表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最高のエスコートしてくれる人がいいって話してたら幼馴染の公爵令息が豹変!そんなアプローチなんてアンタには求めてないんだからね!  作者: 伊賀海栗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/22

⑩これを観終わったとき、あなたとの関係が


 ロイヤルボックスというだけあって、ステージ正面の2階席は広く快適だった。開演までにまだ時間があるとのことで、シェリーンとナヒッドは食事をしながら歓談を楽しむことに。


「今日の戯曲がどんなストーリーかご存じだったかな」


「すごく情熱的な話だって聞いたけれど」


 給仕が二人の前で肉を切り分けようとするのを、ナヒッドが制止した。給仕は小さく礼をとって隅に控える。


「我が領地クライシュでは、ホストが肉を取り分けるんです」


 ナヒッドはそう語りながら、慣れた手つきで肉を切った。前菜となる鴨肉のローストを3切れずつふたりの皿に乗せ、ナイフを置く。


「ありがとう」


「で、なんだったかな。ああ、この戯曲についてでしたね。愛し合う二人で見ないといたたまれない気持ちになるが、恋人と供に見ればその愛は深くなるとか」


「一体どんなお話なのか、ちょっと怖くもあるわ」


 ナヒッドはグラスへワインを注ぎ足し、顎に手をやって眉根を寄せるシェリーンに勧めた。


「わたしはこれを観終わったとき、あなたとの関係が……そうだな、少なくとも『いたたまれない』と感じなければいいなと思ってる」


「それは――」


 どういう意味か問い返そうとシェリーンが口を開いたたとき、開演を知らせるブザーが鳴って一部の照明が落とされた。


 階下では慌てて席に着く者がバタバタとうるさくしていたが、そのうちに段々と静かになっていく。


 シェリーンはワインに伸ばした手をピタリと止めた。体に異変を感じたのだ。具体的には、尿意。


「どうかしましたか」


「あ……えっと、これって確か2幕構成、だよね」


 シェリーンの問いに、ナヒッドがパンフレットをめくった。足元の薄明かりをたよりにプログラムを確認して頷く。


「ああ、そうですね。全て終わるまでに2時間と40分で、幕間には20分程度の休憩を挟むとか」


「た、楽しみね」


 シェリーンは椅子に深く座り直して、膝の上で手を握った。横からナヒッドが覗き込む気配があったものの、ステージの幕が上がって正面を向く。


 舞台は主人公が国のために剣を振るう戦闘シーンから始まる。ヒロインは主人公が傭兵として加わった舞台の司令官の娘であり、これは身分違いの恋の物語だ。


 主人公とヒロインが出会い、少しずつ距離を縮めていく中で、シェリーンは自らの手を握る力が強くなっていく。


 座り直すたびに横目でナヒッドの様子を伺うが、その灰色の瞳はステージから離れない。シェリーンはストーリーの内容よりも、いつ幕が下りるかばかりに気がいって、あちこちに視線を泳がせてしまう。


「ん?」


 観客席をぐるりと見回したとき、シェリーンは右手側のどこかに見慣れた黒髪が見えた気がした。

 ギラス子爵の後援する劇場なのだから、ソハラなら席を用意することは難しくない。つまりソハラとライルが観劇デートしていてもおかしくないのだ。


 その考えはシェリーンに少しの間だけ尿意を忘れさせたが、そう長くは続かなかった。


 気を紛らわせる目的でもう一度、憎たらしい黒髪を見つけられないかと場内に視線を走らせるが、もはや集中することさえ難しい。気を紛らわせるどころか、その一点にのみ意識が集中してしまう。


「大丈夫ですか?」


「へぁっ!」


 握りしめているシェリーンの手へ、ナヒッドが自らの手を重ねた。

 シェリーンの全身の毛が逆立ち、反射的にその手を払ってしまう。彼女がハッとしたとき、ちょうどステージの幕が下りて場内の照明が点った。


「シェリーン、顔色が……」


「ごめんなさい! ちょ、ちょっとお花を摘みに」


 勢いよく立ち上がり、振り返ることも淑女らしい所作もマナーも全て忘れてロイヤルボックス席を出る。


 どうにか人間としての尊厳を失わずに済んだシェリーンは、鏡の前に立って身だしなみのチェックをする。

 ぎゅっと掴んだスカートに少し皺がよっていて、それを両手でぴちぴちと伸ばす。


「結局、ぜんぜんストーリーわかんなかったな……」


 深いため息をひとつ吐き出して、通路へと出る。微かにライルの声が聞こえたような気がして、足を止めて周囲を見回すが誰もいなかった。

 2階は全てボックス席となっているが、幕間に通路へ出てくる人物はいないらしい。


 もと来た道を戻って最初の角を曲がったとき、死角に立っていた人物と思い切り衝突してしまった。


「いった……」


 シェリーンはぶつかった弾みで後方へと体が傾いた。が、ぶつかった相手がシェリーンの腕をとって支え、転倒を免れる。


「ありが――」


 自身の右腕を掴む大きな手から順に、シェリーンの瞳が上を向く。シンプル故に素材の良さが際立つジャケットと広い肩幅。すっきりと長い首に黒くて少し癖のある毛先は、シェリーンにとってなじみ深いものだ。


 ライル・ド・ベーダス。その名を呼ぼうとしたシェリーンの口を、ライルの大きな手が覆う。腕を掴んでいた手がシェリーンの腰にまわり、密着した状態で彼が囁く。


「静かに。事情はあとで話すから、来てくれ」


「んー! あいいっへ」


「シッ」


 シェリーンは半ば担がれるようにして、その場を離れた。ロイヤルボックスから数えて4つ分の個室を過ぎた先の部屋へと入る。


「……どういうこと?」


 じろりと誘拐犯を睨みつけると、ライルはすっかり締めきっているカーテンの端を持ち上げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ライルいたのね! 一体なにのために!? [一言] 身分違いの恋って燃えますよね!
[良い点] おトイレを我慢するヒロイン……。 うちのソフィアが漏らさないことに業を煮やしたうにさんが、自己生産に走ったのかと思いました。
[一言] おしがまたすかる( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