⑯アンタにそういうの求めてないってば
シェリーンが顔を上げると、立ち上がったライルと目が合う。いつもなら不機嫌そうに眉を顰めているのに、シェリーンを見下ろすライルはどこか気分が良さそうだ。
「確かシェリーンは、おっとなーなヤツと参加するって言ってたよな」
パーティーのパートナーを巡って口論になったとき、シェリーンは確かにそう言った。図星をつかれて唇を噛んでいると、ライルはテーブルをぐるりとまわってシェリーンのほうへとやって来る。
「な、なによ。ライルは完璧なエスコートするって息巻いてたじゃない」
「そうだな。つまり、完璧なエスコートをする俺がお前のパートナーなら文句はないわけだ」
「ア、アンタにそういうの求めてないってば!」
否定の意を込めて広げた両手を胸の前で振るが、ライルは意に介さずシェリーンの前で片膝をついた。そして余裕ぶった笑みのまま、右手を差し出す。
「お手を」
「え、え?」
勢いに飲まれるようにして右手をライルの手に重ねると、すらりとした親指がシェリーンの指先を撫でた。ゴツゴツしたライルの手は、女性にしては大きいはずのシェリーンの手よりもずっと大きく見える。
「ホワイトムーンパーティーで、どうか俺に君をエスコートする名誉をくれないか」
「なっ……!」
シェリーンは開いた口が塞がらないといった様子でライルを見つめた。その顔はみるみるうちに赤くなり、目はまん丸だ。
一方ライルはシェリーンの表情を覗き込んで、にんまりと笑う。
「シェリーン?」
「あっ、そ、そうね。いいわ、もちろん」
目を泳がせながらシェリーンが返事をすると、ライルは俯いて肩を震わせた。その状態のまま、数秒が経過する。
「ライル……?」
「いや、悪い。めーっちゃ素直じゃんって思ったら可笑しくて」
顔を上げたライルは目に涙を滲ませながら笑っていた。
今までの赤面など比じゃないほどに真っ赤になったシェリーンの目にも、涙が浮かぶ。
「は? は? は? いま、なんて?」
「なんでもねぇよ。しかし素直すぎて雨降るかもしんねぇな、帰るわ」
突然いつもの憎たらしい表情に戻ったライルに、シェリーンの情緒が追い付かない。立ち上がって背を向けたライルを追うように、シェリーンも席を立った。
「ちょっとライル!」
「言っとくけど」
振り返ったライルが、またシェリーンの手を取る。
「パートナーの件、有効だからな? 勝手に他の男と約束すんなよ」
「わ、わ、わ、わかってるわよ!」
ライルは微笑みを浮かべながらシェリーンの手を持ち上げ、指先にそっと口付けた。シェリーンはまたしても壊れかけの人形のように動きを止め、ライルの口元を見つめる。
「じゃ、また学校で」
シェリーンが我に返ってクッションを全て扉に投げつけたときには、ライルはもうアディーブ邸にはいなかった。
まだシェリーンの心臓は自己主張が強いままで、それを抑え込むように深呼吸を3度繰り返す。
「ターヒル! ターヒル!」
応接室を出て階段を駆け上がり、兄の部屋へと走る。侍従の多くは慣れた様子で隅へと避けた。
ターヒルの部屋の扉をノックし、返事を待ちきれないまま中へと飛び込む。
「シェリーン。いくら兄妹だとはいえ、褒められた行いでは……おや、何かあったのかい?」
鏡の前に立っていたターヒルは、ちょうど変装を解き終えたところだったらしい。タオルで顔をぬぐっているが、見慣れた兄の姿になっている。
「ダ……ダンスの練習がしたくて」
「あははは! そうか、なるほど。大人な異性と無事に約束が取り付けられたようだね」
「おっ大人じゃないわよ、あんなの! あんな、あんな……!」
一連の出来事を思い出して、また顔に血が集まる。
ターヒルはくすくすと笑いながらベルを鳴らして侍従を呼んだ。
「とにかく、今日はもうおやすみ」
「でも、何かしてないと落ち着かなくて」
「ダンスは昔から君の右に出る者はいないんだから、本番の前に少しおさらいをすれば問題ないさ」
「じゃあ、アクセサリーを一緒に選んでくれない?」
呼ばれてやって来た専属の侍従にターヒルが耳打ちをすると、彼はすぐにまた部屋を出て行った。
「大人なパートナーなら、それも気にする必要はないのじゃないかな」
「どういうこと?」
「数日もすればわかるよ。さあ、いま君がするべきは早く寝てその美肌を保つことだ」
新たに部屋にノックの音が響き、先ほど部屋を出て行ったヴァレットが戻って来た。彼の背後にはシェリーン付きの侍女がおり、彼女は反発を許さないような笑顔でシェリーンを部屋の外へと連れ出した。
「ターヒルの意地悪!」
シェリーンが叫ぶと、返事の代わりに扉の向こうからターヒルの笑い声が聞こえてきた。




