第3話
“迷わせの草原の村”村長エレオノーラさんにエルバートさんの書状を届けに行った俺達は、そこで俺を刺したアンジュの消息や俺が各国から監視されている理由を聞くことができたが……本題はこれからだった。
「この村とアイリスの街が米の取引をすることによって俺に発生する問題とは何ですか?」
「そうだね。君はこの書状を冒険者ギルドの依頼で届けにきたんだよね?」
「はい、ギルドを通したエルバートさんからの指名依頼です」
「もしこの依頼が達成されると、君が私と面識があると冒険者ギルドは考えるよね」
「ああ、なるほど。冒険者ギルドが知るということは、各国の諜報部も知るということなんですね。でも俺がエレオノーラさんと面識があることで何か問題になるのですか?」
「そこまでわかっていて、まだ気付かないのかい。この村はね。本来もっと大きな街になっても可笑しくないんだ。南の大地の食糧生産の大部分を担っているからね。それに加えて、私はこの村を護るために排他的な政策をとっているよね。この村には各種ギルドすらおいてないぐらいだからね。私と関係を結びたい者やこの村の実権を取りたい者って山ほど居るんだ。まぁ普通は、この村に辿り着くことすらできないんだけどね。君がそんな私と面識があると各国に知られるとどうなると思う」
「俺が南の大地の食糧を押さえていると思われるということですか? でも実際、そんなことあるわけないじゃないですか」
「そうだよ。そんなことあるわけないよ。でもそう思われる可能性はあるんだよ。それに君は、ラルス様と親しいのは世間に知られているよね。あの方は、中央各国の食糧を担っているよね。あとさらに、私も君から聞いて初めて知ったことだけど、魔王のサタンとも親しいのだろう。デス諸島も食糧の生産量が豊富でね。常に食糧不足で悩まされている北の大地にかなり流しているんじゃないかと噂されているんだ。もうわかっただろう。君はこの大陸の食糧を一手に牛耳っていると思われても仕方がない状況になるんだ。実際、そんな事実はないにも係わらずにね」
「……」
この世界の食糧か……国家級戦力よりもヤバいね。……それに今名前の出た3人って、各国の元首でもそうそう会える人ではないよね……
「続けるね。今はまだ、君が世間に知られているのはラルス様との関係だけだ。しかし、今回の米の取引が開始されると、君は私にも影響を及ぼす力があると世間は考えるよね。君の脅威が益々高まってしまうのだよ。どうだい、わかったかい」
そうなるのか……まぁ俺だって逆の立場ならそう思うかもしれないけど……
「この村とアイリスの街が米の取引をすることによって、俺に発生する問題についてはわかりました。でもエルバートさんが俺にその書状を持たせたのは、俺がエレオノーラさんと面識があるという情報を漏らすためですよね?」
「そうだね。さっきも話したけど、逆に手を出し辛くなるという見方もできるからね」
そうだよね。エルバートさんがこのことに気付いていないはずがないよね。
「少し聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「構わないよ」
「現時点でもそうなのですが、俺の婚約者や関係者には危害は及ばないと考えても大丈夫ですか? 各国は俺個人に対して脅威を感じているのではなく、俺の周りにいる人達に脅威を感じているんですよね。そして、俺にはできれば何もして欲しくないと考えていますよね」
「世の中にはバカもいるからね。絶対とは言えないけど、その考えで間違いないよ。君の関係者に手を出すと君が動くからね。それでは本末転倒になってしまうよね」
「なら構いません。アイリスの街に米を卸してもらえませんか」
「いいのかい? 君や君の関係者の身の危険が増すわけではないけど、確実に君は動きにくくなるよ」
「ええ、それは俺が気を付ければ済む問題です。でも、エルバートさんには夢があるんです。今回の取引が上手くいかなくても支障はないかもしれませんが、俺はお世話になったエルバートさんの力に少しでもなりたいんです」
「まぁこの書状にも書いてあったけど、君に利害のある話ではないよね。せっかく私が忠告してあげたのに、君は変わっているね。まぁ私にとっても今回の取引は美味しい話だからね。君さえ良ければ、この話は引き受けよう。……まぁあと、お礼と言っては何だが、もう1つ忠告してあげようか。サタンとの関係を表に出すのは、まだ早い。そこは気を付けたほうがいいね」
「……」
あぁそっかぁ、このアーク大陸とサタン様のデス諸島は不可侵条約を結んでいるとはいえ、停戦状態なんだったね。……俺、サタン様からもらったローブや魔法袋をちょくちょく自慢してたんだけど、大丈夫なんだろうか……
「何か心当たりがあるみたいだね。でも心配しなくてもいいよ。君とサタンが親しくしているという確定した情報はまだ流れていないはずだ。私も君ついては一通りの情報を集めてみたから心配しなくてもいいと思うよ。噂話程度のことは流れているかもしれないけど、まだ気を付けたほうがいいね」
「“まだ”ということは、俺がSランクの冒険者になれば問題ないということですか?」
「そこまでわかっているのなら大丈夫だね。今の君に足りないのは確固たる地位だよね。みんな不安なんだよ。国家級戦力を備えている上に、この世界の食糧まで押さえているような一個人が、根無し草のようにフラフラしているんだからね。もし君がどこかの国や組織に加担するようなことにでもなれば、今は何とか保たれている国家間のバランスが一気に崩れてしまいかねないからね。そういう意味では、“この世界を変えるやもしれん”と言った妖怪の言葉や、“安定した社会に歪みをつくることができる”と言った誰かさんの言葉は、当てはまるよね。その人達が君を見て何を感じたのかは知らないけどね」
