約束
お待たせいたしました。
俺はとっさになにも答えることができなかった。
脳裏に浮かぶのは、『またね』と言いながら、理由も告げず姿を見せなくなった幼い頃の近衛の姿で……。
そんな俺に近衛は、「ああ」と声を上げた。
「嫌だな、信用なくしちゃったかな。大丈夫だよ、辰巳。今度はちゃんと連絡入れる。約束するから。きちんと君へ定期的にメールと電話、入れるよ。スマホにもパソコンにもクラウドにも、万が一の場合で書面のメモにも君のアドレスとナンバー登録してあるんだから、心配しないでよ」
今度は別の意味で言葉を失くす。
……俺、お前にアドレスも携帯ナンバーも教えた記憶ねーんだけど……。
「ああ、近衛さん。おはようございます」
戻ってこない俺の様子を見に来たのか、そう言いながら祐史がやってきた。
ん?
なんで祐史が近衛のこと知ってんだ?
「あ、おはよー。祐史君。今朝もさわやかイケメン君だね、辰巳と違って」
ほっとけ。
「いえ。ああ、それより、あの件、どうもありがとうございました」
あの件?
「んー? いいよ、たいしたことないって、あれくらい。あの暴走ボンボン、しばらくは辰巳に近づけないほど忙しくなると思うよ。また動きあれば教えてよ、対処するから。それよりもう一人の彼は放置でいいのかな?」
暴走ボンボン?
もう一人の彼?
「ああ、松江君はいいんですよ。なにかあれば僕でも対応できますし、役に立つ場面もくるかもしれませんし。今でも視界にチラつくのさえ目を瞑れば、無料のボディーガード代わりにはなってますから」
松江?
つーと暴走ボンボンってのはもしかせんでも……。
「ああ、使えるものは使う。基本だよね」
「はい」
っていうか、さっきから不穏なこと言ってるおまえら……。
「……いつから知り合いに? つか、なに今の会話。なにしたのおまえら」
祐史と近衛はきょとんとした様子で俺を見てから、一瞬お互いの顔を見た後、二人して人差し指を口元にあてて、にっこりと笑った。
「「ひ・み・つ」」
……セリフまで被りやがった。
なにこいつら。
まじ薄気味悪くて怖えんですけど。
そんな俺をよそに、二人は和やかに言葉をかけあっている。
「いやー、でも本当辰巳にこんな出来た弟君がいるなんて、知ってはいたけど実際会ってみると違うもんだよねー。祐史君がお嬢様の弟だったらボクの再教育なんて不要で楽だったのにねー。可愛げはないけど」
「ははは、あの千草さんの弟なんて冗談でもやめてください。怖気が走ります。でも、僕も近衛さんが兄さんの親友だってこと、とても喜ばしく思っていますよ。情報網も実行力も権限も持っていて、頼りになることこの上ないですし。実際今回のあの馬鹿ボンの件では非常にお世話になりましたし。あの千草さんの部下であっても言いなりになることもなく、困らせることもできるなんて最高です。なにより、忙しくされていて普段はあまり兄さんのそばにいらっしゃらないのも高ポイントですよ」
「あはは、祐史君は本当にちょっと引くほどのブラコンで笑えるなあ。ボクは楽しくていいけど、辰巳には小出しにしないとキモがられるね。年長者からの忠告だよ」
「いやいや、それはよけいなお世話ですよ。兄さんのことは誰よりも僕が一番知っていますから、兄のことで忠告は不要です。まあそれはそれとして、またなにかあった時はよろしくお願いしますね、近衛さん」
「もちろんだよ、祐史君。君も情報提供の約束忘れずにね」
「ええ、わかってます」
……なに。
なんなの。
おまえら仲良いの、それとも本当は険悪なの?
腹芸のできる人間同士のやりとりは恐ろしい、と心底俺は感じたのだった。
その後、再度旅立ちの挨拶をして近衛と御加賀見弟は出立していった。
恭弥はなぜか両目いっぱいに涙を浮かべ、「必ず、必ず雅紀お兄ちゃんのもとへ帰ってくるから!」と拳にした両手を震わせながら言っていた。
……いや別に俺のところに帰ってこんでもいいんだが。
近衛は最後にひらひらと手を振ると、「またね」と言って笑った。
実に近衛らしい別れの挨拶だった。
はあ、疲れたな、朝っぱらから……。
思わずため息をついた俺の視界に、サラリと流れる黒髪が見えた。
そちらに視線をやると、そこには制服姿の御加賀見が立っていた。
御加賀見は俺と視線があうと、ふわりと微笑んだ。
「雅紀、おはよう。今日もいい天気ですわね。一緒に学校行きましょう?」
次回はとうとう100話目です。切りがいいので次回で最終回とします。
まだ一文字も書いてないので長さは何とも言えませんが、次回で最後。
最後までよろしくお願い致します。




