第3話
カミラさんとキャシーさんが家に来た翌日から入学式の前日まで、朝は洗濯、朝食、鍛錬、日中は配達の依頼、夜は料理のストック作りの繰り返しだった。そのおかげでアーク学園都市の簡単な位置関係や都市内の土地勘を身に付けることができた。
まず、この学園都市を首都とするラルス領は、学園長が領主を兼任している。この領地は、どの国にも属さず、完全な中立な上、勇者のシュトロハイム王国、聖女のカステリーニ教国、エイゼンシュテイン王国、アルガス帝国など主要国に囲まれるような位置にあるため、都市には学園のほかに、代表会議議事堂、各国の大使館や領事館、迎賓館などがあり、政治的意味合いも強い。そして、領地は肥沃な大地に豊富な地下水のおかげで農業が盛んで、収穫物は他国にも輸出している。豊かな森もあるが、山地はなく、主要国に囲まれているためか、危険な魔物が少ない。あと、大きな川もないので氾濫の恐れもない。立地条件はいいみたいだ。
その領地のほぼ中央に、学園都市はある。
都市は、ほぼ円形で周囲約30km高さ約10mの外壁に囲まれ、東西に2ヶ所しか門がない。
まず、中央に噴水広場があり、広場のまわりに各種ギルド、教会、図書館、病院など公的機関が並んでいる。ちなみに元商業ギルドが俺の家になった。
つぎに、広場から大通りを北に進むと代表会議議事堂があり、大通りを南に進むとアーク学園がある。
つぎに、広場をはさんで、東門と西門をつなぐ大通りの両脇には、各種販売店や宿屋が並ぶ。製造関係の工房や研究施設などは東西をつなぐ大通りの南側にあり、その外側には平民などの下流階層の居住区となっている。
つぎに、東西をつなぐ大通りの北側には、各国の大使館、領事館、迎賓館、あと移転された商業ギルドなどがあり、その外側に王族や貴族などの上流階層の居住区となっている。
きっちりと住みわけされているので、問題も起こりにくいのだろう。治安も良く、貧民街も見当たらなかった。
あと、騎士などの軍隊を保持していないにも係わらず、平和が維持されているのも不思議だ。
以上が今、俺がわかっていることなのだが……
1月5日、もう寝ようかと思い始めた頃、明日の入学式のために持ち物の確認をしだした。
ブレザータイプの制服、つけペン、インク、メモ用紙、以上かな? 念のため、運動用の服と財布も持っていけば何とかなるだろう。お金もこの2週間で、9万Rほど稼いだ。買い物をしたときや配達中にいろいろ値段を確認したけど、、前世の日本と比べると、1R=1円くらいだと思う。やっぱり、そんなに稼げそうにないね。
なぜだろうか、不安しかない。こう新しい生活が始まるのだから、もう少し希望とかも湧いてきそうなのに……考えないようにしていたが、勇者の息子や他の前世の記憶持ちも、同期で入学するからなのだろうか。
1月6日朝8時、学園の屋外闘技場に来ていた。冒険者ギルドのキャシーさんが教えてくれたのだが、闘技場に張り出されている掲示板で、自分のクラスを確認して9時までに教室に行けばいいらしい。俺が知らないのに、キャシーさんはなんで知っているのだろうか。
冒険者コースは、8クラスある。端から名前を探すとすぐに見つかった。冒険者コース1-8だ。逆の端を見ると金持ちそうな人が集まっているので、この8組はきっと貧乏人で落ちこぼれの集まりなのだろう。……居心地が良さそうだ。
指定された教室に入ると、いくつかのグループが端に集まっていたので、一番前の真ん中に座ることにした。まだあまりこの世界のことを知らないのでまじめに勉強しようと思う。
「はーい、皆さん、静かにしてくださーい。私が、一年間、このクラスを担当する、リーナです。みんなよろしくね」
黒髪黒目の女性が明るい声で挨拶しているが、まわりがザワついている。
“おい、リーナって、あの” “そう、あのリーナだろ” “私、一度会いたかったんだぁ”…………“栄光の翼だよね”
「……」
リーナ先生がしばらく黙っていると教室も静まり返った。知名度のある人が教師やると楽そうだね。みんな言うこと聞いてくれそうだし。……でもリーナって、こんなキャラだったっけ?
