2.挨拶は大事
「大変であったなムク嬢。いや、パール子爵」
「いえ。この大変な時期にご迷惑をおかけし申し訳ありません」
「いやいや。就任したばかりの子爵に頭を下げられるようなことでもない。しばらくは色々と免除するから、領地が荒れないように調整をしてくれ。今回の徴兵も半数程度で構わん」
「いえ。それには及びません。今のところ領内は安定しておりそれなりに健康的な領民が多いようですので、家臣と話し合い通達通りの人数を出しても問題ないと判断しました。我が家が落ち目になったわけではないと示さなくてはなりません」
「ふむ。そうか?」
子爵就任から数日。一通り業務の引継ぎを終わらせて家中の取りまとめを終わらせた私は、私の上司に当たる人間に挨拶をしていた。
今回挨拶をしているのは、公爵様。この国で王族の次に偉いとされる貴族としての格の違いが大きすぎる相手であり、次の戦争の際も全体の取りまとめなどを行なうのがこの公爵様と言うことになっているくらいには偉い。
ちなみに貴族は下から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の順番で、これを考えれば私とどれだけの差があるのかはよく分かると思う。
公爵様は立場の割に懐が広くおおらかな方だから、予想通り今回の徴兵も減免してくれようとしていた様子。
ただ私はそれを断って、私が急遽受け継いだけど子爵家は問題なく運営できていますよと言うアピールをさせてもらう。これだけで公爵様もこちらを信用してくれるわけではないけど、こちらにそれを示そうとする意志があるということが伝われば十分。
ここであえて力を示そうとする姿勢を見せれば、公爵様は私の実力がそれをするに足りえるのかと言うことを見極める段階に入るから。結果がダメであるとしてもうまくいくとしても、しばらく公爵様に観てもらえるということは大きい。
そしてさらにはこちらの熱意を受けて向こうも見極めも兼ねて深い話もしてくれて、
「今回の件、どこまで敵の手が入っていると思う?」
「あまりにも父の行動が性急であったことを考えますと、かなり深くかかわっているとは思われます。私を子爵に指名するという話も、本人が考えたのかも怪しく思えるところです」
「であるな。もちろん本人が書いたのであればその正当性は疑いようがないが…………わざわざそなたらの家を狙った理由はどういうものだと思う?」
「先ほどもご説明しましたが運よく我が領の民には健康な者が多いのです。ですので、そうした質の良い兵というものを減らそうと考えたのではないかと愚考します」
「なるほど。こちらから質の良い兵をあまり出してほしくないというわけか。納得できる話だな」
さっき考えたように、おそらく公爵様は私の実力を見定めようとしてくれている。
だからここで話すことは、正確でなくてもいい。事実であろうとなかろうと、ここで私がそれっぽいありえる話をすることによって私が無能ではないということを示す。こうすれば、私や我が家が切り捨てられるということはなくなる…………はず。
逆にもし私がここで無能だと判断されたら、戦場で捨て駒として使われかねないんだよね。無能はそういう潰し方をして別のものと挿げ替えた方が良いから。
たとえその私の後をお兄様とか継ごうとしても周辺の貴族は全部公爵様の息がかかっているから、経済封鎖などをされて詰む。弱ってどうしようもなくなったところで公爵様の手を入れて優秀な領主を立てるとかいう話になるだろうから、本当にここの対応で公爵様からどう評価されるかによって今後は大きなく変わってくる。
「そちらの話はだいたいわかった。我が家も間者に何かされないように警戒しておこう…………しかし、何もこちらから配慮をしないというのは我が家の面子に関わるな。徴兵の人数をそのままにするというのなら、我が家からは一部食料と武具の供与をしよう。受け取ってくれるな?」
「はっ。ご配慮に感謝いたします」
徴兵人数の減免など諸々の配慮を失った代わりに得たものは、公爵様からの期待だけでなく一部の物資も。