「そうだったんですね。でもそんな世の中のバランスを崩す可能性のある人なんて、この世界にいくらでもいますよね?」
「もちろんだよ。そういう意味での各国の監視対象は君だけじゃないよ。今までも居たし、これからもどんどん出てくるだろう。君なんかはどちらかといえば無害の部類に入るよね。珍しいタイプだよ。大概そういった者は偏った思想を持っているからね」
「そうですね。……ありがとうございました」
「いや、構わないよ。私もできれば君とは敵対したくないからね。これからもよろしく頼むよ」
これでエレオノーラさんとの会談は終わった。なんかどっと疲れたけど、当初の目的であるエルバートさんの依頼は達成することができて良かったのだろう。でも、また足枷が増えたみたいだ。前に進むためには必要なことだとわかってはいるけど、何か行動を起こせば、それに伴って新たな責任が生まれて自由がなくなっていくのは、この世界でも同じなのだろう。
“迷わせの草原の村”でもう1泊した後、俺達はミルクとクッキーの案内で精霊の森にあるドワーフ族の村へ向かっていた。この草原は馬車での移動が無理なので、1頭の馬に俺とマリアさんが跨り、もう1頭の馬にアゼルさんが跨り、前を行くミレーゼさんとシフォンさんを追って馬を走らせていると、俺の背中におっぱいを押し付けたマリアさんが話しかけてきた。
「ケイさん。エルフ族の村には行かないのですか?」
あれ? ベルさんと違い、スージーさんとクリスさんの姉妹は婚約者じゃないのに……
「たしかに、あの姉妹とはエルフの村へ行くと約束しましたが、あれからまだ半年ほどしか経っていません。人間族の俺達を村に受け入れられるよう努力してくれると言ってくれましたが、さすがにまだ無理でしょう。逆に迷惑をかけてしまいますからね」
「それはそうですが……」
背中越しにマリアさんの不安な気持ちが伝わっては来るんだけど、どうしたのだろう?
「マリアさんは、あの姉妹のことは認めつつも一線は引いていましたよね。どうしたんですか?」
「ええ、そうなのですが……少し聞いてもらってもいいですか?」
少し体勢を変え襟元を正したマリアさんが、躊躇いがちに尋ねてきた。
「ええ、もちろんです」
「私は、マウイ様のお言葉に甘えて、Aランクの冒険者になるまでケイさんと一緒に居させて頂こうと考えていました。さすがにSランクになれるとは思っていませんし、Aランクになれば胸を張ってマウイ様の護衛の任に就くことができます。マウイ様のためにも、ケイさんためにも、早く強くならなければならないと思っていたのですが、こんなに早くランクアップするとは思っていなかったのです。もちろん、まだBランクになったばかりですし、そんな簡単にAランクになれるとは思っていません。でもケイさんと一緒に過ごせる時間がどんどん少なくなっているのも事実なんです。もし私がAランクになってケイさんと離れてしまったら、今回のように用がなければ、近くまで来ても私に逢いにきてくれないかもしれないと思うと急に不安になって……」
マリアさん、Aランクを区切りだと考えていたんだ。まぁそうだよね。たまたま俺がSランクの冒険者の知り合いが多いだけで、世間一般的には名の知れた冒険者といえば、Aランクの冒険者だからね。Sランクの冒険者なんて、そんな名の知れたAランクの冒険者がなかなか会うことすら叶わない謎の人物ばかりだからね。
「マリアさんの不安の解消になるかどうかわかりませんが、俺がSランクになれば、冒険者ギルドの転移ゲートを使えるので、今よりも時間的な距離は短くなりますよ」
「そ、そうですね! ケイさんがSランクになれば何も問題ないじゃないですか! エレオノーラ様もSランクになることを勧めていましたよね。どうしてSランクにならないのですか? あっ!……すみません」
俺の答えに1度はテンションの上がったマリアさんだったが、また萎れてしまった。
「いえ、構いませんよ、事実ですから。もう気付いていると思いますが、マリアさんやアゼルさんと違って、俺はもう身体能力も“闇魔法”以外の魔法もこれ以上伸びることはないでしょう。“闇魔法”の成長が俺の体にどう影響を及ぼすのかはわかりませんが、あとは経験でカバーするしかありません。しかし、俺にはその経験が足りません。でもだからと言って、いつまでもSランクにならないつもりもありません。昨日のエレオノーラさんの話を聞いて改めて考えさせられました。俺もAランクになることができれば、Sランクになるつもりでいます」
「えっ! ケイさん。……それって、私達のためですよね。他のみんなも同じ気持ちだと思うのですが、もし何かあっても、私はケイさんや他のみんなにご迷惑になるようなことをするつもりありませんよ」
だからですよっ! もし人質にでもなった日には、迷わずに死を選びそうで怖いんですよっ!……こんなこと間違っても口にはできないんだけど。
「その気持ちだけで十分です。ありがとうございます。だから、今よりも気軽にみんなに会いに行けると思いますよ。まぁ俺のほうが、マリアさんよりもAランクになるのが遅くなるかもしれませんが、その時は少し待ってもらえますか?」
「そんなことありません。ケイさんがAランクなれないのなら、私がAランクになれるはずがありません」
まぁそう言ってくれるのは嬉しいんだけど、実際、装備に頼らない純粋な最大火力では、マリアさんにもアゼルさんにもすでに負けているんだよね。それにランクアップに関しては、冒険者ギルドの職員の判断もあるかもしれないけど、ギルドタグと石版による管理システムに委ねられているはずなんだ。こればっかりは、今の俺ではどうしようもないよね……




