3話 かけがえのない仲間 ~美少女化~
「間違っている……! こんな……! こんな……!」
男性が壊れている。
髪が抜けそうなほどに頭をかきむしり、食い縛った歯からはギリギリという音が絶え間なく響いている。
彼の目の前には多機能魔導板があり、そこに映し出された文字を、彼は何度も何度も確認していた。
「ご主人様、どうされました?」
涼やかな声が響く。
声の主は涼やかな美貌を持つ女性だ。
整いすぎた顔立ちに、彫刻のような八頭身。
ロングスカートのメイド服は古めかしいデザインだけれど、美しすぎるその人物がまとっていることで、まるで舞台衣装のように映えていた。
侍従用自律型機械人形のアンナ。
彼が――五〇〇年前『至高の賢者』と呼ばれた彼が、転生後の自分の身の回りを世話させるために用意しておいた、ちょっとトゲのある物言いをする存在である。
「アンナッ! アンナ、これは、冒涜だ! 物語に対する……いやッ! 今の人類の安寧を作り上げた英雄に対する、冒涜だよ!」
「さすがですご主人様。あなた様が相手にしているものはいつでも強大にすぎて、この機械人形の処理能力では問題のとっかかりさえつかめません。どうか察しの悪いこの侍従人形にも問題の要点がわかるよう、お慈悲をいただけませんでしょうか?」
「男キャラを美少女にしろと言うんだ!」
男性はテーブルを拳で叩いた。
「今回、私が提出した企画は……かつて、『世界を滅ぼすモノ』と戦った仲間たちとの冒険を、少々脚色したものだった……」
「あの伝説の」
「そうだ! あの伝説の……いや、私にとっては伝説ではなく、青春……! 仲間とともに駆け抜けた、かけがえのない思い出なのだ……!」
「それを商業小説として売りに出そうとは、わたくし機械人形ではございますが、『どっひゃー』と、はしたない声を禁じ得ません」
「リアリティだよ! その時代、その仲間たちとともに冒険をした私だからこそ描けるリアリティがあるんだ! ……だというのに! 編集のヤツ、なんて言ったと思う!?」
「『男キャラをヒロインにしろ』であったかと記憶しております」
「そうだよ! しかも! よりにもよって、あの『豪腕無双』のライオネルを『ツンデレ美少女』にしろと! そう言うんだ! ありえるか!? あの豪放磊落な快男児を! よりにもよって! つ、つ、つ、つ、ツンデレ美少女ぉ!?」
「ご主人様、声が裏返っておりますが、なにか飲み物でも召し上がりますか?」
「…………いや」
男性は「ふう」と息をついて、額に手を当てて、かぶりを振る。
「……取り乱したが、わかってほしい……あれは、私にとって、穢されたくない、大事な思い出なのだ……ライオネルをツンデレ美少女とか……無理なんだ……」
「ご主人様のお考えの深さには、いつでも深い感動を覚えます。『穢されたくない思い出をなぜ商業出版のネタにしようと思ったのか?』などは、この機械人形ごときにはとうてい考えおよばぬことです。わたくしなどは短絡的なものでございますから、『それはそうなるだろう』としか思えませんでした」
「しかしよりにもよってライオネルを美少女は……あのタテガミ頭の大男を、美少女……ううむ……私の想像力の限界だ……」
「昨今、歴史上の人物が女性化する事例も数多く、かのライオネル様が美少女化したものなども道を歩けばそこらじゅうでぶつかるというぐらいに散見されます。わたくしの想像力では及ばないのですが、ご主人様は、それら濁流のように押し寄せる『かつてともに戦った仲間の女体化キャラ』とどのように向き合っておいでだったのですか?」
「他人がやるのはいいんだよ! すでに女体化されてるものは『まあ、しょうがない』と受け入れるさ! しかし、私がやるのは……無理だ……!」
「であれば蒙昧なるわたくしが思い浮かべることのできる選択肢は二つきりです。『男のまま押し通す』か『企画を取り下げる』か」
「……押し通せると思うか?」
「わたくしではなんとも」
「取り下げ……取り下げかぁ……取り下げ……! いや、無理だ! 今さら取り下げなんて……!」
