⑥おふたりはお似合いで本当に素敵ですわ
次の休日。シェリーンは5枚目のドレスを着て、試着室を出た。
ソハラに紹介された店の特別室では、おめかししたライルがお茶を片手にカタログを眺めている。
扉の開閉音とドレスの衣擦れの音に、ライルが顔を上げた。黒く鋭い瞳を向けられると、シェリーンの心臓はなぜか主張を強める。
「ど、どうかしら」
「ああ、いいね。よく似合ってる」
いつもは無造作に後ろで1つに結んでいる黒い髪を、今日はおろしている。ライルが頷くたびにサイドから流した癖のある毛先が揺れた。
「そっそればっかりじゃない、さっきから。上辺の言葉とか求めてないの」
「じゃあ、そのドレスはダメだな。胸元が開きすぎるし、色も気に食わない」
口元に笑みを浮かべたライルを睨んで、鏡の中の自分へ視線を移す。水色のドレスは確かに、自分の肌とでは浮いて見えた。可愛いと思っていた胸部のデザインも、言われて見れば少し大胆かもしれない。
「どれが良かった?」
シェリーンの言葉にライルが立ち上がり、今までに彼女が試着したドレスの中から1着を指し示した。
「これが一押し」
グレーのそのドレスは、ふわりと広がったスカートで上に白のオーガンジーが重ねられているにも関わらず、ふんだんに縫い付けられたブラックパールが幼さを抑えてシックにさえ見せている。
ライルのくせになかなかの審美眼だと頷こうとして、しかしイタズラに煌めく彼の黒い瞳にハッとした。黒い髪と瞳、自分の色を着せようとするとは、やってくれる。
「ばっ、ばかじゃないの。他のにしてよ」
「だったら最初から試着しなきゃいいだろ。……んじゃこれだな。もっかい着てみろよ」
ライルが次に顎で指したのは淡い蘭色のドレスで、デコルテから肩にかけてあしらわれたレースが上品だ。
言われた通り、シェリーンは再度そのドレスを着て鏡の前に立つ。
広がり過ぎないスカートは大人っぽいのに、可愛らしい色がシェリーンのとげとげしさを柔らかく見せていた。
「どうかな」
「うん、いいじゃん。たてがみひとつで猫も獅子とはよく言ったもの……いってぇ」
「これ、いただくわ」
みぞおちを押さえて呻くライルに背を向け、シェリーンはまた試着室へと入って行った。
ライルは確かに意地悪なことを言うし、シェリーンにしか聞こえない距離では言葉遣いも酷いものだ。しかし、いつもと比べればずっとおとなしい。
紺の上下は大人っぽくて、整えられた髪型はおしゃれ。エスコートはほぼ完璧だし、ひとつひとつの仕草も洗練されているように見えて、どうにも調子が狂ってしまう。
だから、いまいち真っ直ぐライルの顔を見られずにいた。
「おふたりはお似合いで本当に素敵ですわ」
シェリーンの着替えを手伝う店員がそう言って笑いかける。
彼女の言葉を正しく理解するのにたっぷりの時間が必要だったが、理解しても素直に頷くことはできない。
「えっ、いや、彼は」
「大人で一見クールなのに、自分色のドレスを着てほしいだなんて――」
「はしたない話をしないの。大変申し訳ありません、あとでよく言って聞かせますので」
ぽっと頬を赤らめた店員に、また別の店員が注意する。おかげでシェリーンはそれを否定するタイミングを失ってしまった。
着替えを終えて試着室を出ると、驚くことにライルがすでに会計を終えていたのだ。ドレスだけでなく靴やグローブなどの小物に至るまでが馬車へ積み込まれていた。
シェリーンは慌ててライルの元へ駆け寄って、耳に口元を寄せる。
「なんのつもり?」
「ただの見栄だよ、わかるだろ。ふたりで来て男が払わないなんて恥をかかせるつもりかよ? 『格式』が大事な店で?」
「アンタにそういうの求めてないから!」
とは言えライルの言い分ももっともで、シェリーンに反論はできない。どうやって返したらいいかと考えながら、ライルとともに店を出る。
ライルのほぼ完璧なエスコートで馬車へ乗り込もうとして、足を止めた。
ホワイトムーンパーティーのパートナーがもしまだ決まっていないなら、自分がなってもいいのでは、と思ったのだ。
以前ライルから誘われたときに断ったのは、売り言葉に買い言葉みたいなものだ。別に本当にイヤだと思っていたわけではない。
パーティーでの衣装を贈ればそれで痛み分けと言えるはず。そう考えて、シェリーンは踵を返した。女性から男性へ贈るものとして衣装は定番とは言えないが、家格差のある学内のパーティーでは珍しい話でもない。
「おいっ、シェリーン?」
「そこで待ってて」
見送りに出ていた店員の腕を掴み、そのまま店の中へと戻る。先ほどまで使っていた特別室へ向かい、グレーのドレスを指さした。
「これをいただける? あとで屋敷に送ってくれればいいわ」
どうせパートナーとなってライルに衣装を贈るのであれば、自分の着るものは決めておいたほうがいい。
シェリーンは自分の閃きの素晴らしさに満足しながら、会計の手続きを待つことにした。
「あーっ、彼に内緒で着てびっくりさせちゃうんですねー?」
先ほど軽口を注意された店員が、請求書を作成しながら笑う。
そういうわけではないのだが、と愛想笑いを浮かべて視線をさまよわせたとき、シェリーンの足元にペラリと紙が一枚舞い落ちた。
それは店が保管するための請求書の控えで、宛先はベーダス公爵家になっている。ドレスに靴にグローブに……と、シェリーンのために購入したものに違いない。
「あら……?」
「わー! すみません、申し訳ありません」
何か違和感を覚えて思わず手を伸ばしたが、シェリーンの手が届くよりも先に店員が拾い上げてしまった。
もし問いただしても、店は請求書の内訳について公開することはないだろう。だが確かに、シェリーンの目には購入数がそれぞれ2つずつに見えたのだ。




