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トワイライト・クライシス  作者: 幸田 績
Phase:05 現実は構想よりも奇なり
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Side B - Part 6 衝撃的なお留守番

Phase:05 - Side B "Mio"

「大家さん!」


「コンニチハ! タイ焼キ、タイ焼キ!」


「アンリ、たい焼きは挨拶あいさつじゃない。あと、その単語出すとアイツが召喚されかねないからマジでやめろ」



 中列の座席で顔をしかめる大家さんの隣には鳥かごが置かれ、その中からヨウムのアンリくんがあたしたちに話しかけてきた。

 今はちょうど食事の時間らしく、金属製の串に刺してケージ内に置かれた真っ赤ないちごに夢中でかぶりついている。



「ところで、どこから話をお聞きに? 返答次第では物理的ショック療法を――」


「デジャヴ! このやり取り昨日もあったぞ、大家に危害を加えてタダで済むと思うな!」


「まだ何もしていませんよ」


「まだ、じゃねえよ! 未来永劫(えいごう)手ぇ下そうとすんな!」



 大家さんは鈴歌に猛抗議しながら、エサを食べるアンリくんにきちんと目を配っている。女性は苦手でも、それ以外の面倒見はよさそうだね。

 ここのグラウンドでサッカー教室開いたら、りょーちんほどじゃなくとも「はねだせんせー!」って子どもに人気出そう。お父さん、企画してくれないかな。



「いつもは亘理わたりの〝にこにこベリー〟だが、今日はアイツの兄貴に静岡の〝きらぴ〟もらったからお前にもくれてやるよ。どうだアンリ、美味うまいか?」


「ヨコスカ」


「ほー、横須賀……なんで?」


「アサクラ、ヨコハマ、フジサ――ン!」


「あ、ダメだこれ。とりあえず知ってる地名しゃべらせろって顔だわ。あと、なんで富士山だけテンションおかしいの?」


「リョーチン」


「ほらやっぱりシャルルのせいじゃねーか何教えてんだあの野郎!」



 昨日、気になって〈Psychic(サイキック)〉に追加で調べてもらったんだけど、ヨウムは果物や穀物を食べるアフリカ原産の鳥。特にアブラヤシの実が好物なんだって。

 でも――鳥類の味覚は「アレ」だ。この子たちは、味を感じる細胞がヒトより圧倒的に少ないことが科学的事実として証明されている。

 味が薄いとわからない、だからマズい。そのうえニンゲン様より鮮やかな紫外線も見える鳥目には、アメリカンなゼリービーンズよろしく極彩色の色味が好まれる――というのが最新の定説なんだとか。



「ダイジョブダヨー、シャッチョサン」


「根拠のない励ましありがとよアンリ。もう食わないなら下げていいか?」


「タイ焼キ」


「……焼き鳥にすんぞてめえ」



 食レポチャレンジなんて毛頭やる気のないアンリくんに、飼い主(シャッチョ)さんは頭を抱えて特大のため息をついた。

 それから、足元に置いていた紙袋に手を突っ込んで細長い物体を二つ取り出し、あたしたちに向けて「ほれ」と差し出す。



「? 何ですか、それ?」


「シャルルいわく、静岡名物と誤解されてる浜松名菓のうなぎパイ。こいつをやるからこっち寄って話せ、道路っぱたで聞かれちゃ困る話なんざするもんじゃねえ」


「いいんですか? ありがとうございます」


「それと、今日の俺は機嫌がいい。お前らの知りたがってること、言える範囲内でなら多少教えてやれないこともないぞ」


「……! 大家さん!」


「あーっ、ストップストップ! 急に近寄るんじゃねえ! 納車されたての車にゲロったらてめえらのせいだぞ! 俺は謝らないからな!」



 やはりこの大家殴っていいか? とつぶやく鈴歌をなだめながら、あたしはゆっくりと改造セレナに歩み寄った。その手前に並行して停めてある、鮮やかな白と青をベースにした大型バイクの車体に陽の光がきらめく。

 どこまでだって連れてくぜ! とでも言いたげな、見るからにアクティブでアグレッシブな雰囲気。手代木てしろぎさんの言ったとおり、りょーちんと一二〇パーセント気が合いそうな「スズキちゃん」だ。



「ああ、それ? お察しのとおりアイツのだよ。俺もあまり詳しくないが、ストリートファイター? ってタイプの大型車なんだと」


「言っておくが、ゲームのタイトルではないぞ澪。〈Psychic〉いわく車種の一派、四輪車でいうバンやSUVといった区別のようなものだ」


「見るからに車高あるし、隣に立つと『お前それ乗れんの?』って感じなのに、さっき持ち主がまたがったら地面に足べったりついてやんの。で、理由を訊いたら『股下九十センチあるから足つきバッチリなのよ俺』だって」


「はあ!?」


「身長の半分以上が脚だぞ、脚! マジでなんつー身体してんだアレ……ここだけの話、アイツあの童顔で首から下の筋肉バッキバキだーよ」



 大家さんの証言に、あたしと鈴歌は揃って奇声を返した。なっが! 脚長っ! おまけに細マッチョって、ファンが悲鳴上げて卒倒するアスリート体型じゃん!

 サッカー選手って聞くと、どうしても脚のたくましさに目が行っちゃうけど……身体の半分以上がボールを蹴る装置? そりゃ小柄でも強いはずだよ。


 ――ん? ってか大家さん、なんでそんなこと知ってんの? いくら一緒に暮らしてても、同居人の裸は意識しないと見る機会なくない?



「……受けてんだよ、介助。風呂に入るの手伝ってもらってんの! あとからアイツだけ入り直すと非効率的だから、毎日一緒に風呂入ってんだーよー!」


「うえぇぇぇぇぇぇ!?」


「相手が女ならともかく、男同士なら別に驚くことじゃねえだろ。あ、お前らが期待してるようなフラグは一切ねえから、そこんトコよろしく」


「この大家、平然と衝撃的な発言をしてくるな。天然か?」


「あたしもそれ思ったわ鈴歌……」



 キッチンカーのほうで歓声が上がった。りょーちんのファンサービスにお客さんが沸き立ったらしく、彼女さんたちが規制に出張る声も聞こえる。

 対して、ここは静かだ。野鳥の鳴き声、川のせせらぎ。この町がどっかに忘れてきたはずの平和な時間が、ここには確かに存在している。



「このバイク、車種は何つったか……GSなんとかって言ってたな」


「GSX-8S、だそうです。通称エイト・エス、たい焼き男はそれを縮めて愛車に〝エース〟と名づけているとか。以上、東海ステラ公式ホームページの選手紹介過去データより引用」


「引用好きだな自称天才! 車好きの客いわく、スズキ車は二輪も四輪も裏の顔があるっていうが……あのオーナーにしてこのバイクあり、か。さてと――」



 大家さんが「食えよ」と細長い袋を手渡す。春の光と風を浴びて一層輝くりょーちんのマシンを眺めながら、あたしたちはうなぎパイの封を切った。

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