⑱今日のあんたは一体なんなわけっ?
扉が開いた瞬間、シェリーンは目を瞠った。
色とりどりに輝く蝶が飛び回っていたのだ。羽ばたくたびに舞い落ちる金色の鱗粉は、人に触れる前にふわりと消えてしまう。
「魔法生物ね……」
「今年も気合入ってるな」
ホワイトムーンパーティーと言えば毎年、先生方が持てる魔力のすべてを使って会場の演出をするものだ。これだけの数の蝶を生み出したなら、明日は寝込むこと請け合いと言えよう。
会場へ入ると参加者たちの好奇の目が向けられ、囁き声も聞こえてくる。多くは「結局あのふたりかよ」という、校内を騒がせたことへの非難と呆れの声だ。
だが次に多いのは、シェリーンの美しさを褒め称える声だろう。シェリーンは表情を変えないまま、ライルにのみ届く声量でフフンと笑った。
「ライルさん聞こえまして? 私がとーっても綺麗だって」
「そりゃあ、去年のシェリーンは男物の騎士礼装だったもんな。まさか女の恰好してくるとは思わねぇだろ」
「それは一昨年アンタが普段着で参加したからでしょ。礼装とはなんぞやってことを教えてあげたんだから感謝しなさいよ」
「……おかげで今年は俺もかっこよくできたな」
ニヤリと笑ったライルを横目に見て、シェリーンは口を閉じた。どうにも今日のライルは調子が狂ってしまう。いつもなら、「俺が選んだドレスとネックレスでよく偉そうなことが言えるな」くらいのことは言っているはずだ。
これではただの大人な紳士ではないか。という考えが頭をよぎって、シェリーンの頬に赤がさす。照れたら負けだ、と心で言い聞かせて唇を引き結んだ。
最前列へ到着すると、背後からナヒッドとミスキャンパスの名が読み上げられた。その後は学長の入場、挨拶と続き、パーティーが始まる。
いかに本格的なものと謳っても、政治的なしがらみのない学生たちのパーティーだ。最初の緊張や厳かな空気などすぐに消え、夏の終わりの思い出を作ろうとはしゃぎだした。
シャンパンのグラスをふたつ手にしたライルが、一方をシェリーンに差し出した。
「そういえば去年は、お前の前に長蛇の列ができてたな」
「踊ってくれって懇願する女の子たちね。ターヒルと間違えてるのか、ターヒルと踊った気になりたかったのか、判断に困ったものだわ」
「おかげで俺はお前と一度も踊れなかった。パートナーと踊らないとか前代未聞だぞ」
「どっちが女パートやるかで揉めて喧嘩になっただけじゃない」
「あのな、そこは普通に考えてお前だ――」
近づいてくる人の気配に、ライルが口を噤んで振り返る。シェリーンもライルの視線の先を追った。
青みのある銀の髪に灰色の瞳。ナヒッド・ラ・クライシュだ。
「シェリーン。どうかわたしと踊ってもらえませんか」
「え、でも」
「すぐには無理でも、わたしは兄妹を見分けられるよう努力する。もう一度、チャンスが欲しいんだ」
いつもの柔和な微笑みとは違い、固い表情と強い眼差しがシェリーンに向けられている。魔法にかかっているわけでもないのに、うっかり「はい」と答えてしまいそうな迫力だ。
「あの――」
口を開きかけたシェリーンを隠すように、ライルが一歩前へと出る。
「悪ぃな。シェリーンは今夜、俺としか踊らないんだ」
「同じ相手と3回以上踊るのはマナー違反だ」
「そう、だから俺たちは今夜3回までしか踊らない」
シェリーンの手にあるグラスを抜き取って近くの給仕に返すと、ライルはそのままシェリーンをホールの中心へと連れ出した。
「まさか私の意志を無視するなんて」
「アイツと踊りたかった?」
「そうじゃなくて、かっこよく断るシーンを横取りするなって話」
シェリーンとライルは今までにも数え切れないほど踊っている。息をするように自然にホールドを組み、曲が始まれば考えるより早く体が動いた。
「俺のもかっこよかったろ」
「ダンスの回数を勝手に決められたけど」
「嫌じゃなかった、だろ」
ふたりがターンするたび周囲で歓談する学生たちの視線が集まるが、ふたりにとってはそれも慣れたものだ。
「ちょっと考えたんだけどさ。別にターヒルとお前の見分けつかなくても、悪さしようと思わなきゃどうでもよくね?」
「は? だから想像力の無い単細胞は……。ふたりにしかわからない恥ずかしい話をターヒルにされたらイヤでしょ」
「どういうこと」
「だから、私だってターヒルがどこでデートしてどんな口説き方をしたかとか、聞きたくないわけ。『こないだ行ったカフェで~』とか言われても困るのよ」
一瞬目を丸くしたライルだったが、シェリーンの言葉の意味を理解すると同時に吹き出した。シェリーンは唇を尖らせながらそっぽを向く。
ひとしきり笑っていたライルだが、呼吸を整えたところでシェリーンに片目をつむって見せた。
「最悪の場合、好きな男がターヒルに抜き打ちでキスするかもしんねぇもんな?」
「そんなデリカシーのない人とは仲良くならないけど」
「えっ」
「えっ?」
驚いて見上げたシェリーンの頬に、ライルがキスをする。
「俺はするけど」
「だっだっだっ、だから! 今日のあんたは一体なんなわけっ?」
一気にシェリーンの顔が真っ赤に染まる。会場中の視線が集まっていると言っても過言ではない状態で、やっていいことと悪いことがあるというのに。
ライルは混乱するシェリーンにただ微笑みかけるだけだった。




