Side A-2 / Part 1 似たもの一族
Phase:05 / Side A-2 "Suzuka"
「すみませーん、たい焼き引き取りに来ましたー」
「おー、みおりん! リンちゃん! おか~!」
呼び出しを受け戻ってみると、キッチンカーの前には相変わらず長い列ができていた。あの騒がしいギャルはちょうど店の脇で休憩中だったらしく、両手に花……ならぬ、両手にスイーツ状態で私たちを出迎える。
「右手のバケツ盛りたい焼き(稚魚)は分かるが、何だそれは」
「ふっふっふ、こいつがデカ盛りフラペチーノよ! ホイップクリームとチョコレートソースをた~っぷり乗っけておりま~す。いかがっスか~?」
「要するに糖分の塊だな。私は要らん」
「ごめん、工藤さん。あたしもコーヒーはミルクだけの無糖派」
「えーっ、マジでぇ!? めっちゃウマウマなのに、もったいな~っ!」
工藤はブーブー言いながらベンチ席を立つと、私たちを受け取り口まで案内してくれた。
この時間は接客をたい焼き男、その兄が焼き台を担当し、チャーリーズ・エンジェルはドリンクバーの運営や会計などを分担で引き受けているらしい。
「みおりんさあ、きのう本読んでたじゃん? なんか可愛いイラストついてる本。あれ、ラノベっていうんだっけ? 面白い? どういう話?」
「えっと、ライトノベルっていうよりライト文芸かな。主人公はフツーの男子大学生で、クリスマスイブの夜に傷だらけの黒猫を拾うんだけど――」
「ふんふん。そのにゃんこはクソ強い生物兵器で? ネコ耳ヒロインに変身して? 拾ってくれた男の子を護るため、追っ手のニンゲンどもを蹴散らす……と」
「うん。その……ごめん。つまんない話しちゃって」
「は? 何言ってんのみおりん、良ちゃんの話がつまんないワケないっしょ! 内容は今初めて聞いたけど、今度ディスったら怒るかんね――あっ」
道中、しゃべりたがらない私に代わって、ギャルのマシンガントークは澪に向いた。やや気圧された感はあるものの、澪は慌てることなく対応している。
二人は昨日、クラスメイトとなって知り合ったばかりの間柄。互いに相手をよく知ろうと、距離を詰めるのは自然なことだ。
「あの、工藤さん。あれ書いたの、あなたの憧れのお兄ちゃんだって知ってた?」
「……てへっ?」
「必修科目だよあれ、なんで読んでないの!? 読もうよ、読んでノワール沼にハマれえぇぇぇ!」
「怖い怖い! みおりん、顔めっちゃ怖い! わかったから落ち着いてー!」
それなのに――澪がこの女と楽しげに話していると、胸の内が妙にざわつく。
これは……この感情は何だ? 私はなぜ、何に焦っている? 昨日の一件で工藤を信用していないから? そんな人間が澪に近づいているからか?
「そ……そーだ、ふたりはハネショーとアンリっちに会ってきたんだよね。だいじょぶ? みんな干からびてなかった?」
「干物にはなってなかったけど、りょーちんに伝言が」
「俺に? なんて?」
「直ちに薄皮粒あんのヌシを献上しないと、バイクをぶち壊すそうだ」
「そこまでは言ってないよ!?」
気持ちそぞろに窓のすぐそばまで寄っていくと、何も知らないたい焼き男がひょっこり顔を出した。
そのタイミングで我流のボケを繰り出してみると、澪はきっちり拾いツッコミを入れてくる。私の存在を忘れてはいないようで安心したぞ。
と、私たちの話を聞いて心配になったらしく、金髪男が〈テレパス〉を飛ばした。スピーカーホンに切り替えた途端、大家の怒鳴り声が耳をつんざく。
『てンめぇ、シャルル! いつまで油売ってんだ!』
「午後から練習なんで、昼までたい焼き売ってまーす。どーしたショウ、アンリにエサやったら自分もお腹空いちゃってご機嫌斜めな感じ? か~わい~」
『かわ……っ!? てめえが一向に差し入れ持って来ねえから文句つけてんだーよー! わざとか? わざとだな? 俺のことおちょくってんだろ!』
「はいはい、そういうことにしときますね社長さん。あと十分ほどで御社のチャラ男がお届けにあがりますんで、お行儀良く待っててくださいよ~」
散々な言われようなのに、たい焼き男は終始笑顔だった。ケンカするほど仲がいい、というのはおそらくこういうことなのだろう。
私にはただの悪ふざけにしか聞こえなかったが、横で一部始終を聞いていた澪と工藤は「御社のチャラ男……」「くっそ無理、笑い死ぬ」と繰り返していた。
『だーれがてめえなんか雇うか、このチャラリーマン! 冷めたり焦げたりしてんの持ってきたら承知しねえからな! 中身こしあんだったら絶交だ!』
「そこは大丈夫。ちょうど今切らしてて、粒あんしかないから」
『あ、そう……』
「つきっきりでおまえの面倒見られないのは謝るよ、ごめん。でも、わざわざ会いに来てくれた家族に対して何もしないワケにはいかないだろ?」
申し訳なさそうな視線を向けてくるたい焼き男に、修平さんが車の後ろを指し示す。弟を物陰に引っ込ませると、彼は何事もなかったかのように「大変お待たせいたしました」と私たちへにこやかな笑みを向けてきた。
本業はバイク屋という話だが、客と会話しながらたい焼きを養殖する手は一秒たりとも休めない。すごい職人技だ。
「うちは四兄弟全員二輪乗りでね。日常の点検整備やカスタマイズは各自でやるんだけど、面白いことに愛車のメーカーはみんなバラバラなんだ」
『ちなみに長兄がホンダ主義者、こちらの兄上はヤマ派。我がマスターはスズ菌保菌者、末弟がカワサキ推しだそうだ』
「ああ、二人とも僕が魔改造と言ったのを心配してくれてるのかな? きちんと法律の規定内に収めてあるから大丈夫だよ。あと、手代木さん」
『何か?』
「その自虐ネタ口にしても許されるのは、スズキ乗りと有識者だけだからね。知ったかぶりすると轢かれるよ?」
職人は笑顔のまま紙袋の口を開き、ちゃんと味を間違えないで入れてるのか不安になるほどの速さで見慣れた大きさのたい焼きを詰めていく。
この義兄といい、工藤といい、ひとたび火がつくとマシンガントークが始まるところは佐々木家と親戚一族の性分らしいな。
「さて、世間話はこの辺で。そちらのお姉さんが成魚の粒あん2、カスタード2、抹茶1、練乳いちご1の合計6匹。黒髪のお姉さんが成魚のカスタード1匹だね。間違いない?」
「合っています。中身の見分け方はどうすれば?」
「紙袋の中で頭が上を向いてるのが粒あん、尻尾が上に来てるのがカスタード。お茶といちごはそれぞれのイラスト描いた帯にくるんであるよ」
お待ちどおさま、と修平さんが私に向けて紙袋を差し出す。手を伸ばして受け取ったちょうどその時、背後から私たちの名前を呼ぶ声がした。




