6-3 TS娘と二人の後輩
結果的にはその大規模駆除はうまくいった。
場所はサセボアーケードから少し横路に逸れた、奥まった場所に一つだけポツンと残っている大きな廃墟。
ハチの巣の駆除には人手こそ必要だが、準備が整った状態なら極端に難しい仕事ではない。
今回は延焼のリスクが少ない場所だったので、巣に火を付けて燃やしつくす作戦。
これもハチの巣の駆除方法としては、比較的楽なやり方だ。
とはいえ私と一緒に参加した新人の二人にとっては、そりゃあもう大変な一日であっただろうとは思う。
「わわ、ハルさん、向こうから何か緑色……カマキリの化け物が来てます!」
ハジメのいる本隊のほうへ進んでいく、私と同じくらいの背丈のカマキリは、新人の女の子のほうが驚くほど早く見つけてくれた。
伸びきった雑草の緑色に紛れて分かりづらいはずなのに、この子はかなり目がいいのだろう。
よく周りに注意も払えているらしい。
もちろんカマキリなんて大物の相手は、新人には荷が重いからさすがに私が相手をするしかないが。
「前に出てるみんなのとこには行かせられないね。私が出て相手する。二人はこのまま警戒を続けて」
私だってカマキリは得意な相手ではないが、それでも無視や逃げることはできない。
万が一にも最前線にいるハジメに迷惑はかけられない。
カマキリ駆除の手本だって新人たちに今私が示してやらないと、次の機会には彼ら自身が命をかけて戦わないといけないかもしれないのだから。
「うわ、あの人刺されましたよ!」
ハチの巣駆除作業のちょうど中盤ごろ。
私たちの目の前で、前線でハチの撃退を担当していたメンバーがハチに刺された。
これで刺されたのは二人目。
明らかに、巣の周りのハチの数が多すぎるからだろう。
ああいう人間の子供並みに巨大なハチに刺されると、凄まじく痛いのもあるが、毒が身体に回りすぎると内臓が溶けて命を落とす。
解毒剤を使ってからもしばらくは絶対安静が必要だ。
こうなると人数が足りない。
新人だろうが何だろうが、前に出て前線を維持してやるしかない。
姿は見えないが、奥で頑張っているはずのハジメのことも心配だ。
「解毒剤持ってきてるはずだから大丈夫だよ、落ちついて。……前に出て交代しよう。あなたたちはまず刺された彼を抱えて後退させなさい。さ、行くよ!」
こういうケースもあるかも、とは新人二人にもあらかじめ伝えていた。
とはいえさすがに不安だろうと二人の顔を見たが、思ったよりはずっと力強い表情をしている。
なかなか。
さすがに期待の新人ってやつは、気構えもそこらのワーカーとは違うわけだ。
前線からはもくもくと煙が上がっているが、まだ炎が上がるところは見えない。
おそらく巣が湿気っているのだろう。
最前線のハジメたちが火を付けきるまで、なんとしてもそこらの空に散開したハチは私たちが抑えなければ。
「ハル先輩、すいません、オレの武器が……」
前線に途中参加し、遮二無二ひたすらにハチを殺し続けていたとき、男の子が使っていた剣鉈が付け根からポッキリと折れてしまった。
折れるまでに4匹は駆除していたようだから、安物の武器にしては充分な働きではある。
だけど男の子の新人は、それですっかり混乱してしまったようで。
あたふたしているばかりで、足まで止まってしまっていた。
これでは危険すぎる。ハチに刺してくれと言っているようなものだ。
「死にたいの!? 石でも拾って戦いなさい! 投げつけるだけでも、そこでうじうじしてるよりマシだよ!」
私はそう荒く叫びながらも、さすがに数日間一緒に過ごした彼を見捨てるほど非情ではない。
自分の使っている分厚い鉈を私は、やむなく彼の目の前に放り投げてやった。
意図を察してあわてて鉈を拾おうとした男の子だったが、少し不注意が過ぎたようで。
ちょうどハチが真横から、敵意むき出しで彼の方に向かってくるのが目に映った。
右手に持っていた短剣を投げつけようとして、私はギリギリのところで腕を止めた。
女の子の方の新人が、体当たりでそのハチを止めようとする姿が目に映ったからだ。
彼女はいつもの私の装備、左腕にくくりつけた木製の小さな盾をマネして自作してきてくれていた。
彼女のそれは、そこらの廃墟にいくらでもある廃材を、めちゃくちゃに腕に縛っただけの貧相な盾。
女の子がその左腕の貧相な盾を構え体当たりでハチに突っ込むと、ハチは弾き飛ばされバランスを崩し地面に墜落していった。
学び、考え、工夫して、準備を怠らず、覚悟も充分。
可愛い顔をしておいてこの女の子、なかなかやる。
帰ったらこの子も、四等級に昇格にしてあげていいだろう。
その地面で蠢くハチを今度は、気を取り直して私の鉈を拾った男の子が、思い切りその鉈を振り下ろして仕留める。
