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魔法使いになって、白いご飯を食べたいです  作者: メイプルケチャップ
第5章 ダカール自由貿易国(アイリスの街)編
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第29話

 5-29


 ダカール自由貿易国のアイリスの街で炊き出しを終えた翌朝、俺達はこの街の首長に呼び立てられたので、その屋敷に向かっていた。


 昨日聞いたアゼルさんの話では、“鬼人族”は商人になることが多いらしい。“鬼人族”自体の数が少ないので、商人に“鬼人族”が多いということではみたいだけど……あと、首長には子供のころに会ったかもしれないが、よく覚えてないと言っていた。マギーさんが、人の虚実を見破れるアゼルさんをいつも商談に連れまわしていたので、誰が誰だかわからないみたいだ。


 街の中央部に位置するその屋敷に着くと、昨日の“鬼人族”の男性に出迎えられ、首長が待つ部屋へ通された。



「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ!……よう参った。楽にするがよい」


 大きな執務机の席に腰掛けた、額に1本の角を生やした体の小さな猿みたいな婆ぁが奇声を上げそうのたまった。……コイツが首長なのか? それに角を隠さなくてもいいのか?


「本日は、お招き頂き有難う御座います。私がケイです。そしてこちらから、マリア、アゼル、シフォン、ミレーゼです。宜しくお願い致します」


 自己紹介の後、俺の後ろに並んだ4人の紹介をし、みんなで頭を下げた。


「堅いのう……それにしても、“猿みたいな婆ぁ”とは、酷くないかのう……あたしゃ、これでもまだ803歳じゃぞ。おまえさんの愛しのベルさんよりも年下じゃ。……おお、そうじゃ! あたしゃ、今、1人者じゃ。ケイ、あたしも貰ってくれんかのう……ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ!」


 首長が事前に俺の事を調べるだろうと、エルバートさんが言ってたけど、よく調べているね。……また冷たい視線に晒されてたじゃないかっ!


「えっ!」


 首長が初めに言った“猿みたいな婆ぁ”という言葉に気付き思わず振り返り、アゼルさんを見たが首を横に振っている。俺の思考は女性には読みやすいみたいだけど、細かい言葉まで読まれたのは、デス諸島の宰相で“堕天使”のルシフェルさんだけだったのだが……ただの経験の差か……首長は“堕天使”でないみたいだね。


「おやっ! どっかで見たことあると思ったら、おまえさん、ウリボーかい! 大きくなったのう」


「はい、お久しぶりです」


 アゼルさん、今、適当に挨拶したよね。そんなこともできるようになったんだね。初めて俺と会ったころは、普通に会話することすら覚束なかったのに……


「おやおや、あんなに小さくて無口だった子が、男ができると変わるもんだねぇ~……どうじゃ、ウリボー。もうやったのかい?」


 おいっ、婆ぁ! その手つきは止めて。……左手の親指と人差し指で輪っかを作って、右手の人差し指を抜き差しする、その手つきはっ!


「いや、まだです」


「アゼル!」


 アゼルさんの返事に、マリアさんが小さく反応した。


「すまん。うっかりしてた」


 アゼルさんはマリアさんに謝ってるけど、どういうこと!?……も、もしかしてっ! 俺の“純潔”は守られていたのかっ!?……いやぁ、カステリーニ教国でアンジュに毒のナイフに刺されて意識を失っている間に、儚く散ったと思っていたんだけど、俺って、まだ“清い体”だったんだね。


「えっ! アンタ達、まだだったの!? もしかして、アンタ、不能!?……いえ、違うわね。汗を流しているとき、いつも元気よね……」


 突然、ミレーゼさんが大声をあげた後、ブツブツと呟きだしたが……ナニを言ってるんだこの人。


「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ! 若いってええのう。今だけじゃ、愉しむがいい」


 婆ぁ、お前が1番、愉しんでいるだろうっ!……まぁいいか。それよりも、


「ところで、本日のご用件は何でしょうか?」


 俺は本題に戻すことにした。


「もう済んだぞ」


「えっ!」


「実際に、おまえさんをこの眼で見たかったのじゃ。わかったから、もうよい」


「今のでわかったんですか?」


「そうじゃ。ようわからんことがわかった」


「わかないことがわかったのですか?」


「そうじゃ。おまえさんが、善なのか悪なのかもわからん。欲があるのかないのかもわからん。信念を持っておるようじゃが、儚い。……言うなれば、中庸じゃ。この世界を変えるやもしれん男に相応しいとは思うておる」


「俺がこの世界を変えるんですか?」


「“やもしれん”じゃ。おまえさんは、そのまま進めばよい。いや、そのまま進んで欲しいのう……」


 これで、アイリスの街の首長との会談は終わり、俺達を出迎えてくれた“鬼人族”の男性に見送られ屋敷を出た。



 “山の主”の討伐のこと、炊き出しのこと、学校のこと、お米のこと、“鬼人族”のこと等、何を聞かれても上手く答えられるように昨日から考えていたんだけど、首長は何も聞いてこなかった。その程度のこと、あの首長なら俺に聞くまでもなく、すべてお見通しなのかもしれないね。


 あと、首長が言ってた“俺がこの世界を変える”って、どう意味なんだろうか……たしかに“管理者”になれば“変える”ことはできるだろう。でも首長の言っている“変える”は、それとは違うような気がするんだよね……


「えっ! えっ! 今の何っ!」


 俺が思考を止めると、ミレーゼさんが騒ぎ出した。……何って、何?


