⑤お誘いをもらえば断るほどのことじゃないかな
数日後、ライルは喫茶室にいた。彼の見つめる先には、窓側の席でライルに背を向けるシェリーンと、その対面に座るソハラだ。
ライルの発する異様な緊張感のせいか、幸いにも女生徒は遠巻きに見るだけで近づいてこない。一方でシェリーンはライルの存在に気づきもせず、「恋バナ」なるもので盛り上がっていた。
「別にたいしたことないってば。毎日ここでちょっとお茶するだけ」
「でもライルが相手でも毎日はお茶なんてしないじゃん。ナヒッドのほうが好み?」
「もっ、もちろん容姿は整ってると思うけど、そこは関係ないわ。私の趣味ではないし。ただ、お誘いをもらえば断るほどのことじゃないかなーって」
ライルはカップを持ち上げる手をとめ、またテーブルへ置いた。一瞬だけ目が合ったソハラは、小さく肩をすくめて見せる。
彼女はライルたちの協力者だ。この問題と対峙するにあたって、情報収集の面でシェリーンの親友の協力は必須とも言える。
「断るほどじゃない、ねぇ……。それで、デート行くんでしょ? どこ?」
「デートなんて御大層なものじゃないわ。でも観劇はどうかって……ほら、いま話題の戯曲あるでしょ」
「えーっ! 情熱的すぎて恋人以外と見たら恥ずかしくなっちゃうってやつでしょ。やっぱりデートじゃない。ねぇ、どんなドレスで行くの? お化粧は? アクセサリーはある?」
ソハラからの目配せを受けてライルが席を立つ。
ゆっくり歩を進めながら、予定通りの話題へと移るのをソハラを信じて待つのだ。
「うーん、最近の流行に疎いから悩んでる。わ、私は別になんだっていいんだけど、彼に恥をかかせるわけにもいかないでしょ。相手がライルならこんなことで悩まないのに」
自身の名が突然出てきて、ライルの足が止まった。服装に気を遣う意味もない相手だと馬鹿にされているのか、飾らず気安く接することができると心を開いているのか、判断が難しいところだ。
ソハラが苦笑しつつ話を続ける。
「んー、メイクは侍女がいるでしょ。アタシがやったげてもいいし。問題はドレスとアクセだよね」
「ねぇ。ソハラにお願いできる? 私、普段がこうだから突然メイクしてなんて言ったらみんなビックリしちゃうわ」
「オーケー、まかせて。んでドレスは……オーダーしてる時間ないし、いい高級既製服のお店紹介してあげよっか。予約しといたげる。でもアタシは今週忙しいから、ひとりで行くか――」
「えー! 困る、自分で似合ってるかどうかわかんないもん。一緒に来てよ」
後ろから見てもわかるほど、シェリーンが身体を大きく揺らした。普段のシェリーンとは違う、女の子っぽい仕草にライルは先ほどから面食らってばかりだ。
そこへソハラは意地悪く瞳を輝かせながらライルを指さした。
「んじゃ、後ろのアレに頼んだら? こういうときは男目線のほうがいいアドバイス貰えるんじゃない?」
シェリーンがゆっくりと振り返る。金色の絹のような髪をかき上げて、形のいい耳が現れた。長いまつ毛とつんとした鼻先が順に見え、そして紺碧の瞳がライルを見上げる。
「よ、よお」
「は? え? あんたなんでここにいるの?」
「なんでじゃねぇし! 俺がどこにいようが俺の勝手だろうが」
いつもの通りの喧嘩が始まったところで、ソハラが大きく咳払いをした。ライルも口を閉じて、頭をぽりぽりと掻く。
「ライルさ、シェリーンの買い物に付き合ってあげてくんない?」
「お、おれ、俺が? べっ別にいいけど」
事前に打ち合わせたシナリオ通りだというのに、実際にやってみたら自然な口調になどなりはしなかった。ソハラの女優っぷりに脱帽しつつ、このわざとらしさにシェリーンが勘付かないよう祈るしかない。
「なんで私が――」
「だってアタシは行けないし、ライルだってセンスは悪くない。シェリーンはライル相手ならドレスに悩まない、つまり服を買いに行く服に困らない。違う?」
ソハラの勢いにシェリーンが黙る。ライルも黙る。
さも名案でかつ代案はないような口ぶりで、他の友人や侍女を連れて行けばいいという単純明快な回答を忘れさせた。
「う、うん……そうね、そうしようかしら」
「しょ、しょうがねぇな」
シェリーンは首を傾げつつ頷いてライルを見、ライルもまたそっぽを向きながら了承する。
これで最初のミッションはクリアだ。ライル、ソハラ、そしてターヒルの描くシナリオは動き出した。
ライルが満足気に笑みを浮かべたところで、ソハラが思いだしたように付け足した。
「そうそう! そのお店って既製服店だけど、オーナーが有名なデザイナーで格式もそこそこ高いのよ。失礼のないようにね」
シェリーンとライルが目を合わせる。そして同時にソハラを見た。
「いや無理でしょ、ライルじゃ」
「シェリーンにそんなことできるわけねぇだろ」
こうなったらもうソハラの出る幕はない。立ち上がったシェリーンとライルはまるで恋人かのような距離感で、相手を罵り合うのだ。
「その言葉忘れんなよ、絶対、失敗すんのはお前だからな!」
「は? 自分の心配しなさいよね、馬車から自分だけ出てひとりで先に行くようなヤツが」
「うっわー、10年も前のガキのやること根に持ってんのかよー、うっわー」
ライルが我に返ったときには、ソハラの姿はもうなかった。