二人は顔を見合せて、いかにも仲の良さそうなラブラブであることがまるわかりな笑顔を交わしていた。
いいコンビだ。
羨ましすぎて、少しいじわるしてやりたくなってしまうほど。
ちょうどそのあたりで、最前線の廃墟の方から大きく火の手が上がったのが見えた。
ようやく巣に着火できたようだ。
少し前線を下げるため後退してきたメンバーの中には、左手一本で長い剣を構えた大男、ハジメの姿もようやく見えた。
まったく。
私だってハジメと横に並んで戦えたなら、こんな新人たちよりよっぽど凄いコンビネーションを見せてやれるにちがいないのだが。
危険な仕事の最中であるにも関わらずこの新人たちときたら、イチャイチャとお互いを支えあい助けあいやがって。
悪いことではないけれど、良いことだけれど、羨ましすぎて腹が立ってくる。
「二人とも、なかなかやるね。……もうすぐ撤収だろうから、巣に火が回るまでの間、私とひと勝負しようか」
久しぶりに楽しい仕事だ。
だから少しくらい、いじわるするのは許して欲しい。
私の言葉に戸惑ったようにこちらに目を向けた二人を横目に、私は足元に落ちていた大きめな石ころを拾った。
いつも懐に常備している麻布を取り出し、石をくるむ。
伸ばした布の端を握り、中にくるんだ石を遠心力でくるくると回す。
即席の打撃武器だ。
せっかくだから石ころ一つでもハチくらい仕留められるというところ、最後に私がお手本を見せてやろう。
「私の鉈はハンデで貸しといたげる。……あなたたち二人と私、こっから何匹駆除できるか勝負だよ」
男の子は驚いたような表情だけど、しかしすぐに気合いを入れ直してニヤリと笑ってくれた。
気を持ち直せたようだから、彼はもう心配しなくても大丈夫だろう。
女の子は戸惑った表情のままだが、それはそれでかわいらしい。
私が勝ったら一回だけキスさせて、なんて言いたいくらいに彼女の顔はかわいいけれど。
まあ今回だけは、最後までいい先輩を貫いてやろう。
「……私に勝てたらご褒美あげるから、最後まで気を緩めないで頑張りなさい」
そう言いながら近くに飛んでいたハチを見つけ、私は石ころを包んだ布を回転させてハンマーのように叩きつける。
それはハチの羽の付け根に直撃し、汚いハチの羽の欠片が空に舞った。
「……じゃあ、これが最後の報酬分けね。この一週間あなたたちと組めて、けっこう楽しかったよ」
巣の駆除が終了して。
ハロワに戻ってからのこと。
私は二人に、受付嬢が少し色をつけてくれたらしい結構な高額報酬の三分の二を渡した。
本来なら上位等級の私が多めにもらうのが筋だが、私は教導用の報酬を別でもらっているし。
何より、男の子の方は武器も壊れてしまって、これからお金が必要だろうから。
「ありがとうございました先輩。最後の勝負も負けちゃいましたし、途中も足手まといになっちゃいましたけど、いい経験になりました」
最後のハチの駆除数の勝負は、当たり前だが私の圧勝。
あれから撤収までの間に私が七匹、新人の二人が四匹。
それで多少は私のカッコいいところを見せてやれただろう……と思っていたのだが。
だけど男の子はあまり悔しそうな顔はせず、清々しい笑顔で私に頭を下げてくるもので。
これはまあ、人間の器としては私の大敗北かな。
だから勝負のご褒美のほうは、もちろんケチらずにプレゼントしてあげようと思う。
「うぅ……ねえハルさん、これからも一緒にお仕事はできないんですか?」
女の子は可愛らしくそう言ってくれるが、仕事が終わって気が抜けたのか、男の子の方に甘えるように身体を寄せたままだ。
嬉しいお誘いではあるけれど。
さすがにこれ以上仲良しカップルのお邪魔になるのは悪いし。
何より私にだって、ハジメという最高のパートナー……になれるはずの相手がいるんだし。
私が笑って首を横に振ると、男の子は困ったように苦笑して、女の子の頭を軽く小突いた。
「ハル先輩は二等級だぞ。もっと難しい仕事がいっぱいなんだから、オレたちだけで面倒かけちゃあ悪い。……いつまでも助けてもらってたら、オレたちも成長できないしな」
男の子は笑い、その顔を見て女の子も頷く。
「……偉いね。あなたたちは偉いよ」
「ま、こいつと二人でやっていけるんだから、しばらくは無理しないで足元固めていきますよ」
二人なら、やれるよ。
きっと、うまくやれるよ。
明日死んでもおかしくないような仕事だからこそ、私くらいはそう願ってあげたい。
だけど私の祈りなんてこの厳しい世界では何の役にも立ちはしないから、代わりに私は自分の荷物の奥にしまっておいたプレゼントを取り出した。
「あのさ、良かったらだけど」
荷物の奥から取り出したのは、害虫駆除のときに目を保護するゴーグル。