「いいですか、皆さん。まず一人ずつ自己紹介をしてもらいます。名前、種族、階級、住所は言ってください。スキルはどちらでも構いません。それでは、窓際一番前のあなたからお願いします」
左の列から順番に自己紹介が進んでいる。この席に座ってから初めて振り返ったが40人くらいは居そうだ。
人間族、獣人系種族が半々ってとこか。平民や農民が多いね。あと、みんなスキルを持っているんだね。それも、剣術、斧術、槍術などの武術系と、視力強化、危険察知、筋力上昇、脚力上昇などの身体強化系ばかりだ。冒険者コースだし当たり前だけど……
あと、入学式はどうなったんだろうか……
あっ!……跳ばされそうになったので、慌てて立ち上がった。
「ケイです。人間族で、契約奴隷で、黒龍の森から来ました。よろしくお願いします」
契約奴隷のところで少しザワついた。そういえば今のところ、奴隷は誰もいないね。……最後までいなかったけど。
自己紹介が終わり、リーナ先生が、
「それでは、これから1年間の予定を説明します」
と言った。以下まとめると……
・午前は、歴史、社会情勢、冒険者ギルド、パーティについてなど、冒険者にとって必要なことの座学。
・午後は、基礎体力作りを中心に、野営の仕方など、基礎訓練。
・休日は週1回
・学年末に試験があって、クラスが再編される。
こんなところだろう。意外と説明に時間がかかっていたようで昼休みになったが……ここで驚愕すべき事実を知った。
この世界には、昼食の慣習があるようだ。
気にはなっていたがベルさんが食べないし、俺もお腹が空かないので聞かなかったのだ。……まぁあ、食べるものはたくさん持っているので困らないんだけどね。おにぎりを食べた。
午後の授業が始まった。授業をするためのグランドまでかなり距離があったが、落ちこぼれクラスだからだろう。教室から移動し始めてから“探知魔法”に俺達を監視しているような反応があるが、俺だけではなさそうなのでいいだろう。
授業が始まり、1周200mぐらいの外周を走っている。もちろん四つん這いではない。みんな戦闘用の服装みたいだ。服を用意しておいて良かった。ローブを着ている人がいないので俺も着ていない。魔法使いのコースは別にあるみたいだ。
3時間ほど走っているだけでこの日は終わった。みんな体力があるんだね。……ここで解散になったが
「ケイ君、少しいいかな?」
リーナ先生に呼び止められ、面談室のようなところに連れていかれた。
「君は、ベル・ラインハルト様の契約奴隷だよね?」
「そうです。ベルさんの契約奴隷です」
「じゃあ、あの時の子なんだね。って言っても覚えてないか。まだベル様に抱かれていたもんね。……ベル様は元気になされていますか?」
「……あっ、ベルさんは元気だと思いますよ。最後に会ったのは半月ほど前ですが」
「覚えてるの? もしかして、ケイ君も前世の記憶持ちなの?」
「はい、すみません」
今までも隠してないし、言っても大丈夫だよね。
「それは構わないんだけど……ケイ君も気を付けてね。勇者様のお世継ぎが前世の記憶持ちを集めるために入学しているの。何を企んでいるのかわからないけど、今日も午後の授業、誰かに監視されていたでしょ、ケイ君も気付いていたと思うけど。今までこんな事なかったからね」
気付いていた事もバレているんだね。さすがは“栄光の翼”のシーフ担当だね。
「そうなんですね。関わりたくないんですけど」
「それがいいよ。……ベル様の契約奴隷だから心配ないと思うけど、これは他所では言わないでね。……あの子の存在が怪しいから、私たちもパーティを解散してマルク様が勇者様の近衛隊の隊長になったんだから」
「そこまでなんですか!?」
「まぁ、あからさま過ぎて、本気なのか、ふざけているのか、わからないけどね」
「そうですね、前世にもいろんな人がいましたからね」
「ごめんね、こんな話になって。もとは、ベル様の安否が気になっただけだから。ついでだから、何か質問があれば答えるけど」
「じゃあ1つだけ。契約奴隷って珍しいのですか? 自己紹介のとき、少しザワついたんですが」
「それはね、契約奴隷はこの学園にも多く在学しているんだけど、冒険者コースなのに契約主と一緒でないからだよ。契約主が冒険者なら、契約奴隷も冒険者になれるから学園に来る意味ないし。契約主が冒険者でない場合は、あまり契約奴隷を冒険者にしようとは思わないよね。あと、2年目からの都市の外での実習に参加できないからね」
「たしかにそうですね。でも、どうするんだろう?」
「ケイ君、学園長推薦だし。学園長が考えているでしょう」
「そうですね、ありがとうございました」
家に帰って汗を流してから、冒険者ギルドに向かった。今回は配達ではなく、宴会の後片付けが狙いだ。夜に配達できるものは少ないし、これなら俺のスキルや魔法を生かせるからね。
「キャシーさん、今日はコレでお願いします」
なぜかキャシーさんの前だけ、いつも空いているんだよね。地味だからなのか、カウンター業務の責任者だから実は怖いのか、わからないけどね。
「ケイ様、お疲れ様です。今日は配達ではないのですね。この依頼は、必ず裏門から入ってください。表から入ると拘束されますよ」
「わかりました、ありがとうございます」
依頼の時間は20時からなので、19時半ごろに行けばいいだろう。今日は、とある迎賓館で行われるパーティの後片付けだ。家から近いので急がなくてもいいはずだ。
というわけで、時間が来るまでに鍛錬と夕食を済ませておいた。年明けにシャルさんが依頼でいなくなったので、最近はフレディさんが相手してくれている。
時間になり、依頼元の迎賓館の裏門の前まで来た。
「あのう、冒険者ギルドの依頼で来たのですが、担当者の方に取り次いで頂けけませんか?」
「おおっ!」
守衛の人が驚いて、槍を向けてきた。守衛の意味があるんだろうか?
