⑪それでは行こうか。我らがお姫様を救出にね
ボックス席の視界を遮るツタ模様のカーテンの端を掴み、ライルはぐっと拳に力をいれた。
その刹那、ほんの数刻前の友人たちとのやり取りが思い出される。
ライルは、ナヒッドのエスコートを受けて屋敷を出て行くシェリーンを密かに見送っていた。
念のためにいくらか時間を潰してから、アディーブ伯爵邸へ顔を出したライルをターヒルとソハラが迎える。
「お、もう行けんのか」
「ああ、こちらの準備は万端だよ」
「てかライルってば顔色ひとつ変えないんだけど、コレだめ?」
ソハラがターヒルを指差して頬を膨らませる。ターヒルは先ほど劇場デートへと出かけて行ったシェリーンと、寸分違わぬ姿でそこに立っていた。同じドレス、同じヘアスタイル、そして同じメイクだ。
「いやそっくりだと思うぞ、うん」
「は? じゃあ二度見くらいはしてよ、すっごい頑張ったんだからさぁ」
「ほら、あまり他人を指差すものではないよ」
ターヒルがソハラの腕を優しく掴んで下ろすが、ソハラは構わずふくれっ面のままライルを睨みつけている。ライルは腕を組みながら短く唸った。
「見てくれが一緒でも、なんつーか、全然違うんだよな」
「はぁ?」
「ソハラ、それ以上は触れないでやってくれるかい?」
「あー、そういう……」
意味深な笑みを浮かべるターヒルに、ソハラも何かを察したようだった。ライルはふたつの生暖かい視線に狼狽えて後じさる。
ターヒルは女性用のグローブをはめながら「それはそうと」と呟いた。
「ソハラから話を聞く限り、ナヒッドは着実にシェリーンの警戒を解いているね」
「うん。毎日喋ってるし、少なくとも友達って認識にはなってるっぽい」
「あの人見知りがねぇ」
「侍従の証言だけど、短時間ではあるものの夜も通話をしているようだ。彼女はああ見えて貴族としての規則やしきたりは優先するからね。警戒心は強いけど友人程度の信頼度があるなら、婚約まで一気に進むかもしれない」
「はぁ? 婚約って」
ライルが素っ頓狂な声をあげる。
婚約とはまた気が早い話だと言いかけて、口ごもった。ライルたちは最終学年であり、卒業すればそれぞれの道へ進む。人となりを知る相手との結婚を考えられる時間は限られているのだ。
ターヒルもライルの顔色を見て頷いた。
「君は公爵家を継ぐ者として、今後も高い視座で相手を探すことができるね。だがナヒッドはすぐに領地へ戻るし、そうなれば社交の場に出てくることも滅多にない。条件だけで選びたくないのなら、卒業する前に婚約しなくてはいけないんだ」
「あー……。とりあえず、もう時間ねぇから行こうぜ」
精神操作系の魔法、地道に距離を詰めるふたり。現在シェリーンが置かれている状況を見つめ直したライルは、気ばかりが急く。
扉に手を伸ばしたライルに、不安げな表情を浮かべたソハラが声を掛けた。
「ライル」
「なんだよ、時間ねぇって言って――」
「シェリーンのこと絶対助けてよね。あの子を助けられるのライルだけなんだから」
「なっんで俺……、」
顔を真っ赤にさせたライルがソハラの言葉に被せる勢いで口を開いたが、すぐに深呼吸してそれを落ち着かせた。
「おう、任せろ」
「ふっ、それでは行こうか。我らがお姫様を救出にね」
追想の中のライルが扉を開けたとき、現実のライルもまたカーテンを持ち上げた。ここが正念場であると言い聞かせて。
しっかり開けてしまわないのは、対象がこちらを視認しないようにだ。半身だけ振り返って、シェリーンを近くへ呼びよせる。
「こっからロイヤル席見えんだろ」
「ん……は? あれなに? え、もしかしてターヒル?」
「声おさえろ、隣に聞こえるぞ」
ライルとシェリーンの視線の先、ロイヤルボックス席ではナヒッドと並んでシェリーンが座っていた。淑女らしい微笑みを浮かべ、ナヒッドと穏やかに会話しているように見える。
「ああ、だからドレス2着……。でもこうやって見ると私ってすごい可愛いね」
「お前の脳みそお気楽でいいな」
「は? ていうか結局これはなんなわけ?」
シェリーンがライルを仰ぎ見ると、整った横顔は鋭くナヒッドを睨みつけていた。
「説明してもお気楽な脳みそじゃわかんねぇだろうし、言ってもどうにもなんねぇから言わなかったけど……」
「いいから早く言いなさいよ」
「お前、ナヒッドに騙されてんだよ」
ライルの言葉にたっぷり2秒の間をとって、シェリーンが声を漏らす。
「はぁ?」
「だからうるせぇって。いいか、クライシュ領では、兵士に対して軽度の精神操作系魔法が使われる。これは当事者にしか解くことができない。お前は、それを使われてんだ」
「は? ナヒッドに? いや、え? そんなわけ」
「な、お前じゃわかんねぇっつったろ」
ロイヤルボックス席では、ナヒッドとターヒルが楽しそうに会話をしている。眉間に皺を寄せながらそれを見つめるシェリーンの姿は、ライルには納得がいっていないように見えた。
「どんな会話してるのかしら。ターヒル、変なこと言ってなきゃいいけど」
「は? この期に及んでどう思われるかの心配か?」
「違っ」
慌てて否定しようとしたシェリーンに、ライルが手を差し出した。その手に乗せたのは、ソハラから預かった通信用のイヤーカフだ。
「ターヒルが通信繋いだままにしてる。お前も聞いてみれば」
ライルの右耳にも同じイヤーカフが光っていた。シェリーンはそれを耳に着け、再びターヒルたちの方へ目を向ける。ライルの耳に、シェリーンが通話に参加したらしい雑音が入った。




