Side B - Part 4 No TAIYAKI, No LIFE.
Phase:05 - Side B "Mio"
「そーだ、注文したあとの待ち時間でキッチンカーの隣見に行ってきなよ。みんな大好きりょーちん選手のヤンチャバイクが無造作に停めてあるゾ」
「ええっ、警備とかなしで大丈夫なの?」
「大丈夫。スズキちゃんの後ろに見張り番がいる。七海絡みの迷惑料代わりに好きなドリンク一杯サービスするから、挨拶してくるといい」
「あっ、ちょ……ナナち! ウチ、まだみおりんとしゃべってんですけど!」
「このままだと仕事がエンドレス。さあ、選んで。さあ」
七星さんはそう言って、顔色ひとつ変えずドリンクメニューをグイグイ押しつけてくる。その圧に耐え切れず仮想スクリーンをタップして、あたしたちは仰天した。
せいぜいコーヒー、ウーロン茶、ジュース程度のラインナップかと思ったら、これがびっくりするほどの充実ぶり! 特にお茶は産地と茶葉を細かく指定できて、この店がどこから来たのか名乗らずとも納得の品揃えだ。
「ってコトで、みおりんとリンちゃんに飲み物おごりま~す。マジで好きなの選んでいーよ、とりま二人ともフラペキメとく?」
『よしわかった。おまえのバイト代からその分天引きな』
「はああああああ!? 良ちゃんサイテー! チャラ男! ヤリチン! なんでそーいうコトすんの!?」
『ヤっ……あのなあ、親しき中にも礼儀ありっていうだろ。雇い主に損害を与えたら償うのが常識! 社会と大人をナメ過ぎなんだよおまえ』
『良平、良平。もう一つ言っておくことあるでしょ』
『まったくだよ修ちゃん。ここはきちんと異議を申し立てさせてもらう――現役サッカー選手のいる店で〝キメる〟とか言うな!』
事の仔細を報告しようと〈テレパス〉のスピーカーモードでりょーちんに連絡を取った工藤さんは、発言の責任を取らされると知って過激な悪態をついた。
いや、あの……気が動転してるのかもだけど、チャラい遊び人(婉曲表現)なのは否定しないんですねチャライカーさん……
『あー、お二人さん? うちの口汚い妹分が迷惑かけたな』
「い、いえ。大丈夫です」
『お詫びにイイこと教えてやろっか。りょーちんのイチ推しは富士の深蒸し一番茶、珍しいものだと和紅茶もオススメだぞ』
「黙らっしゃーい! サイレントヒル民の外圧はガン無視でおけおけ、この流れでお茶愛を語らせたら日ィ暮れ――」
そこまで言いかけ、ギャルは慌てて自分の口を手でふさいだ。店にりょーちん以外でもう一人、静岡県民がいるのを思い出したからだ。
陽気、明るい、穏和……そういった言葉で形容されるほんわかした人ほど、ブチ切れると遠州灘さながらの大荒れを見せるのは世の常である。
落ち着き払った様子の修平さんが、低い声で「七海さんのまかないにタバスコとデスソース、ジョロキア追加」と言い放つのがあたしの耳にもはっきり聞こえた。
季節はすっかり春なのに、キッチンカーのまわりだけ猛吹雪が吹き荒れる。この険悪な空気をりょーちんはどう攻略するつもりなんだろう。
『どうどう、修ちゃん。気持ちはわかる』
『マスター!?』
『セナも自分事として考えてみ? 実況観てる時に〝ホラゲーなんてじわじわ来るかグロ演出でビビらせるかじゃん。あーつまんね〟って言われたらどう思う?』
『なるほど、俺にもよく理解できた。有罪』
「うわ~、お手本みたいなテノヒラクルー。やっぱAGIって人類の敵では?」
すったもんだの末に処分を受け入れ、しょんぼり顔になった工藤さんのサポートを受けながら、あたしたちはようやくモバイルオーダーの操作を始めた。
えーっと、まずはたい焼きの大きさを選ぶ。それから中の具材と注文数を決めて、最後に【注文する】のボタンを――
……たい焼きの「大きさ」?
「小さいほうから順に一口サイズの稚魚、お試しサイズの幼魚、よく見る成魚、大人の顔よりデカいヌシ。五センチ刻みで成長するよ~」
「なんでそんなシステムになってんの!?」
「なんでって言われても、ねえ。なんで?」
『俺に訊かないでくんない?』
客足の途切れないキッチンカーに目を向けると、大好物の群れが描かれたバンダナを頭に巻き、りょーちんが生き生きと躍動しているのが見て取れた。
焼き台の熱気に負けず、ひたすらたい焼きを生産する職人にジョブチェンジした姿からは、ピッチ内で魅せる華やかさが微塵も感じ取れない。
でも、姿変われどキラッキラに輝く王子様感は健在だ。老若男女問わず集まった多くのファンが、品物を受け取ったあともりょーちん見たさで店のまわりに留まろうとしている。
あ、また親衛隊が集まってきた。ちょっと雰囲気がピリピリしてるな。混雑整理を名目にうまいことキッチンカーから距離を置いてもらおうって話してるのかも。
「何というか、こう……ホントに好きなんですね、たい焼き」
「りょーへーのたい焼き愛はガチ。サッカーと女の子より好きかもしれない。私たちというものがありながら由々しき事態」
「甲府の選手と乱闘寸前で笛吹かれたと思ったら、審判に専門店のポイントカード食らって『これで仲直りしろ!』って言われた珍プレーの記録もあるゾ」
『あれはCM上の演出ですー。あちらさんも全面協力してくれたぞ。ってか、なんでスタジアム限定シャインマスカットたい焼きネタ知ってんのおまえ』
「昨日、コバっちがみんなに布教してた。知ってるっしょ? 小林公望。みおりんと一緒に助けた、良ちゃんファンの高身長男子」
「あいつの仕業か……」
あたしと協力して〈エンプレス〉を撃ったあと、ずっと最推しに複雑な表情を向けてた小林くんの姿が頭をよぎる。
屋外の部活動であるサッカー班は、学校敷地への立ち入り制限対象外だ。今日もグラウンドで全体練習やってるはずだけど、普通なら落ち着いてボールを追える精神状態じゃない。
ちゃんと参加できてるのか、ちょっと心配になってきたな。校舎に無断侵入する気の鈴歌にくっついて、あたしも様子を見に行こうか。
「二人とも、そろそろ決まった?」
「あっ、ご、ごめん! えーと……」
あたしは成魚サイズで粒あんとカスタードを二匹ずつ、抹茶と練乳いちごがそれぞれ一匹。鈴歌も成魚のカスタード一匹を注文する。
飲み物はもう少し悩みたいな、頼むのはあとにしよう。焼き上がるのを待つ間、あたしたちは興味本位でりょーちんの愛車を見に行くことにした。




