お兄ちゃんはふりかえる
萌田兄の心の内、回です。
もえは生れた時は未熟児で大変だった。
まだ生まれる前から、新しく増える妹のことが楽しみでしょうがなかった。
母は綺麗なレースや光沢のある絹、肌触りの良いコットンで、妹の為の準備をしていた。
女の子らしい可愛らしい部屋が徐々に出来上がり、幼いながらも僕は兄としての自覚を少しずつ芽生えさせていった。
妹が生れたら、たくさん遊んであげようと。
しかし、実際に生まれてみたら、遊ぶどころの話ではなかった。
病弱な妹は病院と自宅を行ったり来たり。
もしかして死んでしまうのではないかと、恐れた日々。
僕は、妹が暑くないよう寒くないよう、転ばないよう怪我しないよう、そればかりを注意していた。
小学校にあがるころ、やっと妹は人並みに丈夫になっていった。
しかし、幼いころの認識が抜けないのか、僕は心身ともに妹が傷つかないよう、それに細心の注意を払った。
遠くに出かけるのは危ない、高い所も危ない、走ったりして転んだらどうする。
山は虫がいる。海は日差しがきつい。プールは溺れたら。
男の子は乱暴だ。女の子に心無いことを言われたら。
どこかに出かける時は、兄である自分と一緒にしなさい。
誰かになにか言われたりされたら、必ず報告しなさい。
ことあるごとに、僕はもえにそう言い、約束させた。
もえも素直に頷いた。
素直で、可愛い本当にいい子に育った。
そんなもえが、優しくていい人、の男の子がいると言い出した。
僕は、もえから詳しい話を聞き出すと、すぐに人を使って調べた。
辰巳雅紀。
別になんてことのない男だった。
成績も、家も、特技も、容貌も、特になんてことのない、普通の男。
いや、どちらかと言うと覇気のなさそうな、きっと駄目な男。
もえは容貌も誰よりも可愛らしく、それなりの資産がある家の令嬢なのだ。
きっと、騙されてるに違いない。
もえがあまりに優しく素直すぎるので、きっとそこを付け狙う下郎が現れるとは思っていたが、こんなに早く現れるとは思っていなかった。
もえを守れるのは、兄である僕しかいない。
そう思って、止めるもえを無視して、僕は奴に釘をさしにきた。
なのに。
「大っ嫌い」
もえから初めて発せられた、その言葉。
『妹君にとって、あなたのその言動は迷惑以外のなにものでもないのでは? 本格的に疎んじられる前に、一度ご自身をよく振りかえられてみてはいかがですか』
以前、後輩からそう投げかけられた言葉。
その時はあり得ない、と軽く流したが。
本当に、僕は妹に疎んじられてしまったのだろうか。
わからない。
僕は、なにを間違った?
間違いだらけです。




