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ユニコーンギルドからの使者

 フェンリルの館に帰ると美味しい匂いが館に立ちこめていた。

 どうやら肉料理は完成しつつあるらしい。

 あとは魚料理だが、それもできあがりつつあるようだ。

 どうやらあの魚屋はすでにサトウスズキを届けてくれたらしい。


「今日はスズキ料理ですよ」


 と、カレンは満面の笑みで言う。


 香草とたっぷりのバターと一緒にオーブンで焼き上げたサトウスズキはこのフェンリル館の名物だそうだ。


「腰を抜かすなよ、少年」


 と、リルさんは自分で作るわけでもないのに偉そうに胸をそらす。

 相変わらず慎ましい大きさだが、態度だけは神様クラスだ。


 さて、足りなかった香辛料を渡すと、彼女はあっという間に食卓にごちそうを並べてくれた。


 お腹がぺこぺこの僕たちは、いただきます、と言うやいなやナイフとフォークを料理に突き刺す。


 少し品がないような気もするが、この館のギルドマスターでさえテーブルマナーがなっていない。

 犬食いこそしないが、その食欲の旺盛さとナイフとフォークの扱いの下手さはやはり犬科の動物を連想させる。


 まあ、僕もリルさんをしかれるほどテーブルマナーはなってないけど。

 田舎にいたときは姉さんにたっぷりと仕込まれた。


「クロム、うちは没落したとはいえ、元子爵家。それに今でも騎士の位があります。あなたもいつかそれを継ぐのだから、テーブルマナーくらいきちんと覚えなさい」


 と、椅子に荒縄で縛り付けられて姿勢を正す訓練を受けたり、頭にコップを乗せてそこにそそがれた水を一滴もこぼさない訓練なども受けた。


 その甲斐もあってか、当時の僕はなかなかにテーブルマナーに長けた人物となったが、そのときの教育は水泡に帰した。


 郷里を離れ、旅をすること数ヶ月。


 その間、ウサギを追いかけ回したり、イノシシに追いかけ回されたり、猿と食料の取り合いになったり、と貴族らしい礼節はすべて忘れてしまった。


 この迷宮都市にきてからもそれは同様で、極貧生活はまず食事マナーという生きるのに邪魔なものから劣化させるようだ。


 今ではリルさんのように粗野というか、元気よくご飯を食べることしかできない。

 でもそれでもカレンは気にした様子はない。

 いや、それどころか嬉しいようだ。


「うふふ、なんだか、食べ盛りの男の子がふたりいるみたいです」


 僕たちの食べっぷりをそう称す。

 少し気恥ずかしくなった僕は軽く頭を下げる。


「なぜ、謝られるのですか? わたしはリルさまやクロムさまのように元気いっぱいに、美味しく、楽しくご飯を食べる人の方が好きですよ」

 と言う。

 その言葉に嘘はないようだ。

 彼女はごく自然な笑みを浮かべていた。

 ならば彼女をもっと喜ばすため、食べるスピードを上げる。

 いや、それは方便か。


 僕の横にいる食べ盛りの男の子のような神獣さまが僕の食べる分まで横取りを始めたのだ。


 相も変わらずすごい食欲だ。

 僕もそれに負けじと彼女の領域までフォークを伸ばす。

 僕たちの戦いはカレンの美味しい料理が尽きるまで続いた。



 食事を終え、満腹になると、僕らは歓談室でお茶を飲みながら話をした。

 冒険に関するお話だ。


 先ほどのクエストで悪漢と出会ったこと、悪漢から女性を救ったら、お姫様に出会ったこと、彼女たちと小さな冒険をしたこと、それに第2階層にドラゴンがいるかもしれないことを告げる。


 それを聞いたリルさまは、納得すると同時に眉をしかめる。


 納得した理由は、

「クエストを放り出して悪漢から女性を救うのが少年らしい」

 ということだった。


 カレンは補足する。


「その後、お姫様と出会っていちゃいちゃするところなんかもクロムさまらしいですね。まさしく幸運児。宝くじを当てただけはあります」


 いちゃいちゃなどしてないよ、と抗弁する。

 しかし、リルさんはお姫様と出会ったことよりもドラゴンの方が気になるようだ。


「第2階層にドラゴンがやってくるなど、聞いたことがない。もしも第1階層にやってきたら大変なことになるな」


「ニアは――、お姫様はそのために調査団を組織してこの迷宮都市にやってきたそうです」


「なるほど、しかし、そんな浅い階層にドラゴンがいるとなると、先日約束した他のギルドとの合同クエストはやめた方がいいかもしれない」


「そんな、大丈夫ですよ、第2階層にいかなければいいんです」


 その後、僕とリルさんは、


 いや、

 それでも、

 だけど、

 でも、

 しかし、

 だが、


 と、色々な言葉を交わし、互いに正当性を主張した。


 要はリルさんは心配だから迷宮にもぐるな。

 僕は子供扱いしないでほしい。

 ということだったが、その議論は平行線をたどった。

 なかなか妥協点が見いだせない話題だったのである。

 ただ、その議論にも終止符が打たれる。


 このフェンリルの館のドアノッカーを叩く人物がいたからだ。

 その人物は、ずいぶん忙しないドアの叩き方だった。

 また大声で、「リル様はおられるか?」と叫んでいる。

 なんの用なのだろうか。

 火急であることは間違いないので、気になった僕はカレンについていく。

 リルさんもまた気になるらしくついてくる。

 十数秒後、ドアを叩いた人物が判明する。


 彼は、リルさんが業務提携をしている【蒼角のユニコーン】という冒険者ギルドのメンバーだった。


 最初は合同クエストの話をされるのかと思ったが、それは外れた。


 いや、正確には合同クエストなのだが、その名前の上に漢字が二文字追加されたのだ。


 ユニコーン・ギルドの男性は言う。



「リル様、評議会より緊急の依頼が入りました。【緊急合同クエスト】の依頼です」



 男はそう言うと、神妙なおももちでそのクエストの内容を話し始めた。

 その内容はこの場にいる皆を驚愕させるものだったが、特に僕を驚かせた。

 いや、心臓を鷲づかみにされたといっても過言ではない。

 なぜならばそのクエストの救出対象が僕のよく知っている名前だったからだ。

 そこに書かれていた名前は、この国の第3王女。

 ユーフォニア・エルンベルグという名の少女であった。

 僕はエクスのつかを握りしめると、彼が話すクエストの内容に聞き入った。

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