5話 毒舌に勝てない毒舌
フィフスの焚いた煙で、なんとか敵を撒くことが出来た藍河達は、身を隠せる場所を探して歩いていた。
敵の狙撃手に何時見つかるか分からない。
藍河は負傷したフィフスを抱えて、人目のつかない狭い路地を選んで歩いていた。
なんとかフィフスの腹部の傷を、藍河は袖を切ってそれで縛る。応急処置として行った、気休め程度の止血。
フィフスを一刻も早く治療しないと……
けれどフィフスはーー元マフィアだ。公共の医療機関は使えない。
かといって、このままダラダラとさ迷っていては、敵に発見されかねない。
ある程度考え、藍河はある人物の存在を思い出す。
「そういや敵を巧く撒けた事の報告も兼ねて、一度話してみるとするか。今回もあの女の世話になったからな」
藍河はそう言って、自身の小型タブレット端末を取り出した。
ボタンを押し、端末に声を当て起動させる音声認証。
「『トロイア』」
そのパスワードは、スパイの代名詞とも呼べる『トロイア戦争』から来ていた。
有名な『トロイの木馬』作戦によって滅ぼされた、トロイアという国。
CIAではそういったスパイに因んだパスワードと、登録されている限られた人物の声紋。そして限られた端末からでしか、組織の人間へのコンタクトは出来ないのだ。
藍河はそんな端末を起動し、ある組織の人物へビデオ通話を繋げることに成功した。
端末に組織の相手ーー女の姿を確認するなり愚痴を吐きこぼした。
「貴様はもっとマシな武器や兵器を用意出来なかったのか!?ライオットシールドはなんとか敵の狙撃を防いでみせたが、もう数発撃ち込まれていたらあの盾は持たなかったぞ!あの盾は対狙撃銃には無謀だ!そもそも、あの場に敵が待ち構えていたことに何故組織は対応して知らせてくれなかったんだリノア・ヴァーミリアン!」
リノア・ヴァーミリアンと呼ばれた女は、藍河が2年前まで所属していた組織ーーCIAの専属オペレーターだ。
20代前半と言っても通用するであろう肌の艶と、整った小顔とモデルのようなスラッとしたスタイルを持つ。のだがーー
彼女の素性をよく知る人物は皆、口を揃えて呼びかける。
「「見た目に惑わされるな!」」
リノアは決して他人に明かさないが、噂では三十路を迎える日が近いとか……
その美貌からは想像出来ない。年齢だけではなく、ギャップは荒々しく第一声から、藍河に向けて放たれた。
「フォローしただけ有難いと思うべきですね。私のフォローが無ければ、今頃貴方は走馬灯も見ないまま、三途の川にダイビングでしたよ。それを貴方は、連絡をよこしてきたと思えばいきなり罵声ですか?何様ですか?そこは私に感謝の意を評して、頭を下げて欲しいものですね。ほら、言ってみなさい。『感謝しますリノア様』と」
この美女の皮を被った悪女は、藍河をも超える毒舌を回す。回す。
性格最悪の、ドSオペレーター。それがリノア・ヴァーミリアンという女。
蓮崎藍河の大先輩に辺り、藍河の性格を更に捻じ曲げた本人でもある。
「貴様……!何時か泣かせて、目の前で土下座させてやるからな……!」
「土下座?貴方に?貴方が私を泣かせる……?寝言は寝てから言いなさいね」
ーー!!
身を隠し、叫ぶことの出来ない藍河は、心の中の妄想で思い描いたサンドバッグを殴り続けた。何度も……何度も……!
「貴様みたいな奴がCIAのオペレーターじゃ、合衆国もそろそろ終わりだな」
「あら、今度は鏡に向かって言うとスッキリするわよ」
ーーウガー!!
今度は妄想サンドバッグを、両手で構えた機関銃で蜂の巣にしていた。
逃亡中で無ければ、直ぐにでも現実に実行したい所だ。
(この女と話していたら、怒りとストレスでハゲそうだ!とっとと本題に入らなくては!)
「本題に入る!私達を狙ってきたあいつら赤コートは何者だ!?何故私達を狙う!?」
藍河の問いに、リノアは面倒くさそうに溜息を吐きこぼす。
そして嫌々ではあるが、手元のPCをカタカタと叩く。
「正直、今回襲ってきた敵については、CIAの情報ブースを調べても詳しいことは分からなかったわ。けど、貴方が言った敵の名前ーーグラン・トワイライトという名前には微量だけれど情報が出たわ」
グラン・トワイライトーー赤いコートを身にまとう、死んだ魚のような目をした男。
藍河達を襲ったその男について、リノアは淡々と話す。
「本当に詳しい事は分からないのだけれど、珍しい人物や生物を捕まえて売り捌く。そんな商売を各国飛び回って活動してるってところね」
その説明を聞いて、そういう商売をする連中の事を俗に言う言葉がある。
「バウンティーハンター……賞金稼ぎか!」
「そう。犯罪者とか狙って政府に売り捌くハンターもいるみたいだけど、このグランっていう男は何故藍河を狙ったのかしらね」
藍河はそれを聞いて、一つの心当たりを思い出す。それはーーCIAであるリノアには言えない相談だった。
ーー元マフィアである、フィフスの存在。
マフィアを捕まえたがっているCIAには、フィフスが元マフィアである事は知らせられない。
それと同時に、敵の目的がわかった訳だが。
「……リノア。やはり私達は私達で何とかする。CIAには迷惑を掛けたからな。私を拾ってくれたあの人にも申し訳ないから」
「……そうか。まぁ貴方はもうCIAの人間関係ではないけれど、ここの人達は何時でも貴方を歓迎するわ。貴方の……家族親戚と違ってね」
「……礼を言う。あの人にも宜しくと伝えておいてくれ」
それじゃあと、電話を済ませ切ろうとした。ところだった。
リノアが終わり際にセリフを言い残す。
「また連絡よこしなさいね。それじゃご武運を……あ、言い忘れてたけどーーこの端末は、3秒後に消滅するからそのつもりで。3……」
ーーは!?
急遽突然のカウントダウンが始まった。
この数字が0になればどうなるか、藍河は身をもって知っていたから、とても機敏に動く。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!今私は敵から逃げ隠れしてるんだそ!」
「2……」
リノアのカウントは止まらない。
「くそっ!この極悪悪女が!」
「1……」
藍河は全力で、持っていた携帯端末を天高く大空めがけて投げつけた。
「何が『また連絡よこしなさいね』だ!」
「0……消滅しますーー」
空中に投げ出された携帯端末が、カウント0と同時に眩い光に包まれーーそして、
ドカーン。
街に突如、二つ目の爆発音が鳴り響いた。
逃げ場所を考える余裕が無くなった藍河は、負傷しているフィフスを抱えたまま最終手段を考えていた。
「……とりあえず姉上に相談してみようか」




