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第15話

 パン屋さんで酵母をわけてもらった後、ジーンさんのところで頼んでいた小太刀を買い、パン屋さんで買ったパンを食べながら、学園に向かった。今日は休園日だけど、学園長はいるだろう。


「今日は、何があったのじゃ?」


 いつもどおりの学園長だ。セシールさんには、すぐには行かないと言ったが、気になるので来てしまった。


「学園長は、キアラさんが“聖女の加護”を持っていることを知っていたのですか?」


「いや、知らなんだぞ。ケイが連れてきたとき、気付いたがのう。だから、寮に入れずに、お主に頼んだのじゃ」


 そうだったんだ、面白がっているだけだと思っていたのに。


「じゃあ、“聖女の加護”を持っていると狙われる可能性があるんですか?」


「なんじゃ、誰かに何か吹き込まれたのか?」


「そういう訳ではないのですが、今日、カステリーニ教国のセシール司教と話す機会がありまして────。」


 俺は、今日の出来事を説明した。



「うーん、あれじゃな。ケイは、優しすぎるのかも知れんのう。相手の意見を鵜呑みにし過ぎじゃ。だいたい、その司教はケイを利用するために近づいて来たのであって、話す機会があった訳じゃなかろう。どうせ、今までもおったじゃろうし、これからも増えるじゃろう」


「優しすぎるのですか? たしかにシュトロハイム王国の貴族には、この間、呼ばれましたが」


「優しすぎるというよりも、真に受け過ぎなのじゃ。例えばな、キアラが“聖女の加護”を持っているのは事実じゃ。でも、それが表沙汰になって教皇派が動くのは、司教の不安や気懸かりじゃ。そして、キアラがケイの傍に居れば安心というのは司教の願望じゃ。他にもあるぞ、エイゼンシュテイン王国に対して、食糧の輸出が止まっているのは事実じゃ、でもそれによって政情不安が起こるのは、司教の不安や気懸かりじゃ。そして、ケイに知ってもらいたいのは、司教の願望じゃ。わかるか、人は対話するとき、事実の中に不安や気懸かり、そして、願望を混ぜて話してくるのじゃ。それをすべて鵜呑みするから悩むのじゃ。そして、本質を見誤ることになる。ケイはどうしたいのじゃ?」


「……特には、ないです。ただ、自分と自分の身近にいる人ぐらいは、自分のできる範囲で護りたいです」


「皆、そうじゃ。戦争なんてもんはな、1人の力で止められるものではないのじゃ。たしかに、お主は特殊な立場にあるかもしれん。しかし、お主には時代を変える程の力はないのじゃ。まずは、きっちりと事実を見極め、そこから起こりうる可能性を考え、自分がやりたいことのために、何ができるのかを考えることが大事なのじゃ」


 たしかに、そうかも……この都市に来てから、何もかも上手くいき過ぎて、何でもできると調子に乗っていたような気がする。この機会に気持ちを引き締めて、自分を見直すべきだろう。でも、


「やっぱり、戦争は起こるのですか?」


「人同士の殺し合いだけが戦争じゃないがのう。今、ケイも言っておったが、皆、自分と自分の身近にいる人ぐらいは、自分のできる範囲で護りたいと思うておる。ぶつかり合うのは仕方なかろう。

 しかし、心配するでない。もうすぐ、エイゼンシュテイン王国に対する制裁も終らせることができるであろう。カステリーニ教国が表向きは人道支援として、食糧を王国に対して高く売りつけておるのじゃろう。教国側から食糧の追加注文が来ておる。今回、ワシの領地が受けた被害額を上乗せして売ってしまえば、制裁も終わりじゃ」


 なるほど、これならエイゼンシュテイン王国がこの領地にもたらした被害を間接的ではあるけど、王国自身が支払うことになるのか……


「でも、今回のゴブリン王の襲来がエイゼンシュテイン王国の画策では、なかった場合はどうなるのですか?」


「それは、お互い様じゃ。こちらも意図してやっているとは、言えんからのう」



 そんな会話を、学園長室でしていると、急に扉が開いた。


「ラルス君! 誰と楽しそうに話しているのっ! ……キミ、ケイ君? ケイ君よね。ベルちゃんはこんな可愛い子を独り占めにしていたんだ。……私も欲しいぃ。ねぇラルス君、今夜どう?」