この教導の間、彼らがゴーグルを持っていないことがずっと気になっていたのだ。
一つだけ、本当はえこひいきで女の子にだけ渡すつもりだったけれど。
でも仕方ないから、私はそれを逆に男の子の方に渡してあげた。
そして、自分が付けていたゴーグルを外し、それを女の子に渡す。
「私は新しいの買って余ってるから。ボロいけど、二人にあげるよ」
嘘だ。
自分の使っている分まで渡したから、すぐに新しいものを買いに行かなくてはならない。
でもまあ、先輩としてこのくらいはしてあげてもいいはずだ。
このくらいはしてあげなければ、明日もし彼らが死んでしまったら、自分が後悔するに決まっているのだから。
そして私はもう一つ。
ハロワから依頼されていたもう一つの仕事を完結させるため、彼らにそれぞれ一枚の紙を渡した。
その現代ではとても貴重になった紙には、私の血判と、文字があまりうまく書けない私の代わりに受付嬢が事前に書いてくれた短い文章が記されている。
これが上位等級者による、昇格の推薦状。
二人へのもう一つのプレゼントだ。
「後でこの紙を受付嬢さんに渡しなさい。……二人の四等級昇格を、サセボステーション所属二等級ワーカーとして、このハルが推薦します」
二人は驚いて、そして嬉しそうに顔を見合せてくれた。
私は過去にオカヤマステーションでも何人ものワーカーの昇格を推薦してきたけれど、知る限りですらその半分程度はすでに亡くなっている。
昇格しても、人間が強くなれるわけではない。
四等級も五等級も、本当は何も違いはしない。
お金は稼ぎやすくなっても、今後の彼らにはそのぶん厳しい仕事が待っているだろう。
この世界はいつも私たち人間には厳しくて、大切な人も幸せな時間も、いつだってすぐに失われてしまう。
だからせめてこの二人が、私が関わった人達が、私の知れる範囲の世界で過ごしているうちは。
この人達が、私の知れる範囲の世界では死なないようにと。
いつも、ただそれだけを願っている。
二人と別れたあと。
少ししんみりとした気分になってしまい。私はサセボステーションの入口のあたりで、意味もなく壁にもたれかかり休んでいた。
いや、正直に言えば待っていたのだ。
今の私が感じている寂しさを埋められるのは、もちろんハジメしかいないから。
だからその大きな身体が現れ、こちらに歩いてきてくれたのが見えたとき。
私はもう嬉しくて嬉しくて、逆にこちらからハジメのほうへ駆けよってしまった。
「ようハルさん、今日はお疲れ。……なーんかカッコいいことしてたじゃねえか」
「見てたの? ……ふふ、私ってけっこういい先輩でしょ?」
頑張ったよ私。
誉めろ。
「長年ソロでやってると、あいつらみたいなペアが素直にうらやましいぜ。……俺は若いときに急に相棒がいなくなってソロになっちまったけど、最初は一人じゃ全然うまくやれなくてな。ひでえもんだったよ」
ハジメはそう言いながら、なせかその傷痕だらけの顔を少し曇らせ、伏し目がちになっていた。
だけど、僕がいなくなって苦労したんだという言葉が、申し訳ないというよりも嬉しくて仕方がなくて。
私はハジメの手をとって身体を寄せながら、ニヤニヤ笑ってしまった。
「ふふっ! そりゃ良かった!」
思わずそう笑うと、ハジメもつられたのか、少し嬉しそうな感じに笑ってくれた。
さっきの新人二人は、このあと仲良く祝勝会だろうか。
二人で住みかに帰り、早速イチャイチャとお互いの検討を身体と身体で称えあったり。
羨ましい。
羨ましいけれど、今は僕だって負けてないぞ。
私はハジメをこのまま帰すまいと、その腕にしがみつくようにして上目遣いになってみせた。
「……ね、ハジメ。せっかくだしこの後飲みにでも行かない? 昔の話ももっと聞かせてよ」
たぶんハジメはその太い腕に、僕の胸の感触を感じているだろう。
サラシを巻いているとはいえ、僕の正体が元男だと知ったらショックだろうな。
だけどそれは言わないことに決めている話だから。
今日はこいつともう少し一緒にいたいから、卑怯だけどこの女の身体も武器にして誘いをかけてみる。
「昔の話、か。……ま、でも実はハルさん連れていきたい店があったんだよ。今回は報酬も良かったし、明日は休みにしてのんびり飲むか」
ハジメのそんな了承の言葉を最後まで聞くまえに、もう僕はハジメの腕を引っ張ってステーションの外へ歩きだしていた。
ブックマークとご評価が欲しい。
それが作者が残した最期の言葉でした。
TS娘はその言葉が忘れられず、ずっと待ち続けています。
あなたのブクマを。ご評価を。
あ、あとご感想も待っているらしいです。
いいねも嫌いではないらしいです。
そう、人間という生き物は悲しいくらい欲深いものですから。