「ケイさんの“並列思考魔法”です。最近は、頻繁に起こるようになっていたのですが、ミレーゼも、ケイさんの魔力を感じ取れるようになったのですね」


 ミレーゼさんの疑問に、マリアさんが答えている。……また無意識に使っていたのか。というか、意識的使えれば便利だけど、まだ無理なんだよね。


「これが、前に言ってた“並列思考魔法”に巻き込まれるということなのね。たしかに、これは怖いわ。完全に時間が止まってるじゃない」


「ええ、慣れれば、そうでもないんですが、どうせまた疚しいことでも考えていたのでしょう」


 えええぇぇっ!


「違いますよ。首長に言われた言葉を思い出していただけですよ。首長は、俺が“この世界を変えるやもしれん”と言ってましたよね。どういう意味なんでしょうか?」


「そんなの当然です。ケイさんはそういう方です」


 マリアさんが断言すると、それ受けてみんなが頷いている。マリアさんとアゼルさんとシフォンさんがそう思うのは何となくわかるけど、ミレーゼさんとミルクとクッキーにまでそんなこと思われていたんだ……


「アンタ、異常なのよ」


 俺の疑問を感じ取ってくれたのだろう、ミレーゼさんが答えてくれた。


「異常ですか?」


「そうよ。上手く言葉にできないんだけど、普通に見えるけど、普通じゃないの。この“普通じゃない”も、特別な魔法を使えるからとかそういう意味じゃないの。アンタは、たしかに真面目で優しくて思いやりがあると思うわ。でも聖職者や救世主が持っていそうな“博愛”や“正義”とは、なんか違うのよ。だからと言って、悪巧みをしている詐欺師や偽善者にも見えないのよ。そこにいるのに、そこにいない感じかな……いや、違うわね。何かが足りない。何かが欠けた不完全な感じかしら……これも違うわね。やっぱり上手く言葉にできないわ。……でもまぁ、気にすることないわ。アンタは、アンタだし、何も変わらないわ」


 いや、気にするなと言われても、余計に気になるし、結論は何も変わらないだし……ああ、今の“変わらない”は、“この世界”ではなく、“俺自身”か……


「ミレーゼの言うとおり、ケイ君は気にする必要がないわ。ミレーゼの話を聞いてしっくりきたわ。あの人もそんな感じよ。ミレーゼは人を見る目がないけど、ケイ君と同じで、あの人の血が半分流れているから、ケイ君のことを、頭で理解できなくても、体で理解しているのだと思うわ」


 あの人ねぇ……あっ、今ならタイミングがいいか、


「ミレーゼさん、1つ聞いてもいいですか?」


「なによ」


「俺達の父についてです。どう思っていますか?」


「ああ、それね。私は、アンタほどお父さんに対して嫌悪感を持っていないわ。そりゃ、お母さんと私やアンタを含め他の人達を見捨てたことに対しては、どうかと思うわ。でも“どうか”と思う程度よ。お母さんはまだお父さんの愛情を感じているし、お父さんのことを愛しているわ。それでいいと思うの。私は、その人がお父さんと言われてもピンと来ないのよ。前世の記憶があるからかもしれないけど、私が死んだとき、前世のお父さんは生きていたし、私を愛してくれていたわ。だから、お父さんと言われて思い浮かぶのは、前世のお父さんなのよ。でもお母さんは違うわ。こっちのお母さんは、いつも側にいて、私に愛情を注いでくれているわ。前世のお母さんも生きていたし、愛された記憶が薄れたわけじゃないけど、お母さんと言われて思い浮かぶのは、こっちのお母さんよ。だから、こっちのお父さんにも、実際に会えば考えが変わるかもしれないけど、今のところ、私にとって、こっちのお父さんは存在が薄いのよ」


 そう言われるとそうだね。以前は俺も父と言えば、前世の父を思い浮かべていたのに、いつからこっちの父を意識するようになったんだろう……ああ、シフォンさんにあの人に似てると言われたときからだね。

 あと、ミレーゼさんとは逆に、俺にとって、こっちの母は、存在が薄いんだよね。……この世界に俺を産んでくれたこっちの母であるヨーコさんには、感謝しているし、もし困っているのなら出来る限りのことはしたいとは思っているんだけどね。