武器は高いからそれを供与してくれるのも助かるし、食料だって戦争が起こるということで値上がりしているからこちらも助かる。上手くやれば、出費をかなり抑えられそう。
悪くはない成果を手にして、私は自領へと戻っていくことになる。
なお、この公爵様の領土で作られているお茶が子爵就任前にお茶会で飲んでいたものだったりする。お茶が名産なのよね。今回も、持ってきた手土産へのお土産としてお茶や服、アクセサリーなどをいくつか貰ったわ。
ちなみに、そんな私が挨拶をした公爵様を観た結果を一応示しておくと、
・擁護 82
こうなる。
正直に言って公爵様が持っていてもあまり意味がないような気がする能力なんだけど、私の見えるものを気にしてもしょうがないよね。本当に、なんで私にこんなものが見えるのかは分からないわ。
「公爵様は、ずいぶんとお優しい態度でしたね」
「あら。そう見えた?」
「はい。父君の時にはあそこまで甘いことはなさらなったのですが。あまりにもお嬢様がお若いので変なことをすると戦争の前につぶれてしまうと考えられたのかもしれません」
「そ、そうなの!?私結構頑張ったつもりだったんだけど!?」
「子爵としては十分すぎる器は見せられたと思いますが、普段相手にされている方々の格が違いますからねぇ」
帰りの馬車の中、私は補佐としてついてきてもらったローレンの言葉に驚く。
個人的には有能とまではいわずと無能ではないことを示せたと思ったんだけど、どうやら公爵様はかなり甘い対応をしてくれていたみたい。もしあれをデフォルトだと考えて行動していたら、今後本当の態度を見せられた時に失敗してたかもしれない。
やっぱり、貴族の当主もそう楽な物じゃないね。
ただ、公爵様の普段の対応は見抜けなかったけど他の事は少しわかることがある。
例えば、
「公爵様、おそらくこちらの内情をかなり理解しているわね。そそこで支援をすると言って武具と食料を渡してくるなんて、事前にある程度見積もりを立てていないとできないはず」
「…………そうなのですか?」
「ええ。そうだと思うけど、ローレンは何か別の意見があるのかしら?少し言葉に迷っている様子だったけど」
「いえ。特にそういうわけではありません。単純に、お嬢様の言う言葉の意味を深く考えていただけです」
それにしては不自然だったと思うけど、私はあえてそこを考えないことにする。
それよりもやはり気になるのは公爵様の情報収集能力。戦争直前と言うことで武具も食料もかなり厳密な管理をしなければならないはずなのにそれでも支援すると言ってのけたのだから、かなり前からこちらに対してそれをするということを決めていたはず。となると、私が徴兵人数の減免を断ることを見越していた可能性が高い。
家臣に公爵様の息がかかった人間がいるのか、それともこちらをの様子を盗み見れる特殊な魔法みたいなものがあるのか。何にしても、あんまり公爵様に関する変なことを言うと首が飛びそうな気がする。気をつけないと。
ただ逆に考えれば、公爵様はそれだけいろんなところに手を広げているということ。その力は信用できる。だから、今回の戦争でもそこまでひどい事にはならないはずだし、私もほどほどに結果を残せるように作戦を練ったりしておかなければ!
今すぐ癪だけど軍部のトップのエルグも呼び出して話し合いをするぞぉぉぉ!!!!…………とできればよかったんだけど、
「それで?これから後いくつの家を回る必要があるのかしら?」
「最低でも隣接する領地を持つ方々、更には近隣の伯爵や侯爵の方々にも顔見世は必要ですからな。20は超えるかと」
「そんなに挨拶回りをしていたら、向かう先にも迷惑にならないかしら?いくつか戦争の後に回せたりとかしない?」
「そこで差をつけますと特に爵位が上の方にある方々は軽視されていると捉えかねません。それに、戦場で肩を並ぶ相手を知らないと信頼もしづらいでしょう」
「そうだよねぇ…………ハァ。挨拶回りで戦争までの時間を使い切りそう」