 白のローブを羽織った、銀髪碧眼に尖ったエルフ耳、ベルさんを10歳ほど老けさせた感じの美熟女が、怒って入ってきたかと思うと、急に睦言を語り始めた。


「ねぇ、ケイ君。今、失礼なこと考えなかった?」


「おい、ミシェル。急になんじゃ、ケイが驚いておるではないか」


「ごめんね、ケイ君。挨拶がまだだったわね。私は、ミシェル。ベルのお母さんよ。そして、ラルス君は、私のだから、獲らないでね」


 こんなじじい、獲らねぇよ。って、ニュアンスもおかしいだろ。……それに鋭いね。この人がミシェルさんか。……でも、まぁあ。美熟女エルフとじじい、美熟女エルフと少年、どっちもいいかもしれないね。


「ケイです。その節は、俺のために料理を作って頂き有難う御座いました」


 まだ俺が、離乳食のころ、あの具材をぶつ切りにした味噌風味のスープを作ってくれた人だよ。


「そういえば、そんなこともあったわね。どうだった? もう大分前のことだし、覚えてないかな」


「すみません。嬉しかったことは覚えているんですが……」


 ホントだよ。……嬉しかったのはね。


「でも、アレでしょ。ケイ君、私の作ったキッチンの魔道具、使ってくれてたんでしょ。今のケイ君の家のもそうだけど、ありがとうね。あれ、せっかく作ったのに、誰も使ってくれなくてね」


「もしかして、黒龍の森の冒険者ギルドの前ギルドマスターって、ミシェルさんですか?」


「ええ、そうよ。聞いてなかった? そして、今はご近所さんよ。なのに、ケイ君、ぜんぜん来てくれないんだもん」


 “もん”ってなんだよ、“もん”って。あとに“ぷんぷん”って付きそうな雰囲気じゃねぇか……いや、それよりも、


「ご近所さん?」


「そうじゃ、ミシェルは、噴水の広場にある図書館の館長じゃ。恋愛小説が好き過ぎてのう。図書館まで、作りおったんじゃ。まぁ、研究もしておるから、仕方ないんじゃがな」


「研究って、生活に役立つ魔道具ですか?」


「それもあるけど、古代遺跡についてよ。でも、この話は長くなるから、今度、私んちに来たときにね」


「そ、そうですね。俺、お邪魔なようなので、帰ります。学園長も、今日はありがとうございました」


「ケイ君、ごめんね。気つかわせちゃって。今度は、うちにも遊びに来てね」


「おっおう、すまんな、ケイ。いつでも来るといい」


 俺は、学園長室を後にした。このあと、致すのだろうか? どっちの学園長とだろう……



 翌日、学園に行くと、クラスの女の子が、


「あのう、ケイ君。コレ、読んでね」


 俺に手紙を渡して走り去っていった。教室は走るほど広くないのに、そんなに俺と話すのが嫌なんだろうか……


 “今日の放課後、学生食堂で待つ。  文官コース3-1 マウイ・バウティスタ”


 ラブレター? じゃないよね。マウイって、男?



 午後の授業が終了後、、ダッシュで学食に行くと誰もいなかった。仕方ないので、窓際の席に座って妄想していると、二人の女性が近づいてきた。


「失礼。君が、ケイか?」


「はい、冒険者コース1-8のケイです」


 一応、立ち上がって、頭を下げた。こうしとけば、無難だろう。


「急に、呼び立ててすまない。私が、マウイ・バウティスタだ。立ち話もなんだ、席に掛けたまえ。マリア、お茶を頼む」


 マリアと呼ばれた女性は、頷くと奥の配膳口に向かって歩き出した。蒼髪蒼眼で白い制服の女性だ。あと、首輪をしていたから奴隷なのだろう。


「失礼します」


 座りながら、周りを見渡すと学食の中には人が増え始めているが、ここの席に近づく人はいない。たぶん、告白ではないだろうけど、空気が重い。


 マウイ・バウティスタさんは、金髪蒼眼で白の制服に赤いマントを着けている。きっと貴族か王族なんだろう。マリアさんもだけど、二人とも大人っぽいね。3年生だから14才か15才だと思うんだけど。


