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第8話

 カステリーニ教国の教皇様との初日の夕食会では、キアラさんがみた“予知”についてお互いの意見を述べるだけに留まった。教皇様が俺達に気を使って下さったのだろう。それぞれに話せないことも多くあるだろうし、立場的には俺達のほうが弱いからね。その分、こちらも聞きたいことを聞けなかったんだけど……


 夕食会の後、屋敷の人の案内で、先に通された部屋に戻ってきた俺達は、詳細についてキアラさんに尋ねてみたが、教皇様から出てきた情報以上の事は知ることができなかった。というよりも、キアラさんに基礎的な知識が足りないせいか、キアラさんから出てくる言葉が抽象的過ぎてわかり難い。教皇様の話を聞いていなければ、俺では、“ブラナス”が独立する結論を導き出せなかったかもしれない。この辺りはキアラさんや俺の課題でもあるのだろう……



 翌朝、朝食も教皇様とご一緒することになった。


 挨拶を済ませ、席に着いたところで


「おや、キアラ、辛そうだね。今日は休みだし、ゆっくりしていても良かったのだよ」


 教皇様がキアラさんに愉しそうにお声をかけておられるが、わかって仰せられているのだろう。……でも、キアラさんは頑張ったよね。俺の“魔力マッサージ”を初めて堪能して、翌朝に起き上がることができたのは今のところキアラさんだけだからね。


「す、すみません」


 キアラさんも頬を赤く染め恐縮している。……教皇様と仲良くやっているようで良かったね。


「すまないね、朝食の席にまでお邪魔して。でも、どうしても君たちに伝えておかないといけないことがあるのだ。……アンジェリーナが捕らえられた。……おや、その様子だと知っていたのかい。さすがだね」


 食事が始まったところで、教皇様が話し始められたが……そう、それを聞きたかったんだよね。


「いえ、詳細は知りません。シュトロハイム王国で幽閉されているとお聞きしたのですが、間違いはありませんか?」


「うん、そうだよ。今も幽閉されているはずだよ。私が話せるのは、アンジェリーナは狐人族のリーブス親子が中心となったグループに捕らえられ、今はシュトロハイム王国で幽閉されているということぐらいだけど……何か聞きたそうだね。答えられる範囲で良ければ、聞いてくれても構わないよ」


 狐人族のリーブス親子って、グレンさんとカイさんのことだろう。それに2人が中心となってということは、他にも多くの協力者がいたのだろう。


「はい。では、アンジェリーナさんにとって、シュトロハイム王国で幽閉されることが、死よりも辛いとお聞きしたのですが、どういうことかわかりますか?」


「ああ、そんなことかい。私の責任問題について問われたらどうしようかと思ったのだけど……少し長くなるけど、いいかい?」


「はい、お願いします」


「そうだね。まずはアンジェリーナの生い立ちを聞いて欲しい。あの子に姉がいるのは知っているよね。シュトロハイム王国の“勇者”の正妻で“聖女”の姉がね。あの子にとって、その姉は絶対に越えられない壁だったのだよ。あの子がどれだけ努力しても、どれだけ実績を残しても、周りは“聖女”の妹としてしか見てくれなかったのだ。もっと言えば、“聖女”の妹なのだから、そのくらいできて当然としてしか見てもらえなかったのだ。そのくらいこの国では“聖女の加護”を持つ“聖女”という存在は絶対なのだよ。ここまではいいかい?」


 最初に“黒龍の森”で見た感じではわからなかったけど、その後の行動や聞いた話からすると、アンジュは野心を持っている上に、自己顕示欲が強そうだからね。辛かっただろうね。


「はい、アンジェリーナさんについてはわかりました。でも、そのお姉さんはどういう人なのですか?」


「ああ、君はジュリアーナを知らないのだね。……姉のジュリアーナは謙虚で誰に対しても親切な……そうだね、一言でいえば、まさに“聖女”だね。……まるで絵に描いたようなね。……だから、国民受けは良かったよ。しかし正直なところ、ジュリアーナがシュトロハイム家の“勇者”に嫁いでくれて安堵したのは、私だけではなかったはずだよ」


 なるほど、姉のジュリアーナさんはかなりの曲者みたいだね。妹のアンジュが、先の戦争の混乱を利用し、“勇者”と“聖女”である自分を失脚させて、王妃の座に着くことを目論んでいたことぐらいお見通しだったのだろう。それに罪を犯し身近で幽閉されている妹にどう接すれば、自分にとってプラスに働くのかもわかっているのだろう。だからこそ、姉の“聖女”としての行動のすべてが、妹のアンジュにとっては死よりも辛い仕打ちになるのだろう……


「そうだったのですね。でもこれって、どうなのでしょうか?」


「そうだね。君がアンジェリーナに対して同情的感情を抱くのもわからなくもないのだけど、今回は、完全にあの子の自滅だね。あの子も優秀な子だったんだけど、あの姉がいたからね……いや、あの姉がいたからこそあそこまで頑張れたのかもしれないね」


 まぁそういう結論になるか……神界でエリスさんも言ってたけど、この世界でも持って生まれた運命に逆らうことはなかなか難しいのだろう……



 朝食の後、与えられた部屋でゆっくりと過ごすことになった。……キアラさんはソファーに腰掛けた俺に寄りかかり小さな寝息を立てている。ミレーゼさんはまだ魔法を上手く使いこなせていないのだろう、ベッドで寝ている。そして、俺から見てテーブルの左側の席にアゼルさんが右側の席にマリアさんが静かに座っているが……


