手代木てしろぎさんまで命の危険にさらしてしまう。



(――よし)



 あたしは腹をくくり、【窓から中庭へダイブ】の選択肢に指で触れた。

 ピコン、と電子音が鳴って選択肢が消え去り、景色がゆっくりと動きながら徐々に彩度を取り戻していく。



がしらの怪物は、男とその背後に立つ少女へ狙いを定めた。初見こそ敵のおぞましい見た目に嫌悪感を覚えたものの、それを上回る意志の力――「絶対に生きて帰る」という信念に突き動かされた二人の顔に、もはや恐れの色はない。

 このあと、主人公としてどう動けば助かるのか。物書きという点で共通する二人は、言葉にせずとも最適な生還ルートを本能的に察知し、脳内でまったく同じ避難経路を組み立てた】



 復活した執筆画面の上に、自分の文体を模した言葉が走る。あ、と思った時には推しであり尊敬する先輩作家のたくましい腕が背中に回り、あたしはお姫様さながらの横抱きにされていた。

 りょーちんはそのまま、窓に向けて身体をひねる。途中で振り落とされないよう、王子様に直接……だと過激なファンに殺されそうなんで、ここはユニフォームへしがみつくことにしよう。


 急に増した重力加速度によって、身体が相手の胸板に押しつけられる。四角い窓枠をくぐり抜けた直後、強烈な浮遊感とともに世界が開けた。



「行くぜ! テイクオフ!」


『アーイ、キャーン、フラ――イ!』



 ふざけているとしか思えない手代木さんの掛け声に合わせて、和製コンコルドが勢いよく踏み切る。

 あたしは記念すべきその乗客第一号となって、保健室の窓から飛び立った。

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