⑰別にアンタのために着たわけじゃなくて
ホワイトムーンパーティーまでまだ時間はあると思っていたのはいつのことだったか。あっという間に当日を迎え、シェリーンはぎこちない態度でライルの前に立った。
ターヒルはすでに出発して屋敷にはおらず、ここはまだアディーブ邸だというのにシェリーンはなぜか敵に囲まれた気分だ。
「よく似合ってるな。それ、俺が好きだって言ったドレスじゃん」
「別にアンタのために着たわけじゃなくて――」
「ネックレスも。つけてくれたんだな」
シェリーンは言い返す言葉を失って唇を噛んだ。
今日のパーティーのために選んだのは、以前ライルがオススメしたグレーのドレスだ。ふわりと広がったスカートに白のオーガンジーが重ねられ、黒絹の刺繍とブラックパールが大人っぽさを演出している。
そして首元を飾るのは繊細でありながらも華やかな、透かし彫金のネックレスだ。トップと左右に睡蓮の立体的なゴールドレリーフが配され、中心に多面カットされた真っ黒な黒玉が。3つのモチーフの間には三角形のプラチナフレームがあり、ダイヤモンドが輝いている。
デザイン、素材、技術、どれをとっても一級品なのは、シェリーンにだってすぐにわかった。
「てか、こんなの、受け取れないし今日終わったら返す、から」
「それは困るけど、まぁその話は後だな。そろそろ行こうか」
そう言って手を差し出したライルはといえば、観劇へ出かけた際のドレスのお返しとして衣装を贈りたい、というシェリーンの申し出を断っていた。
あれはターヒル用に揃いのドレスを準備する必要があった、つまりライルやターヒル側の事情なのだから気にしなくて良いと。
海の底より暗い紺碧の上下は襟や袖口に金の装飾が入って華やかに。明るい紺碧のアスコットタイが顔周りを明るく見せている。
まさかここまでシェリーンの瞳と髪の色をまとってくるとは予想しておらず、パーティーで学友たちの前に出るのが恐ろしく感じられた。
ためらいがちにライルの差し出した手へ左手をのせる。屋敷の外へ出ると公爵家の馬車が待っていた。
「サボるって選択肢は……」
「無くないけど、それは俺と二人っきりになりたいってこと? 情熱的じゃん」
「ばっ……! そんなわけないでしょ!」
エスコートなど必要としない勢いで馬車へ乗り込むと、ライルも笑いながら続く。
学校内では別館と呼ばれる、多目的ホールの前に馬車を停めて中へ入った。最初に案内された控室には、シェリーンたちの他に数組の生徒が待機しており、入場のために名を呼ばれるのを待っている。
フォーマル体験授業という側面を持つこのパーティーでは、生徒たちの「身分」もまた重要視されるのだ。公爵令息であり伯爵位の儀礼称号を持つライルとそのパートナーの入場は、今まで通りなら最後であった。
「そっか、ナヒッドは侯爵様だもんね」
シェリーンの呟きにライルも小さく頷く。
今年のラストはライルではなくナヒッドらしい。控室の隅で椅子に腰かけるナヒッドの横には、ミスキャンパスがいた。
シェリーンとライルは出入り口にほど近い場所で座り、名を呼ばれるのを待つことに。
「まさかナヒッドがミスキャンちゃんをエスコートするとは……」
「なんだよミスキャンちゃんって」
「は? アンタの腕に絡みついてたでしょ」
「そうだっけ?」
本当に記憶にないのか、ライルは眉根を寄せて首を捻っている。シェリーンは肩をすくめて、目を閉じた。
「小さい頃、ターヒルの婚約者にどうかって話があったんだよね」
「ミスキャンちゃん?」
「そ。でもあの子、私とターヒルの見分けができないからさ……私に『シェリーンがいじめる』って言ったんだ」
当時、驚いたシェリーンはすぐに周囲の人間にそれを伝えたが、誰も取り合ってはくれなかった。本人も間違いに気づいて、「そんなこと言ってない」の一点張りだ。
ライルは肘をついた手に頬をのせて、「それで?」と続きを促した。
「でも次はターヒルの前で『ターヒルはアンタのこと面倒くさい妹だって言ってた、嫌いだって』って言っちゃったものだから、もうダメだよね」
一族にとって双子を見間違えることは問題ないが、信頼が最も必要な家族間で人心をコントロールしようとするのは看過できないとされた。結局、ターヒルの婚約話は形になる前に消えた。
「だから見分けられるヤツじゃないと嫌だっつってたのか」
「口にしないだけで、ターヒルだってそうよ」
後れ毛を引っ張られる感触にシェリーンが目を開けると、ライルがいたずらっ子のように笑ってシェリーンの髪をいじっている。
「それは、ターヒルを女装させた5回の内の1回だろ?」
「た、たまたまだからね。私の服着せて遊んでただけで、別にだますつもりは」
「どっちみち、人を陥れようとしたことは変わんねぇから、それはいいんだよ」
ライルの黒く鋭い瞳がくるりと動く。視線の先を追うと、ミスキャンパスがちらちらとシェリーンたちのほうを見ていた。
他の生徒の姿はすでになく、控室には4人しかいない。
「彼女がそんなことしなければ、私もターヒルもここまで過敏にならなかったんだろうなぁ」
「じゃあナヒッドの恋もかなってたかもな」
「それはどうかな」
「なにそれ、俺ちょっと自惚れていい?」
「は? なんでそうなるわけ?」
シェリーンが睨みつけたとき、控室の扉が開いてライルとシェリーンの名が読み上げられた。
入場の時間だ。




