35 サルビア:家族愛 後編
日野家を訪問した名月は祖母に招き入れられ、部屋で他の家族を待つ。
家族が全員揃うと現状を説明した。
『花体質』のこと。
東条家に『花食み』がいること。
その為に涼菜の生んだ『花』を欲していたこと。
東条家の『花食み』が『花』を咲かせる為に涼菜を傷付けたこと。
はじめは弱った涼菜に家族と会わせる訳にはいかなかったので訪問自体を断ったこと。
ストレスの強度により、『花』の質が変わると判明したこと。
それを知った『花食み』が家族との面会を禁じていること。
涼菜の元まで家族が来たことが伝えられていないこと。
今、家族と引き離されていたと知って涼菜が絶望していること。
命の危機であること。
晃が『花食み』だと言う事以外はほぼ隠さずに告げた。
日野家の面々は黙って話を聞いている。
涼菜に似た面差しの父親は無表情で心の内は読むことが出来ない。
名月は、新しくなった畳に正座して、深く頭を下げる。
「御家の大切なお嬢さんを預かっておきながら、この不始末、この名月浩二が伏してお詫び致します。許してくれとは申しません」
東条家からの正式な詫びでは無い。
ただの一個人としての謝罪だ。
自己満足だと罵られても否定はできない。
「では、また、涼菜に会えるのですか?」
涼菜の母が問い掛ける。
その声は震えて湿っていて、細い希望に縋り付く様だった。
だが、名月は無常にも首を横に振る。
一斉に嘆きの溜息が漏らされた。
噛み締めた唇から鉄の味がし始める。
「申し訳ございません。私の力では残念ながら会わせてあげられません……ですが、必ず、必ず!責任を持って届けるのでどうか、どうか涼菜さんの為に手紙を書いて欲しいのです」
名月の頬を熱い何が伝って落ちる。
それはぽたりぽたりと真新しい畳にシミを作っていく。
「そんなの当たり前よ!書くわ!」
ほんの少しの沈黙の後、妹が叫ぶ様に言って立ち上がる。
その目は赤く、濡れそぼっていた。
「お姉ちゃんに、ちゃんと届けてよ名月サン。今度騙したら有る事無い事拡散してやるんだから」
「そうだ!僕だってやるからな!中学生だって馬鹿にできないぞ」
弟は泣いていた。
「かしこまりました、必ずお届けすると約束しましょう」と応えつつ、調書に姉弟仲は大変良好とあったが、事実の様だ、と場違いに名月は思った。
「あの、お弁当を届けてもらう訳にはいきませんか?あの子がご飯を食べてないなんて……信じられないですが、食べ慣れたものであれば少しは喉を通るのでは無いかと……」
おずおずと手を上げる母親に力強く頷く。
「是非お願い致します」
結局、名月の用意した便箋はちっとも足りず、弟妹のルーズリーフを使用して、分厚くてずっしりとした封筒になった。
封筒と共に、母の用意した、庶民的で慎ましい弁当と、祖母の用意した花を大事に預かり名月は丁寧に礼を言うと東条家に戻って行った。
見送りをした家族も車が見えなくなると新しくなった家に入っていく。
ただ一人、父親を除いて。
「娘を“売った”俺達に出来ることなんざ、これくらいか……」
名月の車が見えなくなっても彼は車の消えた方をじっと眺めていた。
その声には苦い後悔の響きが多分に含まれていたが、聞いたのは夕闇だけだった。
屋敷に着くと名月は真っ直ぐ『温室』に向かった。
使用人だけが使う通路で素早く目的地に移動すると、『温室』の前に立つ護衛が後藤だと確認する。
予定通り後藤が立っていた。
(彼ならば涼菜を心配していたので協力してくれるでしょう)
「後藤、貴方はこれから少しだけ視界を狭くしてください。私が来たことはわかっても、手に持つものは何も見えない。わかりましたね?」
「何を仰っているやら分かりかねます。名月様は何もお持ちではありませんよ?」
突然言われた言葉に、後藤は完璧な返しをして扉を開ける。
中に入ると、音に気付いた瀧本が慌てて出てきた。
軽く事情を説明すると、すぐに涙を浮かべて寝室へと案内される。
(これで少しでも元気を出してくだされば良いのですが……)
意を決して名月は涼菜の寝室に足を踏み入れた。
頑張ったね名月!
ここからもう一踏ん張り!