「であれば女体化するより他にないのでは?」
「でもあいつは男なんだよ!」
「愚昧なるわたくしが申し上げるまでもなくご主人様はご存じのこととは思われますが、元が男だから『女体化』なのだとわたくしは認識しております」
「そうなんだけどさあ!」
男性は髪をガリガリとかきむしる。
「……ライオネルをツンデレにするのは無理だ……だってあいつ、『ツン要素』がないんだもの……!」
「デレデレだったのですか?」
「いやッ……! まあッ……! そのッ……! 『デレデレ』って言われると、そういう感じじゃあないんだけどさあ……! あいつは、基本的に、最初から誰とも壁を作らないっていうか……! 初見の相手にも旧来の付き合いがあるみたいに接するところがあってさ……! ツンツンしてるあいつを想像できないっていうか……! ツンツンするぐらい接してて不機嫌になる相手はもれなく殴り倒してたっていうか……!」
「では、とりあえず殴らせておけばツンになるのでは?」
「そうじゃあないんだよ! ツンデレっていうのはさ、そうじゃあ、ないんだ! たしかに、そういう時代があったよ! 『主人公を殴らせておけばツンデレでしょ?』みたいな時代がさ! でも、そうじゃないんだよ! ツンと暴力は違うんだよ!」
「さすがですご主人様。『至高の賢者』と呼ばれしあなた様にかかれば、サブカルチャーの歴史さえ暗いところなくその優れた知性の光で照らしてしまえるのですね。界隈に明るくないわたくしでは、違いがまったくわかりません」
「ツンデレっていうのはさ、『感情の機微』なんだよッ……! 『殴ればツン、キスすればデレ』みたいな、そんな単純なものじゃあないんだッ! ツンモードとデレモードでばっさり分かれてるんじゃなくって、デレを内包してるからこそのツンっていうかさ……!」
「ご主人様の知識の深さには、わたくし、ただただ圧倒され首肯を繰り返すより他にございません」
「それをさッ! いきなり『冒頭五行でツンデレやってください』とか言われても困るんだよッ……! 感情の積み重ね! 溜め! 伏線の積み上げ! そういうのがツンデレでさあ……!」
「愚かなるわたくしですから、判然たることをいちいち口に出し確認してしまうことをどうかご容赦いただきたいのですが、ご主人様にはハッキリとした『ツンデレ像』があるようにお見受けします。それをそのまま文章で表現するわけにはいかないのでしょうか?」
「けれど、私のツンデレは、編集のオーダーと違う……!」
「拙い考えで恐縮でございますが、できあがったものが素晴らしければ、先方も文句を言いがたいのではないでしょうか?」
「……それは、そうかもしれないけれど……」
「こればかりは少々の自信を持って諌言いたしますが、ご主人様には、『とりあえずやってみよう』という気概がない時が多いように感じます。賢者と呼ばれしあなた様に唯一の弱点を認むるとするのであれば、あなた様は頭の中での解決を優先するあまり、実行に移すのことを軽んじておいでだというところかと」
「……」
「機械人形が出過ぎたことを申し上げました。お怒りとあらば、どうぞこの身をいかようにも処してくださいませ」
「……いや。お前の言う通りだ」
男性は背もたれに体をあずける。
「たしかに私は、頭で考えるあまり、『やってみる』ことを軽視していた……挑戦を恐れていた。かけた労力が徒労となることを、恐れていたのだろう……」
「……」
「やってみよう。素晴らしいツンデレライオネルを描いてみせる」
「ご立派でございます、ご主人様」
「お前は物言いにトゲが多くて、人格設定を間違えたかと思う時もあったが……お前でよかったよ。私が転生前に用意しておいた侍従用自律型機械人形の人格が、お前でよかった」
「もったいない御言葉です」
「……よし! がんばって書くぞ! クオリティで殴って、黙らせてやるんだ!」
「お茶をご用意いたします」
「ああ。眠くならないようなものを頼むよ」
機械人形が一礼して退出する。
男性はそれにも気付かないほど、執筆に集中した……




