⑲ホワイトムーンの伝説知ってるか
ダンスを終えると、ライルの提案でふたりはバルコニーへ出た。
パーティーはまだ始まったばかり。夜空を見るのを口実に異性と二人きりになろうとする人物は、他にいないらしい。
窓から会場内を振り返りながらシェリーンが笑う。
「ねぇ、アンタがバルコニーに出たってのに誰も気にしてないけど。モテモテだとか言ってなかったぁ~?」
「相手がお前だからだろ。あとそれブーメランだからな」
「は? 私は男性陣からざわざわされてま――」
「いいから、こっち」
ライルが手を伸ばしてシェリーンを誘う。その手をとって導かれるままに手すりのほうまで進むと、幻想的にライトアップされた中庭が目に入った。
「すっごい綺麗。これも全部先生たちがやったのよね」
「草木だけじゃなくてリスとかウサギまで光ってるな」
「彼らにはいい迷惑かもね」
幻想的なのは夜空も同じだ。これは魔法などではなく、自然現象だが。
ホワイトムーンとは年に一度、月が最も白く光る日を指す。通常と比して1.2倍程度に大きく見えることも特徴の一つ。
夜空を見上げたシェリーンが感嘆の声をあげた。
「すご……月が迫ってくるみたい」
「そうだな」
「で、今日は一体どうしたっての? なんか調子狂うんだけど」
ライルは腰を少しだけ曲げて手すりに両腕を乗せた。シェリーンを見上げるようにして微笑む。
「ホワイトムーンの伝説知ってるか」
「なんだっけ? そう言えばなんか乙女チックな――」
ライルを見下ろすシェリーンの視界の隅で、中庭を横切る気配があった。目は反射的に動くものを追ってしまう。
金色の真っ直ぐな髪の男性と、その横を歩くチョコレート色の髪の女性。ターヒルとソハラに間違いない。
「あれ、ターヒルとソハラじゃない? ターヒ――っ」
「ばか静かにしろ!」
右手を大きく上げてふたりの名を呼ぼうとしたシェリーンの口を、ライルが慌てて押さえた。さらに暴れるシェリーンを抑えようと、空いたほうの腕で彼女を抱きかかえながら手すりから離れる。
「んーんっん!」
「大きな声出すなよ?」
「ん」
ライルが手を離すと、シェリーンは大きく深呼吸してからライルを睨みつけた。
「なんなの?」
「俺のことデリカシーねぇって言うくせに、いちばんデリカシーねぇのお前だかんな」
「は? どういうことよ」
自分の唇に人差し指をたてて「静かに」と伝え、再び手すりのほうへとシェリーンの手を引く。童話の中のように幻想的な中庭を、ターヒルとソハラが並んで歩く情景は先ほどと変わらない。
「あれ見とけ」
ライルが指さしたのはやはりあのふたりだ。立ち止まった彼らは夜空を見上げながら穏やかに話をしている。が、そのうちにどちらからともなく向かい合った。
「なにあれ、まるで告白でもするみた……いな……。え、ほんとに?」
「いまさらだろ」
「いやいやいやいや、いくらなんでも兄のそういうとこ見たくないから!」
シェリーンは両手で顔を覆ったが、つい指の間から様子を伺ってしまう。好奇心には勝てないものだ。
どんな言葉が交わされたのか、シェリーンにはわからない。しかしソハラが勢い良くターヒルに抱きついたのだから、結果は本人たちに聞くまでもないだろう。
「さっきの話の続きだけどさぁ」
「は? このタイミングでなによ?」
「ホワイトムーンの伝説。あの白い月の光は気分を高揚させるとかなんとか」
「えー、そんなんだったっけ?」
ターヒルとソハラは先ほどよりも、さらに半歩ほど距離が近くなっている。ソハラはターヒルのことをいつも、「シェリーンの兄じゃなければ好きになっていたかもしれない」と言っていた。
ソハラのあの行動が月の光のせいなら、もしかしてあのままではいけないのではないか、とシェリーンはぼんやり考えつつ首を傾げた。
「それより問題はこっち」
「こっちってどっ――わっ」
シェリーンが何か答えるより早く、ライルが彼女の肩を掴んで自分の方へ向かせる。その黒い瞳はいつになく真剣で、形のいい顎の下で癖のある黒髪が風に揺れた。
こうして向かい合ってみれば、さすがのシェリーンも自分の置かれた状況を理解できる。一気に顔が熱くなって、思わす俯いてしまう。
「さっきの、嫌だったか?」
「へ? なに? さ、さっきの?」
想像していたのと違う言葉に、シェリーンは戸惑って顔を上げた。
ライルが手を伸ばしてシェリーンの頬に触れる。「さっきの」が何を指しているのかを理解して、心臓が高鳴る。
「えっと、いやじゃ、なかっ……」
シェリーンは言ってしまったあとで、口を手で覆った。口が滑ったとしか言いようがない。恥ずかしい思いをさせられたのだから、嫌に決まっているのに。
しかし一方で、先ほどのライルの言葉が頭をよぎった。
――白い月の光は気分を高揚させる。
「よかった。俺、ずっとこうしてお前とゆっくり話がしたかったんだ」
「な、なによ、そんなあらたまって」
真剣な表情のライルも、よく見れば顔に赤みがさしている。
この目、この雰囲気はシェリーンにとっては馴染み深いものだ。シェリーンをターヒルと間違えた女生徒が告白するときとそっくりなのだから。
やはり勘違いではなかった。この状況はつまり、そういうことなのだ。会場から聞こえてくるざわめきよりも、心臓の音のほうが大きい気がして、シェリーンは手をぎゅっと握った。




