6話 魂の慟哭 売れっ子作家と爆死作家
「ケンジヤさん、それは無理だよ」
多機能魔導板の中で困り顔を浮かべている男性がいた。
ほどよくスリムで、メガネをかけた顔は理知的だ。
清潔な襟付きのシャツを着ている映像の中の人物は――冒険小説作家だった。
その名を『ジーニアス』。
ケンジヤさん――五〇〇年前に『至高の賢者』と呼ばれ、そして最近小説家デビューを果たした彼の、同期デビュー作家であった。
ただし二人のあいだには大きな隔たりがあった。
ジーニアスは複数レーベルで賞を同時受賞し、そのすべてが映像作品化決定というすさまじい大型新人なのに対し――
ケンジヤは、一作目がコケて、二作目の企画書を三ヶ月放置されているタイプである。
「しかしジーニアス先生……私には頼れる人があなた以外にいない……! 授賞式で一度顔を合わせた程度でこんなことをお願いするのもはばかられるが……」
ペンネーム『ケンジヤ』の彼はそこでいったん言葉を止めてから、
「……他レーベルの編集さんに、私を紹介してはいただけないだろうか……?」
願いを込めて、言った。
彼は営業中であった。
冒険小説作家の営業というのは、いきなり名刺と原稿を持って出版社に飛び込むわけではない。
同期など知り合い作家のツテで紹介してもらい、そうして企画書を提出し、そこでOKをもらえたなら、晴れて営業成功――という流れなのである。
そもそも、プロ作家でも応募可能な新人賞が多数あるので、いきなり出版社に原稿を持ち込むぐらいなら新人賞に出せよ、という話である。
画面の中のジーニアスは、その端正な細面に困った様子を見せた。
「ケンジヤさん、あなたもわかっているはずだ。冒険小説家にかけられた『三年縛り』という呪いを」
「わかっている……! だが、今の編集者は、どうにも私と合わないというか……! 物語に求めるものが、違うのだ! エロ! 美少女! みんな俺のことが好き! ……そういうのじゃない。私はもっと、硬派な物語をつづりたいのだ……!」
「『もりのエルフ文庫』はそういうカラーじゃないか……それを言い出したら、なぜ、そもそも『もエ文庫』新人賞に応募したんだい」
「それは……」
さすがに言葉に詰まった。
『この程度のラブコメが商業出版されてるレーベルなら、受賞もチョロそうだと思った』――
そんな本音を同期受賞者に言うのは、さすがにはばかられたのである。
「まあ、なんとなくわかるよ。軽くてエロい冒険小説は簡単に書けそうに見えるからね。ただ、実際プロになってみると、読みやすさや読者の感情への配慮など、細かく、評価されにくいところに心血を注ぐことになる……」
「そ、そうだな。ジーニアス先生の言う通だ」
ラブコメを心から見下していた彼は、一瞬だけ言葉に詰まった。
読みやすさへの配慮は、つい先日侍従用自律型機械人形のアンナに指摘されたばかりなので、それまではまったく配慮する気もなかったのだ……!
だって!
自分の書いた小説は、どんなに文字でギッチギチでも、読めてしまうから!
ただ、思い返してみれば……
自分の書いた小説を、頭が冷えてから読み返すことは、なかった気がする。
著者校正の作業などは、指摘された誤字脱字に赤ペンでマルをつけるだけで、流し見ていたのだ……
それは、自分の小説が読みにくかったからではないか?
