4話「ニクラス公爵家」
王宮を出た私は実家であるニクラス公爵家へ向かいました。
殿下に国外に出て行けと言われましたが、お金がなくてはどこにも行けません。
私がお城に上がってから十年、お父様もお義母様も一度も訪ねて来てくれませんでした。でも他に頼る相手がいないのです。
公爵家は高い塀に囲まれ、正面の門からしか入れません。たまたま門番をしていた使用人が私を覚えていたので敷地内に中に入ることができました。
十年ぶりの実家、しかし感傷に浸っている時間はありません。
呼び鈴を鳴らし出てきた執事に要件を伝えると、玄関先で待つように言われました。十年振りに帰ってきたのに屋敷にも入れないなんて悲しいです。
玄関先で待つこと数分。
「何しに帰ってきた! この役立たず!」
十年振りに会ったお父様は思い出の中より少しだけ老けて、ふくよかな体型になっていました。
「臭いわ、あなたリーゼロッテを屋敷の中に入れないでくださいな。屋敷中がごみ捨て場のような匂いになってしまいます」
お義母様が私の顔を見て顔をしかめます。
お義母様の容姿は……すみません、お義母様の昔の姿はあまり覚えておりません。お父様がお義母様と再婚してすぐにお城に上がったので。
「分かっている、心配するなリーゼロッテは屋敷には入れん」
お父様が王太子殿下と同じように鼻を摘み眉根を寄せます。
「お父様お願いがあります、少しでいいのでお金を貸して欲しいのです。王太子殿下に国外に行くように言われたのですが、お金がなくて……」
「王宮から知らせが来た、お前のことは聞いている! 最高聖女としての務めを果たさず気味の悪い絵ばかり描いて怠けていたそうだな!」
「ミラは聖女として病人や怪我をした人の治療や、貧しい人々の話を聞いたり、教会の炊き出しに参加したりしていたのに、なんて恥知らずな娘なんでしょう!」
どうやら私が歩いて公爵家に向かっている間に、公爵家に王宮からの使者が来たみたいですね。
こちらは徒歩、あちらは馬車。あっという間に追い越されてしまったようです。
最高聖女として水晶に魔力を込め、結界を張るお仕事はしていたのですが、そのことはお父様とお義母様に伝わっていないのかしら?
結界を張るのに全ての魔力を使ってしまうので、他の魔法は使えません。
なので病人や怪我人の治療は、他の聖女に任せていました。
聖女の職務に教会での炊き出しや、貧しい人の話を聞くなどの仕事があることは知りませんでした。知っていたとしても、王宮から出ることを禁止され、会える人間を制限されていたのできませんでしたが……。
「お父様、お義母様、それには理由が……」
「うるさい! お前が聖女の職を失い王太子との婚約を破棄された事実に変わりはない! 公爵家の顔に泥を塗りおって! リーゼロッテお前はわしの娘ではない! 本日ただ今を以てお前を勘当する!」
「ミラが王太子殿下のご機嫌をとってくれなかったら公爵家はどうなっていたことか、優しくて賢いミラに感謝しなさい」
お父様は額に怒りマークを浮かべ私を罵り、お義母様が眉を釣り上げ私を睨みます。
「出ていけ! 二度と公爵家の敷居を跨ぐな!」
お父様は苦虫を噛み潰した顔で踵を返し。
「お金は体でも売って稼ぐのね! もっともそんなに臭いんじゃ農夫でも寄り付かないでしょうけど! オホホホホ」
お義母様は笑いながら踵を返します。
屋敷の門が無表情の執事によって、バタンと閉められました。




