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33 巨人戦/撃破

 読者の皆様、お読みいただきありがとうございます。

 今回も残酷描写と科学知識が多目となるので、ご注意ください。



 ユールの野太刀が巨人を真二つにした直後、ユールは宙へと逃げ出した。

 瞬間、彼女のいた場所には4つの腕が突き刺さっていた。



「!! よかった……無事、ですのね!」



 血飛沫を一切上げず、巨人は2つに裂かれた体から分裂した。

 病的な肌色の断面は、直ぐに補填されていった。まるで、霧が肉体を補填しているかの様に。



「まさか……ヨトゥン」



 霜ではなく、霧氷の巨人。

 『神秘妖精』であるトロルの原点である、好戦的で獰猛な『人喰らいの巨人』。

 尖った知恵を持ち、人間を積極的に襲い、常に人血を求める。確か賢者教育で学んだ内容によれば、大体地球北欧神話と一致していたはず。


 高い生命力、つまり再生能力が厄介だな……これは、厳しい戦いかもしれない。


 一応霧を晴らしてみる努力はするが、難しい。確か霧の発生原因は、えっと……暖かい湿った空気が冷却された時の温度差が原因。でもって、湿った生暖かいこの世界の空気とオーク鬼の発する冷気。


 なるほど、なるほど……これは本気で私とユールを殺しにきているというわけか。

 もちろん負けないけれど。


 手を握りしめ、科学知識を思い出そうと考える。

 斬り刻むユールは己の血で赤く染まり、息を切らしていた。顔色も悪く、目を何度かこすっている。体の動きも若干鈍く、ヨトゥンの腕や鎖武具に接触する回数も増えてきている危うい状態か。

 明らかな貧血状態。体内血液量1/3を切ると妖精であっても死ぬだろう。


 あんまりもう時間は残っていない、か。


 私に今できることは1つ。

 外気温を一気に上げ、湿度を下げること。


 温度は下げる方が簡単だが、『霜の巨人』の異名を考えると再生力をさらに上げると考え却下した。また、湿度どころか水浸し案も考えたが、海の巨人『エーギル』の存在を考慮すれば水場も余裕だということが容易に推測できる。


 だから温度を上げて乾燥させる……つまり、砂漠化を人工的に起こす必要がある。


 大幅にこの環境を変化させることで一体どんな影響があるか。

 妖精郷との今後の関係を考えれば控えたかったが仕方がない。


 だってそれ以外に生存方法はもはや残されていないのである。恐らく霧さえ晴れれば逃げるのも戦うのも可能となる。選択肢を広げねば、勝機は無い。



[ユール、もう少しだけ、ええ、ティーを淹れる刻程は耐えられるかしら?]



 尋ねると、野太刀を振るいながら[問題ない、我が主人]と返した。


 さて、もう色々吹っ切れた。いや最初からだったか?

 遠慮せず、環境破壊しよう。人間らしく、泥臭く。生存圏ならぬ生存権を獲得するためにも、科学の力で幻想世界(ファンタジー)を粉々にするか。



 主に使うのは、土属性と風属性、そして火属性の言語。

 命令文で指示するのは、それぞれ次の通り。


土属性:可燃性物質と防護物資・場所の作成。


 主にエタノールとエーテル、そしてプロパンを精製した。


 エタノールとエーテルは、その揮発性で地面を完全に乾燥させるのが目的である。また、外気温を下げることもこれで可能となる。

 プロパンは拡散し、着火させること。確か爆発的に外気温を上げることが目的。確か発熱時の温度は20,000-30,000kcal/Nm^3だったはず。参考までに、ガスストーブの熱量は大体238kcal/ Nm^3くらい。(※)

 これならさすがのヨトゥンも霧発生どころではなくなるだろうと考えた。


 次に作成したのは私とユールを入れる頑丈かつ狭い避難場所。流石にこの熱量では耐えられないからである。耐久度を加味してコンクリートで囲んだ中、シリコン系の耐熱遮断材で覚えているものを使用。

 ただ、モヤっとしか構造覚えていなかったので不安が残った……念のため地下に設置。


 そして最後にケブラー繊維性の防護服も念のため。パラフェニレンジアミンとテレフタル酸クロリドの重合。何度か作った経験があってよかった。前世高等学校時代、渾名が『軍曹』だった化学教師の無茶振りに感謝しておこう。



風属性:プロパンの圧縮、エタノールとエーテル、似非LPLの拡散。以上。



火属性:最後に遠隔操作で着火。以上。



 この中で一番時間かかるのが、地味に火属性だった。

 結局どう頑張っても遠隔操作がわからなかったので、土属性で気球を作り上げて時間で風船が溶けて落ちる様設定した。風属性で余計な風が起こらない様周囲の気流を止めているものの、いつまでもつか……もう少し天候について勉強しておくべきだったか。

 いや、今言ってもしょうがない。

 兎に角生き残ること優先で、反省や後悔は後だ。



[ユール戻って! お陰様で準備が終わりましたわ!!]