「ありがとうございました。少し疑問が解けました」


「そう、ならいいわ」


 その後もみんなで話をしながら買い物をして宿に戻った。



 そして、日付が変わり2時間ほどが過ぎた頃、俺達は旅支度を整え、アイリスの街の外門まで来ていた。見送ってくれるのは、エルバートさん、1人だ。


「ケイ君、ここまで気を使ってくれなくてもいいのに。ケイ君達を見送りたい人は、いっぱいいると思うんだけど……」


「せっかくこの街でエルバートさんの学校の話が盛り上がりつつあるんです。俺達が水を差すわけにはいきません」


「それが気にし過ぎだと言ってるんだけど、実際、それで助かるのも事実だから、お礼は言っておくよ。ありがとう。……それと、コレを頼んだよ」


「はい、必ずお届けします」


 “迷わせの草原の村”村長のエレオノーラさんに宛てたエルバートさんの書状を預かり、俺はそう答えた。これ、冒険者ギルドを通した正式な指名依頼だったんだけど、報酬が先払いで凄い高額だったんだよね。さらに、成功時に追加ボーナス有となっていた。エルバートさんの祝賀会用のオニギリの費用を受け取らなかったせいで、余計に気を使わせてしまったみたいだ。エルバートさんを相手にするときは、今度から気をつけないといけないね。


「あの村には冒険者ギルドがないけど、どこかの冒険者ギルドで必ず報酬を受け取るんだよ。ギルドに依頼の完遂を報告して報酬を受け取って、初めて依頼の達成だからね。ケイ君、わかっているよね」


 念押しまでされてしまった……


「はい、わかっています。俺は冒険者です」


「うん、うん。わかってくれているのならいいんだよ」


 エルバートさんが満足そうに頷いている。


「んっ!」


 俺の“探知魔法”に反応があった。


「良かったぁ、間に合ったみたいだね。ケイ君達、まさか今日の未明に出るとは思わなくて焦ったよ。私の予測では早くても明日の未明だったんだけどね」


 未明に発つのはわかっていたんだね……


「「……!」」


 ミルクとクッキーも気付いたみたいだ。シフォンさんでも、まだ気配を感じとれないぐらい離れているの、この子ら、凄すぎるだろう。



 しばらく待っていると、2頭の馬が土埃を蹴立て、こちらに向かってきた。


「おい、兄ちゃん。焦らすなよっ! 間に合わねぇかと思ったじゃねぇかっ!」


 俺達の側で馬を止め飛び降りたデブのおじさんが、少し息を切らせ声を荒げた。でもおじさん達は東の山の監視をまだ続けているはずだったんだけど……


「お久しぶりです。東の山はもういいんですか?」


「おお、久しぶりだな、元気だったか。相変わらず、動じねぇなぁ。それも兄ちゃんらしくていいか。……東の山は他の奴に任せてきた。俺達は、エルバートさんに指名依頼を貰って戻ってくる途中だったんだ。兄ちゃん達の見送りには間に合いそうだと思っていたんだが、昨日、エルバートさんから“速達”を貰って、焦って戻ってきたんだ。間に合って良かったよ」


「気を使ってもらって、すみませんでした。でも指名依頼って、俺達の見送りですか?」


「そんなわけあるかっ! 俺達、エルバートさんが作る学校の先生を頼まれてな。それも創設段階から手伝って欲しいと言われたんだ」


「いいですね! 適任じゃないですか!」


「ケイ君もそう思うだろ。私も学校の先生役を考えたときに、真っ先に思いついたのがこの2人だったんだよ。私の学校の先生と言えば、この2人しかいないよね」


 エルバートさんが誇らしげに言ってるけど、俺もその通りだと思う。


「だから、兄ちゃん達の見送りはついでだ。でもまぁ……顔が見れて良かったよ」


 デブのおじさんが照れながらもそう言ってくれた。


「はい、俺も嬉しいです。……あと、ちょうど良かったです。おじさんに聞きたいことがあったんです」


「なんだ?」


「ミルクとクッキーって、“迷いの草原”で迷わないのですか? 俺達、今から精霊の森に向かうんですが、俺達のパーティには精霊系種族がいないので、どうしようかと思っていたんですけど、あの子らが大丈夫だと言ってるみたいなんです」


 俺の横にいるミレーゼさんの肩の上で、モヒカンのおじさんと別れの挨拶をしているミルクとクッキーを見ながら尋ねてみた。


「ああ、俺達も、アイツらに連れられて、“迷いの草原の村”までは行ったことがあるから大丈夫だ。心配するな」


「ほらね、言ったじゃない。この子らのことを信用してないのは、アンタだけよ」


 俺とデブのおじさんの話を聞いていたミレーゼさんが自慢げに言ってきた。ミルクとクッキーが凄いのはわかっているけど、みんな不安を感じていたと思うよ。だって、その子らと話ができるのは、ミレーゼさんだけだからね。


「すみませんでした」


「うん、わかればいいのよ。……って、アンタ、今、私に謝ったわよねっ! もしかして、信用してなかったのって、私なのっ!」


 こんないつも調子で、エルバートさんやおじさん達と別れを済ませ、俺達はアイリスの街を後にし、街道沿いに馬車を北へ向かって走らせ始めたが、やっぱりこの親子、自分の足で走っていくんだね……


 いつもお付き合いありがとうございます。

 

 今話で、第5章が完結です。

 

 第6章『帰郷編』は、1回更新を休んで、11月14日(金)から再開したいと考えています。


 今後とも、よろしくお願いします。

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