「まず、少し確認したい事があるのだが、本当に君がゴブリンキングを討伐したのかい?」


 俺が観察していると、マウイ様が話しかけてきた。


「ええっと、流れで仕方なく、そういうことになったと言うか……」


「疑ってすまない。君の見た目では信じられなくてね。魔力もそれほど多くないようだし。あと、この事を君はあまり言いたくなそうだが、私も言いふらすつもりはない。……あぁ、来たみたいだね。遠慮せずに、飲むといい。そして、彼女はマリア。私の契約奴隷だ。ここでの話は、彼女も他言の心配はない。安心してくれたまえ」


 マリアさんは、お茶をテーブルに並べ、マウイさんの後ろに立って、頭を下げてきた。俺も頭を下げておいた。


「ありがとうございます」


 一応カップに口を付けたが、ハーブティーのようだ。でも、香りも味もキツイ。学食ではこんなお茶を出しているのだろうか?


「どうかね、これは、我がエイゼンシュテイン王国のお茶でね。私は気に入っているのだ」


「初めて飲みましたが、いいお茶ですね」


 何にいいお茶だよ、俺。……顔に出てなかったよね?


「気に入ってもらえて、私も嬉しいよ。……では、本題に入ろうか。私の生家はエイゼンシュテイン王国の上級貴族なのだが、3日ほど前、その生家から早馬で手紙が届いてね。困っているらしいのだ。なぜだか、わかるかね?」


「いえ、わかりません」


 知らんがな。どうせ食糧が、とか言うんだろうけど……


「なら、率直に言おう。現在、このラルス領からエイゼンシュテイン王国に輸出されるはずだった食糧が送られていないのだ。これがどういう事だか、わかるか。食糧危機だ。多くの民が飢えているのだ。この事について、君はどう思う?」


「大変そうだなと思います」


 これが学園長の言ってたことか。今までなら、こんな話を聞かされたら俺が何とかせねば、とか思っていたよね。


「そうなのだ、大変なのだ。たしかに、私もエイゼンシュテイン王国がこの事ですぐにどうにかなるとは思っていない。しかし、政情不安が生まれるのも事実だ。政情不安は他国に付け入る隙を与えることになる。また、いつ戦争が起こるやもしれぬ。避けねばならぬのだ。そのためにも、ケイ、其方の力を借りたい。本来、この様な事は政府高官が行うべきなのだが、現在、この都市には我が国の高官が居らぬのだ。すまぬが、頼まれてくれぬか」


 さすがは文官コースだけあって、現状を理解はしているんだね。でも、自国の汚点までぺらぺら喋っちゃダメだろう。大人っぽくても、学生だね。交渉事にはまだ早いか。


「現状はわかりました。しかし、私に何ができるのでしょう?」


「聞いた話によると、君は、領主でもあるラルス学園長と面識があるのだろう。口添えしてもらう訳にはいかないだろうか?」


「食糧の輸出が止まっている件でしょうか。それでしたら、昨日、学園長が近いうちに再開すると仰ってましたが」


「ほ、本当かね!……いや、しかし、これでは、私は何もしてないのと同じではないのか……」


「学園長がそう仰ってただけで、再開されてはいないのですから、マウイ様が動いたことにしておけば、問題ないと思うのですが」


「そ、そうだな。……ケイの言うとおりだ。ありがとう、恩に着るよ。何かあれば、私を頼って来るといい、できる限り力になろう。マリア、帰るぞ!」


 マウイさんが、ご機嫌で帰っていった、ちょろりんこ。……あれっ、マリアさんは帰らないの?


「ケイさん、マウイ様も私も、今日のことは他言致しません。ケイさんも他言無用でお願い致します」


 マリアさんはそういい残し、頭を下げてマウイ様の後を追った。……マリアさんは、ちょろくなかったんだね。いい契約奴隷になれるよ、俺も見習おう。

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