はじめてのダンジョン
冒険の準備を終えると、ギルドの受付で迷宮の入室許可証を発行してもらう。
カレンはギルドカウンターの奥にある帳簿を取り出すと、そこに僕のギルド番号を書き込み、箱の中にしまってある許可証にも同様の番号を書き込む。
彼女は改まった表情で、
「クロムさま、それではこれが進入許可証です。なくさないでくださいね。それとここにご自身のサインをそれと迷宮に入る時刻、帰還予定時刻も書き込んでください」
と言った。
「帰還予定時刻? そんな項目があるんですか?」
「あるんです。ちなみになぜそんなことを書き込まなければいけないかといえば、もしも迷子になったり、遭難してしまったら、捜索隊を出さねばいけないからです」
「なるほど、入山許可証みたいなものですね」
「そうですね。ただし、あまり期待しないでくださいね。うちは大手のギルドじゃありませんから、借りられる人手は限られますし、そもそも二重遭難を防ぐために捜索隊自体、派遣されないことも多いですから」
「……肝に銘じておきます」
そう言うと彼女から許可証を受け取る。
許可証は紙なのでとても軽かったが、初めての許可証、とても重みを感じる。
僕はそれに折り目がつかないように丁重に鞄に入れると、彼女に背を向けた。
しかし、そんな僕に彼女は声を掛けてくる。
「お待ちくださいまし、クロムさま」
なんだろう? そう思って振り向くと、彼女は僕に小さな包みをくれる。
これは? と尋ねたが、彼女は答えてはくれず、代わりに開けてみてください、と言った。
指示に従う。
包みの中に入っていたのは、ランチボックスであった。
彩り鮮やかなサンドウィッチがぎっしり詰め込まれている。
「これは?」
「サンドウィッチですよ、食べたことはありませんか?」
「まさか、大好物だよ」
「良かった。早起きして作った甲斐があります」
僕のためにわざわざ作ってくれたのか。
そこはかとなく感動していると、彼女は言う。
「迷宮に入ったら、生鮮食品はなかなか食べられませんからね。野菜を多めにしておきました。冒険者の健康管理も、ギルド受付嬢兼メイドの仕事なんですよ」
なるほど、さすがはメイドさんだ。栄養価のこともちゃんと考えてくれているらしい。
無論、彼女が作る料理だ。味の方も折り紙付きであろう。
僕はありがたくそれを受け取ると、こう言った。
「それでは行ってきます。カレン」
彼女はその言葉を聞くとこう尋ねてきた。
「ところでクロムさま、ギルド嬢の一番の喜びを知っていますか?」
「わからないかも」
正直に答える。
「それは送り出した冒険者に無事帰ってきてもらうことですよ。武勲を立てるのも結構ですが、どうか無事、帰ってきてくださいましね」
彼女はそう言うと、花も恥じらうような可愛らしい笑顔を浮かべた。
しばし彼女に見とれると、その場に立ち尽くした。
フェンリルの館を出て小一時間歩くと迷宮の入り口につく。
そこは前回、リルさんに連れてきてもらった場所だった。
前回はゲスト枠でダンジョンに入ったが、今回は正規の冒険者として入出する。
入出検査はやはり厳しい。
僕はなにも持っていないに等しいので、ほぼスルー気味に通されたが、隣のパーティーは一悶着起こしていた。
なんでもパーティーの中に植物を操るドルイドがいるらしく、大量の種子をダンジョン内に持ち込もうとしたらしい。
係員は、
「ダンジョンの生態系を揺るがすものは持ち込み禁止です」
と言い張るが、ドルイドは食ってかかる。
「これは俺の武器なんだよ、これがなければ戦えない」
そりゃそうだ。ドルイドとは自然魔術を得意とする魔術師である。
彼から種を取り上げるということはつまり武器を取り上げるも同じだった。
なんともまあ厳しい係員であるが、別に悪気はなく、職務熱心なだけだった。
数分後、彼は全部の種の審査を受けると、なんとかダンジョンに通してもらえた。
その姿を見て思う。
もしも魔法を極めるにしても【ドルイドの秘術】だけは遠慮しよう。
そんなことを思いながら、ダンジョンへ足を踏み入れた。