[そう、ッ!? グッ……!!]



 私の声に集中力を一瞬失ったユールは、巨人の振るった槍に右腕を突かれた。結構深く入ったらしく、血が止まらない。ただでさえ、ただでさえ出血がひどいのに!



[!! ユール!!!]



 心配で叫ぶと、何でもないと言わんばかりに立ち上がった。だが、先ほどより明らかに精彩を欠いているのがわかった。空元気で、急激なアドレナリン上昇で、どうにか今立ち上がっているのだろう。

 心なしか、体も点滅してきている。


 やはり……あの姿でいられる時間も制限付きか!



[今すぐ向かう!! 主人はそこで、待っていてくれ!!]



 飛んできた槍を往なして鎖を野太刀の柄で弾き飛ばし、返す刀で槍の穂先を本体と分裂させたユール。巨人の腕から繰り出された衝撃に乗じて、こちらに飛んできた。


 宙に体を放ったユール。

 唖然と見ていると、まるで魔法が解けたかの様に身体が萎んでいった。


 時間が来たからなのか、あるいは力を使い果たしたからか。彼女を包んでいた紅色のベールが次々と抜けていく。やがて野太刀は針程のレイピアへ、全身鎧とマントは剥がされて軍服へ。


 そして、本来の姿に戻ったユールは私の手の中へと無事着地した。途端、よろけるユール。原型を留めないほど赤黒く切り刻まれた青地の軍服。全身傷のないところを見つけられないほどの大怪我。

 そんなボロ雑巾の様な姿だが、それでも泣き言は言わない。


 意識を失うまで、彼女は立派に『騎士』だった。



[主人、殿……役、ッ、立ち……した、か? 少しで、も……]



 必死に尋ねてくるユールへ、私は涙をグッとこらえて答えた。



「ええ、ええ、貴女はとても役に立ったわ……むしろ、無理しすぎですわよ! でも、あなたのおかげで2人とも助かるわ! ……ええ、きっと助かる、助けてみせるわ!!」



 それを聞くと、安堵した様に顔を緩めたユール。震える小さな体からは相変わらず止めどなく流れ、私の指を紅に染めた。

 それでも臣下の礼を、騎士の礼をするユール。


 止めようとしたが、彼女の真剣すぎる表情に言えなかった。


 血の気が引き、小刻みに震えながら胸に手をやり、頭を下げたユール。そして、真っ青な顔で絞り出す様に声を出した。



[申し訳、少し……休み、っ……]


[!! ッ、後は任せて……それよりユールはしっかり休んで……本当に、ありがとう、ありがと……!!]



 巨人の拳が頭上を通り過ぎる。いつの間にか接近していたらしい。



「……不意打ちへ無粋、とはもちろん言いませんわ…………ですが、感情は別ですわよ」



 人間だからね。


 防具服のまま地面に転がり、ぽっかり空いた穴へと這う。

 巨人はまるで、私を弄ぶ様にスレスレを殴り、穂先の折れた槍や鎖を飛ばしてくる。


 だが、私へ一切当たらない……いいえ、当てていないのか。

 そして、無様に地を這っている様子を見てなのか、大声で嗤い始めた。あの耳障りな、機械の様に甲高い音で。



 私を舐めているのか? 油断してくれている?

 好都合だな。


 嗤う巨体を背に、私はしゃがんだまま走った。


 そうか、そうか……舐めてくれているのか。

 ならばいい機会だ。



「……私の実験、付き合ってもらいますわよ!!」



 ユールを防護服下の胸元へ入れ、無事辿り着いた穴へと潜った。

 穴に入った瞬間塞ぐ。瞬間、怒ったような音と、叩き潰さんばかりにドスドスと足踏みする音が体の底から響いた。


 だが残念ながら表面は炭素骨格、ナノカーボチューブを入れている。下手な鉱物より強力な素材。

 叩いても、そう簡単に壊れまい。


 その間に、お前を焼き消してやる。


 私だって怒っているの。お前たちにもそうだが、戦闘で完全足手まといだった自分が本当に情けなかった。

 だから、これは鉄槌であり、八つ当たり。


 それくらいのことをしたのだから甘んじて受けるがいい。


 その間にも術式は正常に発動。魔力消費量は全体量65%くらい。

 後は数分待ち、衝撃と熱へ耐えられるかが肝。







!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



 頭上で轟く凄まじい爆発音。

 花火の比ではなく、直ぐに耳が聞こえなくなった。


 正直鼓膜が無事か不安だが、仕方がない……耳栓用意しておけばよかったか。



 いや、今はそれより暑い。違う、凄まじく熱い!!

