Side B - Part 5 湧き上がる疑念
Phase:05 - Side B "Mio"
「以上で良き? ファイナルアンサー? あ~い、かしこまり~!」
「陽気を通り越してうるさい店員だな。まともな品を出さないと承知しないぞ」
「そこは大丈夫よリンちゃん。焼くのウチじゃないから」
『あのなあ……』
呆れるりょーちんの声を意に介さず、工藤さんはモバイルオーダーの内容を復唱。脳内お花畑口調のまま、キッチンに〈テレパス〉で呼びかける。
「お説教ならノーサンキュー。成魚粒あん2、カスタード3、抹茶1、練乳いちご1入りました~。修ちゃん、それ焼き終わったら受注再開する感じ?」
『交代で休憩を取りながらね。でも、七海さんはさっきの件もあるから、もう少し長く働いてもらわないと』
「げぇっ、修ちゃんの鬼! 悪魔! ケツにスパナ突っ込む系ドSメカニック!」
彼女にしてみれば、りょーちんがこんなノリでも許容してくれるから、お兄さんの修平さんにもななみん流のイジりが通じると思ってたに違いない。
でも、外側は冷たいのに、中で燃え盛っているのが職人という生き物。命と同じくらい、あるいはそれよりも大事にしている道具をネタに使われた日には、その情熱が恐ろしく静かな怒りに変換される。
『七海さんは優しいね、スパナで許してあげるなんて。僕ならインパクトドライバー持ち出すよ』
「……えっ?」
『いやいやいや、飲食店のキッチンでなんて話してんのこの店長!? ……まあ、俺もカチンときたら〝空気ボンベか高圧洗浄機のノズルぶち込むぞ〟って思うことあるけどさあ』
『それじゃ生ぬるいよ良平。加えてバイクで町内引き回しぐらいしてやらなきゃ』
『それはマテさんの専売特許なんで却下。あの人〝みかん畑に埋める〟〝浜名湖のうなぎのエサになれ〟〝お茶釜で煎ってやろうか?〟みたいなご当地脅し文句の引き出し多いんだよな~。ちなみに俺、全部言われたことあります』
「良ちゃ――ん!?」
『もうイヤだこの義兄弟!』
吹きこぼれる鍋みたいに騒がしくなったキッチンカー前を通り、あたしと鈴歌は運転席側に回り込んだ。個性豊かな店員たちの姿が、車体の死角に入り見えなくなる。
それを確認すると、幼なじみはあたしに顔を寄せ、小声で〈テレパス〉をつなげと言ってきた。
ここに至る一連の出来事について、何か思うところ――『トワイライト・クライシス』の登場人物として、あたしとこっそり共有したい情報があるみたい。
『澪。たい焼き男に関して、何か気づいたことはないか?』
『気づいたこと……りょーちんのファンがおとなしすぎる?』
『ああ。奴は本来、超のつく人気選手だ。昨日の一件を思い出せ。皆の前で大林が奴の名を口走った瞬間、割れんばかりの大歓声が上がっただろう』
この子、デフォルトで人を見下してるし、特に男の人は名前すらまともに呼ばないんだな。そういう上から目線が良くないんだよ鈴歌!
小林くんとりょーちんの扱いにツッコみたくなる衝動をこらえ、あたしはマジメに考えて答えを返した。
『熱狂的なファンは、親衛隊に注意された程度じゃ引き下がらない。りょーちんの彼女さんたちが相手だったらなおさらだよ』
『そうだ。たい焼き男がここにいること、取り巻きの女が何人もいるあの状態を、この場にいる誰もが当たり前であるかのように認識している。火種があってくすぶってるのに、発火しないという状態だ。これが何を意味するか分かるか?』
もちろん、わかる。あたしはりょーちんのロールモデルになった『トワイライト・クライシス』の男性主人公にも、スキャンダラスなイケメン俳優なのにまったく騒がれない――というエピソードを用意していたから。
作中ではこの時、周囲一帯で人間の脳波に干渉し「特定の思考」をねじ曲げる電波みたいなのが発せられてる設定だった。今の状況になぞらえると〝あさくらスパーク〟の敷地内で同じ現象が起きてることになる。
小林くんでイメージすると、会場入りするまで「たい焼き屋に行ってりょーちんと会って、サインもらって、それからそれから……」って言ってたのが、駐輪場に入った瞬間「あの人にはいつでも会えるんだから、たい焼き買って帰ろう」って、最低限の目的しか思い出せなくなるような感じ。
そのあと実際に本人と会って、たい焼きも注文する。けど、小林くんの中では一時的にりょーちんのレア度と優先順位が下がってて、執着心が薄らぐ……みたいな?
『誰かが意図的に、りょーちんをりょーちんだと思わせないようにしてる?』
『おそらくは。その〝誰か〟の正体については何とも言えないが、やってのけそうな人物に心当たりはあるだろう?』
「それって――」
「役場は土日祝日が閉庁日のはず。原則として出先機関もそれに準じる。おじさんは何のために休日出勤したんだろうな?」
考えたくなかった。だから、あえて考えないようにしていた。あたしにとって最も都合の悪い推論を無遠慮に突きつけられ、無意識に喉が鳴る。
わかってる。鈴歌はこういう子だ。思ったことをそのまま口に出しただけ。信頼関係を築けているからこそ、あたしには一際容赦のない指摘をする。
この子にとっての「友情」とは、モラハラの嵐を耐え忍ぶこと。そして、何度でもそんな自分に噛みつくしつこさを見せることだ。
知ってる? あなたみたいな人が、他人を死に追いやるんだよ。言葉の持つ力、心の痛みってものを甘く見てる。いつになったらそのことに気がつくのかなあ。
ああ、ごめん。わかんないからこそ、平然とそういうこと言えるんだ。
本当に――かわいそうな人だね、鈴歌は。
「安心しな、てめえの親父なら管理棟の特設PRブースでクラブの売り込み中だよ。シャルルの知名度と話題性だけじゃやってけねえからな」
「あなたは……!」
「よう。人に聞かれないよう〈テレパス〉で話してたみたいだが、途中から口に出てダダ漏れだったぞお前ら」
ふつふつと暗い感情が湧き上がる。これ以上鈴歌と言葉を交わしたら、思わず口に出してしまいそうだ。そうして独り理性と感情の板挟みになっていると、冷徹な声があたしの耳に入った。
突き放すような口調の中に、一抹の温かさを含む響き。唯一、りょーちんからミドルネーム呼びを公認された特別な人。
うつむいた顔を上げ、スライドドアを全開にしたメタリックレッドの福祉車両へ目を向けると、思ったとおりの人物がアイスコーヒーを手に待ち構えていた。




