Side B - Part 7 おしえてシャッチョサン!
Phase:05 - Side B "Mio"
「――っと、その前に……まずはバーチャルサッカーの基礎知識からだな。てめえの親父がどんなことに首突っ込んでんのか知りたいだろ?」
「教エテ、シャッチョサン!」
「なんでお前も話混ざってんだアンリ、いちご食ってろ!」
大家さんは透明な飲み物カップにストローで口をつけると、軽く咳払いをして話し始めた。
あれ? よく見るとカップの側面に黒いペンで【Merci! Charles】って書いてある。りょーちんから大家さんに宛てたお礼のメッセージだ。
あの人、彼女さんたちにもこういうアプローチするのかな。ブラックコーヒーに同化させて気づきにくくしてあるあたりあざとい、そしてチャラい……!
「略称はVサッカー、対戦型シミュレーション形式のeスポーツだ。よくあるサッカーゲームと違うのは、何といっても強烈な臨場感。その再現には、超高精細の没入型複合現実〝イマーシブMR〟が使われてる」
「イマーシブMR……現実のような仮想現実、バーチャルのようなリアル。存在しないはずのものが目に見えて、あり得ないはずのことが起きるのもこの技術のせいですよね」
「そう。要するにこの競技は、人為的に再現した逢桜町内でサッカーすんのと同じ。その点において、俺とシャルルは一日の長がある」
なるほど。町内在住で複合現実慣れしてる大家さんと、鉄壁の守護神マテルノ選手、ただただ単純に強すぎるりょーちんがポラリスに勢揃いしてるワケね。
だからお父さん、負け越した場合のプラン考えてなかったんだ……。
「たい焼き男はモーションキャプチャをつけて走り回るフルダイブ形式での参戦と聞きましたが、大家さんは車椅子のままプレーを?」
「ああ、俺は自力で立っていられないからな。おまえの言うとおり、座ったまま3Dアバターを操作して試合に出る」
「競技中も〈Psychic〉を使える状態にしておくことは、スポーツ界においてドーピングと並ぶ禁忌とされているはずでは?」
「これはeスポーツだ。ド派手にやらなきゃ面白くねえ。ドーピングありきのエクストリーム・マッチが堂々と開催されるこのご時世、異種格闘技でも仕掛けない限り叩くヤツなんかいやしねえよ」
甘くて香ばしいタレの匂いが、風に乗って鼻先をくすぐる。アンリくんも翼を広げて「アワワワワ~」と言いながら、あたしたちの顔をじっと見つめた。
さっくりと軽い食感に、うなぎの蒲焼きを思わせるいい香り。確かにこれは人気なのもうなずけるね。
「エクストリーム・マッチ……」
「シャルルは最初、そっちの枠の日本代表として声がかかったらしい。本人が辞退して未遂に終わったがな」
「でしょうね。高潔なフェアプレー精神を持つアスリートには、決して受け入れられないことですから」
「アイツは昔、警察官か郵便配達員になりたがってた。それくらい正義感と使命感が強い。肝心の志望動機は『仕事でバイクに乗れるから』だったが」
懇切丁寧に解説しながらコーヒーを飲み進めていた大家さんが、カップのメッセージに気づいて「げっ」とつぶやく。その様子にうっかり笑い声を漏らしたあたしは、メガネ越しにキツい目でにらまれることとなってしまった。
「もうひとつ、イマーシブMR世界の特徴には『思い込みが現実化する』ってのがある。てめえはよーく知ってるだろうがな、ん?」
「はい。すいませんでした……」
「プレー中はみんな真剣だ。自分の感覚をいちいち疑ってたらキリがねえ。そんな中でほかの選手と接触すれば、現実でもケガを負うおそれがある」
「だが、それでもあなたは戦うことを選んだ。なぜだ?」
「あらゆる困難と次元を超え、皆が力を合わせて戦う。俺はそんな〝逢桜ポラリス〟のコンセプトに共感、賛同した。ただそれだけの話だよ」
その後も、あたしたちは大家さんから続々と有益な情報を仕入れることができた。
例えば、ヒューマノイドの一ノ瀬先輩を造って逢桜高校へ送り込んだ会社と、りょーちんに縁のあるサッカークラブ……東海ステラとポラリスのオーナー企業が、全部同じ会社だったこと。
この「天空」って意味の社名を冠するのは、サイバーセキュリティに強い外資系の民間警備会社だって聞いたよ。
「私も聞き覚えがある。小国の国家予算規模ともいわれる莫大な資産を持ち、国や県、逢桜町と〈モートレス〉対策の協定を結んだとか」
「ただ――この会社は現実に存在しない。ほとんどの業務をオンラインで完結させるビジネスモデルを世界に先駆け実践したのが、他ならぬアステラシアだったからな」
「なんていうか、バーチャル企業って感じですね」
「実際、そう呼ばれてるよ。お役所は頭の痛い問題に対する最適解を見つけ、会社側もカネの生る木を手にした。みんなニッコリ、win-winってワケだ」
「現実世界に実体のない企業が、国家プロジェクト級の公共事業を受託? あり得ない。アステラシアは一体、どうやってこの町に食い込んだ――?」
鈴歌の疑問に対し、ついに大家さんが大人の事情を明かしてくれた。それを聞きながら、あたしは自作のプロットと「答え合わせ」を行っていく。
ポラリスこそ、アステラシア社が現実世界で活動するための拠点。国、県、町はそれを承知で「町おこし活動支援補助金」をつぎ込んでいる。
税金を無駄遣いし好き勝手されないよう、ポラリスの運営事務局には国から派遣された監視役の職員が加わった。内閣府の徳永さんと、防衛省の高野さんだ。
お父さんの異動も、本当は適性のせいじゃない。町職員の代表として、自分から人柱を志願したんだ!
「貴重なお話を聞けたのはありがたいですが、そこまで話していいんですか? 私たちが不都合な真実を不特定多数に暴露する可能性は考えなかったと?」
「いいんだよ、自称天才。国からの保護って名目で、お前らはとっくに囲い込まれてる。高校生にもなりゃ、軽率にバラしたらどうなるか分かってるだろうしな」
「そっか、だから昨日徳永さんは……あれ? お父さんと鈴歌は関係者、葉山先生も気絶してたけど、工藤さんと小林くんが――!」
「アイツらはこっち側の関係者だ。詳しくは追って説明する。それよりも、今はまずやるべきことがあるんじゃねえの?」
「大家さん――」
「書けよ。書くことがてめえの戦いなら、ひたすら書け。今日だけ特別に後部座席を使わせてやる」
大家さんのその言葉で――見えた。創作の神が降りてきた!
あたしは「すみません、お邪魔します!」と叫んでうなぎパイの残りを口に突っ込み、大家さんの逆側にある扉を開けて、アンリくんの横から車内に滑り込む。
その内容が現実になってから一年と数週間ぶりに、あたしは〈Psychic〉のテキスト編集ソフトを立ち上げ『トワイライト・クライシス』の原稿を開いた。