最近、その可能性も考慮している賢者であった。
「ケンジヤさん、そういうわけで、僕から他レーベルを紹介することはできないよ」
「そこをなんとか……!」
「だいたい、企画書はあるのかい?」
「ああ、うん、すでに『もエ文庫』に提出してしまっているものが一つだけ……」
「ケンジヤさん……僕は同期受賞者にがんばってほしいから、厳しいことを言うけれど……」
「な、なにかな?」
「考えてある企画が、全部で一つしかないっていう状態は、よくないよ」
「と、言うと?」
「この業界、大事なのは『数』だよ」
「いいや、質ではなく?」
「もちろん、質が大事なのは言うまでもない。けれど、みんな、『ある一定の品質』を備えたものを提出してるんだ。プロだからね」
「……ああ、そうだな!」
「そんな中で生き残るためには、質を備えた上で、数をこなすことが重要なんだ」
ジーニアスは複数レーベル同時受賞ということからもわかるように、非常に手の早い作家であった。
メディアミックスを成しながらも各シリーズを四ヶ月に一冊というペースで出している――これは驚嘆すべき執筆速度である。
もちろん質の方も備わっている。
通例、読者は巻数が進むごとに離れていくものだが……
ジーニアスの書く冒険小説は、読者の定着率が非常に高い。
そのため重版が繰り返され、書店に平積みされ、手にとられ、買われ、また重版するという好循環を生んでいる。
書店員の『推し』にもなり、売り場にPOPなどを作ってもらっているのも、すべて『質が高く、刊行ペースが早い』ということに起因するものだ。
「ケンジヤさん……中には毎日最低一つ企画書を作ることを日課にしている先生もいるぐらいなんだよ」
「毎日一つ!? いや、しかし……それでは、浅いものができあがるだけではないか? 企画というのは、こう、時間をかけて、じっくり練りこむことが大事で……」
「ちなみにアニメ化もしている作家さんなんだけれど」
「……ぐ、ぬぬ……!」
物語というのは、必ずしもヒットを基準に内容を評価されるべきではない。
だが――商業で活動している彼にとって、『ヒットしている』というのは、まぎれもなく、大きな評価基準の一つであることは事実だった。
「ケンジヤさん、とりあえずさ、いくつか企画を作ってみなよ。僕としても、企画書の用意もない作家さんを、別レーベルの編集さんに紹介するわけにはいかないからさ」
「……もっともだ。しかし、企画書というのはいまいち作り方のコツがつかめなくて……あらすじ作製ともまた違うし、どういう勝手なのか……」
「僕の場合は、『キャッチコピー』と『あらすじ』と『キャラクター紹介』を記してるね。キャラクター紹介の欄は、既存のアニメキャラの画像なんかを添付して、イメージが湧きやすいようにしてるよ」
「既存のアニメキャラに、イメージに近いキャラがいない場合は?」
「そんなケースは存在しないよ。今の世の中に、いったい何人のアニメキャラがいると思っているんだい……」
「しかし、アニメキャラはみんな似たような感じじゃないか!」
「違うよ……あのさケンジヤさん、読者が『アニメキャラはみんな同じだよなー』って言うのはいいけどさ、作家の立場でそれは、『見分ける力がない』って言ってるようなものだから、やめた方がいいと思うな……」
「……うぐ……」
「あとさ、『似たようなもの』っていうことは、『人気になる共通項がある』ってことなんだから、どんどん読者にそういう人気が出そうなキャラを提供していこうよ」
「しかしそんな、キャラクターを娼婦にするかのようなマネは……」
「娼婦って……まあ、そうかもしれないけどさ。いや、こだわるのはいいことだと思うよ? でもさ、出版社は『売れる作家』を求めてるわけじゃないか。営業するんなら、売れそうな企画を提出しないといけないだろう? だったらあなたが言うところの『娼婦的なキャラ』は入れていくべきだと思うけどな」
正論まみれでつまらない気持ちになってきた。
そうじゃないのだ。
ジーニアス先生の言っていることが、正しいのはわかる。そうすべきというのも、わかっている。
しかし――そうじゃないのだ。
「……ジーニアス先生……私はね、うん、あなたの言うことすべて、その通りだと思う」
「わかってくれたかい……」
「けれどね、私は……できないんだ」
「そこは、がんばろうよ」
「そうではなく! ……私は――人に媚びることなく、評価されたい……!」
「………………えーっと……その、『媚びる』って思うからいけないんじゃないかな? ほら、あなたの物語を、読者に受け入れられやすくするだけ、って思うべきっていうかさ」
「読みやすい文章! かわいらしいキャラクター! 盛り上がりどころのわかりやすいストーリー構成! 次のページを繰る手が止まらないシーン構成! ……わかるよ。わかるんだ。そういうものが大事だって。でも、私は……」
――今のまま、楽して評価だけされたい……!
さすがに途中で冷静になって、口に出すのははばかった。
けれど、それこそが彼の偽らざる本音!
欲望のおもむくままに導き出した、己の魂の回答であった……!
「……すまない、ジーニアス先生。話に付き合ってくれて、ありがとう」
「いやいや。同期だからね。またなにか困ったことがあれば相談してくれよ。そうだ! 今度さ、他の作家さんとアナログゲームをやるために集まるんだけど、ケンジヤさんもどうだい?」
「そうだね。時間があれば、是非」
「日程が決まったら声をかけるよ。それじゃあ、がんばって」
「ああ。本当にありがとう」
通話が切れる。
多機能魔導板を前に、彼は長く静かな息をついた。
「ご主人様、お疲れ様でございました。お茶になさいますか?」
背後から侍従用自律型機械人形が声をかけてくる。
彼は息をつき、
「そうだな。熱いお茶をたのもうか。……目が醒めるようなヤツをね」
己の魂と向き合う準備を始めた。




