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7話 流行とオリジナリティ

「…………」



 多機能魔導板(ディスプレイ)の前で、男性は『無』になっていた。


 男性は賢者である。

 五〇〇年前、『世界を滅ぼすモノ』と戦った三人の英雄のうち一人――『至高の賢者』と呼ばれた者が、転生した姿であった。


 透明な表情で、男性は口を開く。



「アンナ」



 すると、すぐさま、背後から返事があった。



「なんでしょうか、ご主人様」

「私は……やりとげたよ。改稿を、やりとげたんだ」

「お疲れ様でございます」



 人外の美貌(びぼう)をもつメイドは、うやうやしく礼をした。


 男性は椅子に座ったまま、くるりとメイドの方を振り返る。

 その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。



「文章を削った。それは心をそぎ落とすような作業だったよ」

「さすがでございますご主人様。心をそぎ落とすつらさなど、この機械人形では想像さえ及びません」

「美少女キャラは、みんな、あからさまなぐらい、主人公のことを好きということにしたよ。もうね、なんていうか……語尾が『好き』だ。『私はあんたのことなんか、なんとも思ってないんだからねッ! 好き!』みたいな感じだよ」

「斬新な発想でございます」

「エロシーンをねじこんだよ。宿屋では偶然着替えシーンにでくわし、道中の戦いでは意味もなくスライムにからまれ、よくわからない謎の男キャラに襲われそうになったところを主人公が助けた……」

「ご立派でございます」

「……たしかにさ、たしかに……うん、売れそうなんだよ。私が最初に提出したものより、よほど、売れそうだ。編集さんの改稿指示は、間違ってなかったと思う。……でもさ、アンナ、教えてほしいんだ」

「このわたくしめにお答えできることでしたら、なんなりと」

「これは本当に、『私の小説』なのかい?」

「……」

「私が考え、私が望んだ物語なのかな? この物語の書き手は――私ではなくって、『商業小説』というものにこういうカタチの物語を望んだ、顧客なのではないかな?」



 男性の浮かべる笑みはどこまでも透明で、そこには触れかたを間違えれば一瞬で崩れてしまいそうな儚さがあった。



「私は……アンナ、私はね、改稿していて、どんどん、心が消えていく感覚を覚えたんだ。気分的には……『誰か、自分のものではない原稿の、間違いを直していく』ような感じ……こだわりは、消え失せた。オリジナリティも、霧散した。あとに残ったこの物語は、商業という巨大な魔物が使役する、凡百の奴隷に堕した、ナニカだ」

「……」

「これは、私の物語なのかな? 私が現したかったものは、こんな、こんな……」

「ご主人様の苦悩は、この心なき機械人形には難しゅうございます」

「……そう、だね」

「しかし、それでも申し上げさせていただくのでしたら、わたくしという第三者から見て、今の原稿の方がずっといいということでございます」

「……」

「わたくしは、愚か者でございますれば、よく見る展開には安心感を覚え、短い間隔で提供されるご褒美のためにページをめくり、予想通りの落としどころに『やっぱりな』とほくそ笑みたいと考えるのです」

「……しかし、それでは、私が書く意味がどこにもない」

「オリジナリティとは、香りの強いスパイスのようなものでございますれば。ほんのひとさじ(・・・・)で充分なのでございます。よく見る安心できるものの中に、ほんのひとさじのオリジナリティ……ご主人様ならぬ道理を知らぬ我らが望むのは、その程度なのでございます」

「……私のオリジナリティは、なんなのだろうね?」

「その質問は、わたくしには難しすぎます」

「……ああ、そうか。そういうことなのか。……私には……私には、売れ線みたいにした程度で消えてしまう程度のオリジナリティしか、なかったんだね」



 男性は喉を鳴らして笑った。


 ピコン、と多機能魔導板(ディスプレイ)から音が鳴り響く。

 編集者からの魔導郵便(メール)であった。



「……あはは。アンナ、ご覧よ。『素晴らしい出来です』だってさ。三ヶ月も音信不通だったのに、私が言われた通りに直したのがよほど気に入ったらしい。この反応の早さだ」

「おめでとうございます」

「……」

「……」

「……おめでたいものかッ!」



 男性は握った拳で自分の(もも)を叩いた。



「ふざけるなッ! ふざけるなッ……! ちくしょう! ちくしょうッ……! 私はこんなことのために作家になりたかったんじゃないッ……! こんな、流行をそのままなぞったようなものでッ! 賞賛されるためにッ! 物語をつづりたかったんじゃないんだッ!」

「ご主人様の苦悩の片鱗すら把握できぬ無知なる機械人形をどうぞお許しください。わたくしには、ご主人様の目指される『作家像』が一切見えてこないのです」

「私は……! 私は……! ……ああ、そうだ。私は、答えを持たない。どのようなものになりたいかという明確なイメージが、ないんだ」

「……」

「なにかこう、適当にやって、すべてがよい方向に転がればそれが一番いいと、そう思っていただけだった……」

「それはたしかに、理想的でございます」

「……うん。でもね、そんなことは、起こらないんだ。……やったなりの結果しか、起こらない。世の中は、ごく一部の連中を除いて、そういうふうにできている」

「ご主人様、あなた様の中にかつてあった知性のきらめきが、今、瞳に現れているように感じます」



 アンナは穏やかな銀色の瞳で主を見ている。

 男性は、にこりと笑う。

 それはもはや、透明で儚いとは言えない――もっと強い、笑顔だった。



「思い出したんだ。自分のことを」

「やはり、転生の際に記憶に欠損が?」

「ねぇ、アンナ……私はさ、お前を作り上げた。転生した私の身の回りの世話をさせるために、お前を作ったんだ。でもさ、別に、お前は女性型じゃなくてもよかったし、メイドじゃなくてもよかった。……じゃあ、なぜ、そんな見た目にしたと思う?」

「機械人形ゆえ、わかりかねます」

「私はね、メイドさんが好きだったんだ」

「……」

「銀髪のメイドが、好きだったんだ。オールドスタイルのメイド服が――好き、だったんだよ」

「……」

「思い出した。『好き』という気持ちが、私に『ありえない偉業』を達成させる。……ははは。思い返してみれば、私っていうやつは、失敗ばかりしてきた。それはね、挑戦ばかりしてきたからなんだ。その過程で身についた知識ゆえに『賢者』と呼ばれはしたけれど、その正体は、ただの『経験からしか学べない、凝り性』だったんだ」

「……」

「ねぇ、アンナ。――今からライオネルとオーギュストをメイドさんにしたら、怒られると思うかい?」

「編集者ではありませんので、お答えしかねます。……ですが」

「うん?」

「ご主人様のなさりたいようになさるのが、よろしいかと」

「……そうだね。ああ、オリジナリティは『好き』という気持ちから生まれる。私は、私の書いたらしい、この見るに堪えない『流行の奴隷』に、メイドというエッセンスを加えようと思うよ。そうしたらさ、この、『ちっとも好きになれない、誰かに書かされた物語』を、好きになることができると思うんだ」

「ご立派ですご主人様。答えにたどり着かれたのですね」

「ああ。どんな作家になりたいかは答えられないけれど――私は、メイドさんが好きだ。それだけは、きっと、未来永劫変わらない」



 だから、メイドさんを書くよ――


 男性は瞳に希望の光をたたえて述べた。


 そこにはもう、闇堕ちしかけた面影はない。

 視線はアンナのスカートの裾に、真っ直ぐ向いていた――

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