 火傷、してしまう……魔術式、メモリにあったやつ、えっと、えっと…………あ、アアア、あった!!!


 複製し、発動。まだ熱い。

 複製し、発動。まだまだ熱い。

 複製し、発動。まだまだダメ、熱い。






 一体どれくらい経ったのだろう。もう魔力はほぼ空状態。

 でも、一応温度は大丈夫か? ……大丈夫か。


 自分の被害状況は……手の表面に水ぶくれが少しある感触はあれ、それ以外は何とか無事だった。

 ユールは私の胸元にいたので怪我以外は無事……ッ!!


 そうだった、早く手当しないと!



 外はどうなった? 霧氷の巨人は? オークナスは?

 出ても大丈夫なの?


 考えたら駄目。それより手を動かす!


 無事だった鞄から、清潔なさらしを取り出す。ブカブカな防護服の内側に念のため入れておいたのが功を奏した。そして、ユールの軍服を脱がして裂けた包帯を取り外し、次々巻いていく。



[グッ……ッ!! ッ!?]



 痛そうに顔を歪めるユール。本当はアスピリンがあればいいのだが、今は魔力が5%くらいしか残っていないから製造は無理、か。


 もはや打つ手はない、私にはこれ以上の治療は無理……このままだとユールは、ユールは、っ!! 思わず涙が出てくる。


 いいえ、考えるのです。立派な臣下を持っているのならば、私も立派な主人でなければならないのです! そう自分に言い聞かせ、涙を拭いて私は再び考えた。


 どうすればユールは助かる?

 薬は製造できないし手持ちにもない。魔力もほぼ底を尽いた。

 そこまではわかっている。


 その上で、現時点でここを脱するのは危険が高く、外の様子は不明。ただ、さっきから音が聞こえてはいる。まるで、私を呼ぶ「お〜い!! どこだ、どこに埋まっている? さっさと返事を」!!



「せんせぇ、カル先生ぇ!! ここです!!」


「!! そこか! 今出してやる、待っていろ!!」



 突然視界が晴れ、外気に触れた。

 予想通り乾燥が強い、まだ若干熱の籠った空気。実験は成功したか。だが今はどうでもいい。



「助けてぇ……ユールが死んでしまいますわぁ」



 先生を視界に入れた瞬間、もう耐えられなかった。

 風景が歪み、大粒の涙が漏れる。次々、止まることなく、大豪雨にでもあったみたいに涙が止まらなくなった。



「悪かった、遅れて……!! それ、ユールなのか!? っ、待っていろ! 今助けるから……」



 自分の鞄を探り、一目で『ポーション』だとわかる丸底フラスコに入った液体を取り出した先生。栓を抜いて中身を掛けた瞬間から蒸気を上げ、あっという間にユールの体は再生していった。



「本当は時間かけて直したほうがいいが、今回は仕方がない……ちょっとずるい手を使ったが、副作用があるから多用はするなよ?」



 そう呟きながら、テキパキと処置していく先生。

 やがて、ユールの穏やかな寝息が聞こえる頃、意識を保つのもやっとになった。


 ああ、もうだめだ……



「安堵したンだろ、3日間よくがんばったな。しっかり休め、後は任せておくといい」



 頭上に先生の手の温度を感じた瞬間、何故か本当にホッとした。その瞬間もはや瞼の重に抗えず、私は眠りに落ちたのだった。


明るい話になると言ったが、あれは嘘だ。

(ごめんなさい、無理でした)



3/31 (※)

ガスストーブの計算式→1000[W]/4.2 = 238[kcal/Nm^3]で計算

参考文献:なし


プロパンガス(正確には天然ガス)の数値→ 20,000-30,000[kcal/Nm^3]

参考文献:第3章 燃料と燃焼 https://paperzz.com/doc/6051155/第3章-燃料と燃焼

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