Side B - Part 2 りょーちん親衛隊
Phase:05 - Side B "Mio"
「親戚ぃ!?」
「そ。ウチと修ちゃんにつながりがあるんで、その義弟のバチクソイケメンもウチの身内になるのです。ドヤァ」
あたしたちのすぐ前の人が注文を終えると、キッチンカーの中とその周辺から女性たちがわらわらと出てきてお客さんを遠ざけ、待機列整理用のポールで店のまわりをぐるりと取り囲んだ。
作業が終わると、女子店員軍団は波が引くようにどこかへ行ってしまった。さっきも写真撮るの規制してたし、りょーちんに近づくなってこと?
あたしは鈴歌とアイコンタクトを交わし、二人で規制線の外に出ようとした。すると、ニコニコしながら肩をつかんだギャル店員が間に割って入り――
「お客さ~ん、まだ注文済んでないっしょ~? ここまで来て冷やかしとかナシだかんね」
目が笑ってない工藤さんの圧に負け、あたしたちは店の前に引き戻された。そうして始まった雑談の中で、この衝撃的な新情報が出たってわけ。
背中に大きく【No TAIYAKI, No LIFE.】の文字と、たい焼きの絵があしらわれた黒いTシャツ。その上からカーキ色のエプロンをつけた同級生のすぐ隣には、同じ服装をした女の子……女の人? が【受注停止】のプラカードを手に立っている。
「今の女性たちは何だったんだ?」
「ふっふっふ、聞いて驚くなよ二人とも。あれ全員、良ちゃんの今カノ」
「全員!?」
「んで、そのうちの一人が、このジト目低身長もっさり銀髪ロリっ娘成人ナナちこと七星ちゃん。実はウチ、良ちゃんのカノジョ五人に白一点のハネショーを加えた七人で、アルティメットチャライカー公認親衛隊を結成したんだ~」
「サポーターァァァァァ!?」
「人呼んでチャーリーズ・エンジェル。英名チャールズだけに。ふんす」
チャライカーとの身長差、おそらく目視で三〇センチ以上。完全に見た目レッドカードの七星さんは自慢げにそう言うと、腰に手を当てて無い胸を張った。
ああ……工藤さんといいこの人といい、疑いようもなくりょーちんの筋だ。話が徹頭徹尾ブッ飛んでてツッコミどころしかないのに、聞いてるこっちの口からは奇声しか出ない。
改めて話を整理すると、昨日学校で知り合ったクラスメイトのギャル・工藤さんは、りょーちんの義理のお兄さん・修平さんと親戚同士。
ただし、りょーちんとは小さい頃に一回会ったきりで、ずっと「憧れのイケメンお兄ちゃん」止まりだったらしい。
「それが逢桜に来るってなったら、めちゃんこテンションアゲアゲじゃん? でも、良ちゃんってばいつの間にかサッカー界のアイドルになってんじゃん。軽いノリで『どうも親戚ですイエ~イ!』とか言えんのよ」
「では、なぜ私たちに秘密を明かした?」
「リンちゃんとみおりんは口堅そうだし、良ちゃんとの関係を誤解されても困るから。ホントはもーちょい仲良くなってからにしたかったんだけど、昨日の頑張り見ちゃったらね~。カントーショーってやつ?」
「敢闘賞だ。デタラメを言うな、そんな都合のいい話があるか」
「あるんだよこれが。な、修ちゃん」
と、キッチンカーの窓から公認五股……いや、大家さんまで含めたら六股の王子様が顔を出した。いつものキラキラオーラはそのままに、大好物の群れが描かれた青いバンダナを頭に巻き、エプロンを身に着けてたい焼き職人と化している。
やけど防止で長袖のアンダーシャツに重ね着した黒いTシャツは、朝に見た郷土愛満載のアレからお店の制服にチェンジ。これがまた妙に似合うんですわ。
……うん。わかってるけど、あえてツッコませてほしい。
いつ見てもネタTばっかなのに、さらっと着こなしちゃうとかフランス人かよ!
「おい、あれってりょーちんじゃね?」
「絶対そうだよ! 話しかけていいのかな……あっ!」
「そこの逢桜キッズ、来てくれてありがとな!」
「うわあああああ、マジでりょーちんだ! りょーち――ん!」
りょーちんは焼きたてのたい焼きを保温スタンドに並べながら、囲いの外から遠巻きに見ている子どもたちに笑顔を向けて手を振った。
わ~、黄色い悲鳴にご満悦って顔。さすがチャラ男、鈴歌にゴミを見るような目をされてもファンサービスに余念がない。
「誰かさんが十五歳でJリーグ初出場・初ゴールを飾ってからというもの、親類縁者を騙る不届き者が続出したからね。七海さんも疑われるのは無理もない」
「え、ひどっ! 確かにウチと良ちゃんはつながりないけど、修ちゃんたちとはDNA鑑定で『血族の可能性が極めて高い』って出たでしょ!」
「うん。だから僕たちは七海さんを信じて、大事な家族を任せたんだよ。そうでなければみすみす公認親衛隊なんて組織させない。位置に就いて、あんこ用意」
「俺、サッカー選手なんですけど」
修平さんは「ちゃっきり」という道具を手にすると、魚の形が並んだ熱々の鉄板へ手際よく生地を流し込んでいった。
隣で塊状の粒あんをかまぼこ板に載せ、大きなバターナイフで器用に切り分け投入していくりょーちんと、見た目は似ても似つかない。けれど、短く整えた茶髪に茶色の瞳、穏やかな話し方が好印象を感じさせる人だ。
「ちなみに、自称親族は東海ステラの顧問弁護士兼行政書士で税理士の兄が徹底的に対処してくれた。おかげで最近はめっきり聞かなくなったよ」
「あ! あの士業デパート、俺のスズキちゃん勝手に魔改造しなかった? これから乗り回そうってのに、公道走れませんとかナシだぞ」
「安心して、新年度の激務で目がイッちゃってる兄さんには指一本触れさせてないから。整備士の信念に懸けて断言する」
航平さん、だったっけ? 一番上のお兄さんに話が及ぶと、それまで上機嫌だったりょーちんの顔色が急に変わった。
うちのお父さんもそうだけど、バイクのライダーって車種とか大きさに関わらず、愛車への思い入れがすごく強い気がする。ペットと同じく、自分の手で面倒を見てると愛着が湧いてくるのかな?
「ホントにぃ? あのホンダ至上主義野郎、佐々木家で一番信用を売りにしてるのに俺の信用ねーんだら。ゴールドウィングがカッコ良いのは認めるけども」
『マスター、マスター。バイクの話題はほとんどの女に通じないぞ。あと、俺が確認した限り、車重二〇〇キロまで軽量化した以外に数値上の変化はない』
ってか、りょーちんのバイク重っ! それでも軽くなったほうなの? お父さんのスーパーカブで一〇〇キロって聞いたから、単純計算でその倍以上のスペック。
オーナーは「スズキちゃん」って呼んでるみたいだけど、たぶんすっごくいかついやつだわ。
そんなこんなで注文するタイミングをすっかり逃し、どうしたものかと思っていたら、鉄板を貼り合わせて仕上げに入った修平さんが急に明るい声を出した。




