⑫アイツも必死なんだな
今日は夕方に⑪を投稿しています
飛ばしていないかご確認くださいませー
イヤーカフからターヒルとナヒッドの声が聞こえてくる。
ターヒルがターヒルであると声で気づかれないのは、魔法を使っているからだろう。シェリーンとターヒルは見た目がそっくりなせいで、子供の頃からお互いに相手に成り代わってイタズラをしていたものだ。そのため変声魔法は、ターヒルの声が変わったときに最初に覚えた。
ただ、魔導具を通すとその魔法の効果が打ち消されるらしい。シェリーンの耳には聞き慣れたターヒルの柔らかな声が聞こえる。
『お肉美味しいわ』
『よかった。これ、スノウドラゴンの肉なんだ。さっきの鴨とまた違うでしょう。冷めても味が全く損なわれないのがスノウドラゴンの特徴です。食後に用意したアイスワインもクライシュ領産なので、気に入ってもらえたら嬉しい』
『わぁ、楽しみ』
シェリーンの横でライルが小さく息をついた。その表情はまだ硬いものの、どこか安堵の色も混じって見える。
「私もスノウドラゴン食べたかったな……」
「お前な」
ライルがじろりとシェリーンを睨みつけたとき、ロイヤルボックス席の会話がまた聞こえて来た。
『まだ途中だけど、劇はいかがでしたか』
『素敵だったわ。運命的な出会い、それにパズルのピースが嵌まるがごとくに仲を深めていくふたり』
『この主人公のように、わたしも卒業後は武器を握ることとなります。領主として民のために戦うことは全く厭わない。だが、できることなら隣に立ち支え合ってくれる誰かのために戦いたい』
シェリーンの頬をライルがつねった。驚いて見上げると、もう一方の頬もつねられる。
「なにすんのよ」
「顔赤くしてんじゃねぇよ、お前のことだとは言ってねぇだろ」
「は? ライルって行間読めない人? あの状況で私のことじゃなかったらむしろ尊敬するけど」
「じゃ、お前のために戦うって言われて喜んだんだ?」
シェリーンとライルが睨み合う。ふたりの耳ではまだナヒッドとターヒルの会話が続いているが、もう聞こえていない。
先に視線を逸らしたのはライルだった。
「悪い。ちょっと……嫉妬した」
「は?」
囁くようなライルの言葉に、シェリーンは自分の耳を疑った。聞き間違いかと考えて、聞こえて来た言葉を何度も脳内で再生するが、やはり嫉妬と言ったらしいと結論付ける。
それならそれで、どんな顔をしていいのかわからない。シェリーンは火照る顔を俯けた。
「ナヒッドに結婚してほしいって言われたらどうする?」
「え、いやそれは」
「じゃ、ホワイトムーンのパートナーを依頼されたら?」
シェリーンの思考が止まる。ホワイトムーンパーティーには、ライルのパートナーとなってもいいと思っていたのだ。だが、彼はもしかしたらソハラと約束しているかもしれず、声が掛けられなかった。
なぜなら通信機を……と考えたところで、ライルとお揃いの通信機がいま、自分の耳にあることを思い出す。ターヒルも持っているのだから、最低でも3人が使う設定となっているのは確かだ。
「ねぇ、その件なんだけど――」
ブザーが鳴る。
第二幕の開演だ。照明が落とされ、ライルは個室のカーテンを開けた。ロイヤルボックス席のある側のカーテンは半開きにして、ふたりは席に座る。
こちらの席はスペースの問題か、二人掛けのソファーとテーブルが一つずつ置いてあるだけだ。シェリーンの横にライルが座って、シェリーンの体が少し左側に沈む。
ざわざわとした話し声が少しずつ小さくなっていく中で、ふたりの耳にナヒッドの微かな声が届いた。
『実は君が手紙を開封したという通知が来たとき、わたしは講義中だったのに声をあげて喜んでしまって』
『そんなに?』
『だって今までに3度も手紙をしたためたのに、魔導筆記のメッセージが届くだけでしたから。しつこいとは思いながらも諦めきれず、これが最後だと心に決めていて』
シェリーンはライルと目を合わせる。
確かに、シェリーンは未だかつて自分で返信をしたことはない。直接想いを伝えられればその場で断るし、ターヒルをシェリーンと間違えれば手紙を開封することもないからだ。
「アイツも必死なんだな」
場内のざわめきが消えてシンとした空間で、ライルが呟いた。シェリーンはそれに返事をせず、ゆっくりと上がっていく幕を見つめる。
それからの時間、ライルはステージを見つめていた。ロイヤルボックス席のふたりも劇に集中しているのか、イヤーカフはなんの音も拾わない。
しかし第一幕の内容をほとんどわかっていないシェリーンだけは、ステージに集中できなかった。
「ね、ねえ。なんで主人公たちは服脱いでるのよ?」
「は? 逃亡中に遭難して……いや、わかんねぇなら見なくていいから寝とけ」
シェリーンの肩にライルの腕が伸びて引き寄せられる。倒れたシェリーンの体はライルの胸が受け止めた。
「ライルっ――」
「お子ちゃまは観ない方がいい」
「は? 誰がお子ちゃまですって?」
ガバとライルから離れてシェリーンがステージを見やると、主人公とヒロインは薄着のまま密着し、唇を重ね合わせるところだった。
「なっ……なにを、もう!」
結局ライルの胸に顔をうずめてしまい、クスクスと笑い声が落ちてくる。
「だから言ったろ。もうずっとそうしてろ」
ライルの大きな手がシェリーンの頭を撫で、シェリーンはゆっくりと息を吐いた。