「すまん、すまん。あそこに扉が見えるだろ、そこにロベルトさんがいると思うんだ。彼に聞いてくれ」
簡単に通してくれた。……いいんだろうか? 庭を抜け、建物の扉をノックすると入るように言われた。
「ロベルトさんでしょうか? 私は冒険者ギルドで依頼を受けた、ケイと申します。ここで宜しいのでしょうか?」
「ありがとう来てくれたんだね。私がロベルトだ。ここの管理責任者をしている。いやあ、初めてだよ、依頼を出して来てくれたのは。よろしく頼むよ」
執事服をきた黒髪の若い男性が嬉しそうに挨拶してくれた。
「やっぱり人気がないのですか、この依頼?」
「そうだね、まず安い。そして、片付け終わるまで帰れない。誰もやりたくないよね」
「そうですね。……すみません、長々と話してしまって。とりあえず、何からやりましょうか」
「そんなに急がなくても、まだパーティが終わってないからね。……う~ん、洗い物から始めてもらおうか。ついて来てくれるかい」
管理人室を出て、しばらく薄暗い廊下を抜けると洗い場に出た。結構な量の洗い物が積みあがっている。
「ケイ君だったかな。君、奴隷だよね? 洗い物はやったことある?」
首輪が付いているので、誰が見ても奴隷なんだけどね。
「はい、大丈夫です。魔法を使ってもいいですか?」
「魔法? 何それ……そんな魔法あるの? やってみて!」
俺は、流しの上にお湯の塊を作り出し、中に空気でラックを作ってから、食べ残しをこさげた食器をラックに並べていった。結構な大きさになったけど、まだいけそうだ。そして、洗浄し乾燥し終わった皿をテーブルに積み上げていると、今まで堅まっていたロベルトさんが、
「ちょ、ちょ、ちょっと、ケイ君、今の何!?」
「魔法です」
「いやあ、すごいね。これなら、早く帰れそうだよ。他にも何かできないの?」
「あとは……」
「ロベルトさん!、お、お、お皿、どうしたんですかっ!」
ワゴンで下げた食器を持ってきたメイドさんが、引き攣っている。
「いや、このケイ君がね、魔法で洗ってくれたんだよ。すごかったよ。あとで見せてもらうといいよ」
「そ、そうなんですか? あっ私、戻りますっ!」
メイドさんは疑っていたようだが、忙しいのだろう。すぐに戻っていった。ワゴンはいいのだろうか?
「そういえば、この洗い終わった食器はどうしたらいいですか?」
「ああ、それね。キッチンに持っていくんだけど、まだお客様がいるからね、後でいいよ。それで、他には何ができるの?」
「洗濯と掃き掃除とモップがけです」
「ちょっとやって見せてくれる」
ダスターを“洗濯魔法”で、床を“掃除機魔法”と“ポリッシャー魔法”できれいにすると、
「すごいよ、ケイくん。そのモップのやつで絨毯は無理かな?」
「石と木はやったことあるんですが、絨毯はないんですよ」
「今日、やってみようよ! 上手くできれば、すぐ帰れるよ!」
「そうですか、じゃあ、モップの先の予備はありますか?」
「そんなのいくらでもあるよ。用意しておこうか」
「お願いします。今はそのワゴンの食器を洗っておけばいいですか?」
「そうだね、私もさっきの管理人室からあまり離れるとマズいからね、ここは任せてもいいかい?」
「はい、わかりました」
「じゃあ、頼むよ。また、あとで呼びにくるからね」
……そして、時刻は23時前。
「いやあ、ケイ君、今日は助かったよ。コレが証明書ね。本当は上乗せしてあげたいんだけど、私も雇われだからね。追加予算の申請はなかなか通らないんだよ。減額申請はすぐ通るのにね。ごめんね、また頼むよ」
今日も依頼は、無事達成できた。
そういえば、絨毯の“ポリッシャー魔法”だけど上手くいった。掃除スキルのせいなのか、古いシミのシミ抜きまでできた。スキルはすごいね。でも、“掃除機魔法”は一つしか使えないから考えないとね。“ポリッシャー魔法”は、20個ぐらい同時に使えたし、モップがあればまだまだいけそうだった。
ギルドに報告して、今日は寝ることにした。……冒険者ギルドは24時間、開いているんだって、キャシーさんはいなかったけどね。