「ねぇ、どうするの?」


 そんな中、向かい側のソファーに腰掛けたシフォンさんが俺に尋ねてきた。昨日から元気のないマリアさんのことだろう。キアラさんの“予知”どおり、“ブラナス”がエイゼンシュテイン王国の保守派勢力によって独立すると、鞍替えして改革派になったマウイ様のバウティスタ家の立場はかなり悪くなりそうだからね。


「まずは情報を集めることが大事だと思います。キアラさんの“予知”では、“保守派勢力によって独立する”という結果しかわかっていません。その結果を得るための過程は幾通りも存在するような気がするんです。俺達が動くことによって、マウイ様に余計な迷惑をかける可能性もあります。このことに関してはかなり慎重に取り扱うべきだと思うのですが……」


「たしかにそうね。“予知能力”って、凄く便利な能力だと思ったけど、なかなか難儀な能力みたいね。……マリアはそれでいいの?」


「はい、私も今は動くべきではないと思います。アーク学園都市に行けば、バウティスタ家の者もおりますので、そこで情報を集めてからでも遅くはないでしょう。それに、私自身が強くならなければ、マウイ様の元へ駆けつけてもお役に立てないと思うのです」


「それならいいんだけどね。……前からキツいこと言ってるけど、アナタ達、もっとケイ君に甘えてもいいんじゃない。ケイ君なら何とかしてくれるかもしれないわよ」


「いやいや、何を言うんですか、シフォンさん。何とかできるなら何とかしたいけど、現状では無理ですよ」


「ほらね。今は無理だけど、何とかしてくれるって。良かったわね、マリア」


「はい、ありがとうございます、ケイさん!」


「あっはい。善処します……」


 マリアさんが少し元気になったのは良かったけど、シフォンさん、ムチャ振りすぎるよっ!



 昼食も屋敷の人が用意してくれたが、教皇様は居られなかった。休暇を取ったとはいえ、俺達にずっと付き合っているわけにもいかないのだろう。


「ケイさん。すみません」


 食事の席でキアラさんが俺に謝ってきた。


「いえ、もう体は大丈夫なのですか?」


「違うんです。いえ、体は問題ないのですが……あのう、私、何も用意できてなくて……リムルはこのお揃いのペンダント。アリサもきっと何か用意しますよね……」


 キアラさんが首に提げたリムルさんのペンダントを握り締めてそう呟いた。……そんなことを気にしていたんだね。


「あの2人は、生産職ですからね。でも、キアラさんから頂いたものもありますよ」


「えっ! 本当ですか?」


「はい。キアラさんから頂いたのは情報です。情報が溢れていた前世と違いこの世界では情報が貴重です。それも、キアラさんの情報は、確定した未来の情報です。こんな情報はいくら労力を使っても手に入らないものなんです。これで危険をかなり減らすことができるはずです」


「そ、そうなんですか! じゃ私、もっとわかりやすい説明ができるようになるために頑張ります!……でも、ケイさんは、“ブラナス”へ行くんですよね?」


 キアラさんが1度は元気になったものの、また沈んでしまった。


「すぐに行くつもりはありませんが、キアラさんの“予知”では、俺は“ブラナス”に行くことになっているんですよね?」


「はい、そうなんです。だから、“ブラナス”のこともわかったんです」


「じゃ、俺が“ブラナス”で何をするかわかりますか?」


「いえ、わかりません。上手く言えないのですが、ケイさんに関わることが“予知”でみえるのに、ケイさんだけ見えないんです。教皇様は、ケイさんの未来が確定していないからだろうと仰っていたのですが、どう思いますか?」


 どういうことなんだろう……俺だけがみない……俺の未来が確定していない……あっ!


「キアラさん。アリサさんやリムルさんについての“予知”をみたことはありますか?」


「いえ、ありません。ケイさんに関わる“予知”をみることが多いので、一緒に行動していない2人はみえていないだけだと思うのですが……」


 キアラさんが不安そうな表情を浮かべながらそう答えてくれた。


「でも、マリアさんはみえるのに、アゼルさんはみえないんですね」


「えっ! どうしてわかったんですか!?」


 アゼルさん以外みんな驚いているが、たぶんアゼルさんはこのことに気付いていたのだろう。


「俺達が、昨日、ここへ5人で来るのはわかっていましたよね? 部屋がそのように用意されていましたからね」


「はい、そうです」


「その“予知”のとき、、シフォンさんはみえていましたよね。でも、ミレーゼさんはみえていましたか?」


「あっ! そうです。シフォンさんはみえていたように思いますが、ミレーゼは実際に見て初めて一致したような気がします。ケイさん、凄いです! どうしてわかったのですか!」


 キアラさんは嬉しそうにしているんだけど……


「いえ、単純に前世の記憶があるかないかの違いです」


「ああ、そう言われるとそうですね。でも、なぜ前世の記憶がある人は“予知”にみえないのですか?」


「そうですね。教皇様の言葉をお借りすれば、未来が確定していなからでしょうか。……アゼルさん、キアラさんの“予知能力”は“神界からのお告げ”ですか?」


 キアラさんは不思議そうな顔をしているが、俺のアゼルさんに対する質問で、マリアさんとシフォンさんとミレーゼさんも気付いたみたいだね。


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