Side C - Part 3 ガラスの向こうに
Phase:02 - Side C "Kimitaka"
「さて、私の靴箱は……」
「〈Psychic〉のARカメラ機能通せばすぐわかるぞ水原」
「うるさいぞ大林、つぶやいてみただけだ!」
「だから小林ですってば」
いやー、マジ助かるわ〈Psychic〉! 風景をざっと眺めただけで、同じ形の靴箱がずらっと並んだ中から自分に割り当てられた場所を探して、光って見えるように視界を加工するところまで自動でやってくれるなんてさ。
えーと、オレは……安定の最上段です。本当にありがとうございました。
「よーっす、大林! また三年間よろしくな!」
「おう、よろしく。わかってると思うけど〝小林〟な」
靴を履き替えていると、後ろからブレザー姿の男子三人組が声をかけてきた。町内中学校のスポーツ交流戦で知り合い、顔を合わせればくだらない話をする程度にはつき合いのある他校出身のメンツだ。
同時に、川岸と水原には少し距離を置かれてしまった。二人とも内気なほうだから、知らない男子に囲まれていい気はしないよな。
よし! こんな時こそ、オレのコミュ力の見せどころ。ゴール前の攻防ばりにスマートかつテキトーな会話で切り抜けてみせよう!
「そういえばお前、クラスどこだった?」
「C組。お前らは?」
「マジか……ご愁傷様。Cは担任ガチャぶっちぎりのハズレらしいぞ」
オレの答えを聞くと、三人は一様に憐れみの目を向けてきた。人から聞いた話だけで判断すんなよって思ったけど、それをそのまま口走るほどオレは空気の読めないヤツじゃない。
水原みたいなキャラだと、キツいこと言っても黙認され……ないな。あいつは自分から敵作っといて相手にしないだけだったわ。
「部活の先輩から聞いてないの? 現国の葉山っておっさんなんだけど、時間とか校則とかに人一倍うるさいんだって」
「いや、それ普通だろ。時間と規則を守るのは集団生活の基礎基本だよ」
「厳しいだけで済めばいいけど、こう……カッとなりやすいっていうか、ヒステリックっていうか。怒らせるとこっぴどく叱り飛ばされるって話だ」
「パワハラ受けるかもしれないってこと? なら〈Psychic〉で動画撮るか音声録音しといて、ほかの先生に股抜きスルーパスすりゃいいじゃん」
「お前、メンタル強すぎない? サッカー班の春合宿で何があったんだよ」
「別に何もないよ。お前らが浮かれてるだけだろ」
オレは追撃を無視し、女子二人に「お待たせ。行こう」と声をかけた。その様子をニヤニヤしながら眺めていた野郎どもが、すかさず茶化しにかかる。
「出たよ、大林のイケメンムーブ。勘違いオフサイドトラップともいう」
「チャラいところまでりょーちんリスペクトなんだ……」
「他校の女子までキャーキャー言わしてた人気者の自覚あんのかよこいつ」
「はいはい、小林感ゼロですいませんね~」
ギャーギャー騒ぐ奴らに放置プレイをかまし、オレは廊下に出た。正面の壁にはデカい全身鏡と、部活や学校として獲ったトロフィーや記念品の数々が並ぶ表彰コーナーが設けられている。
もしかして、サッカー班も表彰歴ある? と淡い期待を胸に、オレは棚の中をのぞき込んだ。
「ったく、バカじゃねーのあいつ……ら?」
残念ながら、県内に強力なライバルがひしめくうちの班はお世辞にも強いとはいえないらしい。俊英みたいな強豪からは敵とすら認識されないやつだ。
でも、ナメたプレーしてくる相手を返り討ちにできたら、きっと最高にカッコいいよな。たまに奇跡的なジャイアント・キリングを見かけると、いつかはオレも――って希望が持てる。
そして、このガラスの向こうには、さらにオレを奮い立たせてくれるものがあった。
「川岸、水原! ちょっと見てくれよこれ!」
「わわっ……ま、待ってよ小林くん!」
「お前の視点から何がどう見えたのか知らないが、私と澪は平均的な日本人女性の体格だ。身長マウントのつもりなら今度こそダウンを奪ってやる」
「そんな意図ないわ! いいから展示見てみろ!」
四段ほどある飾り棚の上から二段目。その左端に、普通の二倍の大きさがある観音開きの色紙が置かれていた。
二人分のサインとともに余白へ記された文によれば、この色紙は逢桜高校の開校を記念して贈られたものらしい。
「あっ!」
「澪、これは――」
向かって右側には几帳面な文字で【逢桜ポラリス MF #9 羽田正一】とあり、教科書のお手本みたいにキレイな筆記体のローマ字でサインが併記されている。
オレにしてみればハネショーの直筆ってだけでも価値は十分だけど、注目すべきはその隣、適度に崩されたブロック体の長い名前。日本語の文面も流れるように滑らかで、明らかにサイン慣れした筆跡だ。
【東海ステラ/逢桜ポラリス FW #11 佐々木シャルル良平】
あふれ出す「大好き」をポジティブにとらえるのが当たり前になった今の日本で、何らかの「推し」を持つ人は二人に一人もいるらしい。よほど人間としてアレな相手とか、まわりに強要しなければ何を推しても自由な時代だ。
オレも昔から、最推しも目標も憧れの選手も全部りょーちんだと公言してきた。本気でサッカーをやるようになったのは、あの人がそうさせるだけの動機をくれたからだ。
「……鈴歌」
「私も同意見だ」
りょーちんたちの直筆サイン色紙を前に、川岸と水原は小声で何事が話している。そうだよな、知名度の高い有名人は男女問わず話のタネになるもんな。
二人の横でうなずき、独りで納得していたオレの意識をまたしても「小林くん、ちょっといいかな」という川岸の声が現実に引き戻す。
「ん? 何?」
「大事な話がある。ついて来い」
「は? ちょっ――何すんだ、離せよ! はーなーせー!」
次いで水原がオレの右腕をつかみ、無理やりどこかへ引っ張っていこうとする。大げさに抵抗したのが悪かったのか、騒ぎに気づいたさっきの男子三人組がまたデカい声ではやし立ててきた。
「修羅場かな? 修羅場ですねこれは」
「入学初日から二股とか、先が思いやられるよ大林選手」
「やっぱりチャライカーじゃん」
「違うっつの、全員ケツを蹴り上げるぞ! あと、オレはストライカーで、小林!」
目立つのは嫌じゃない。でも、こんな形で注目させられるのは勘弁してくれ!
オレはまったく状況が読めないまま女子二人に連れられ、教室とは逆の方向に足を進めた。




