31 花火魔術の開発/汚い花火
いつもお読みいただきありがとうございます!
また、この度は感想とレビューありがとうございます!!
遠くから呼ばれるような気がして、ふと目を開いた。
「……に、べに、紅!」
すると、そこには夫がいた。
私の夫……宗介さん。
赤銅色の肌に切れ長の黒目。少し赤茶けておりボサボサな髪。枝毛だらけで寝癖がつきやすい髪の毛。整えればかっこいいのに、そういえばそのままにしていた。
でもそれを実は、内心嬉しく思っていた。
あのフワフワを撫でるのは密かに好きで、よく撫でていたのである。膝枕の時とか色々。
あの凛々しい目が緩み、優しく見上げる瞬間。
何故か目があうと胸が締め付けられ、いつも、たらの芽みたいにほろ苦い、切ない気持ちにさせられた。でも決して嫌ではなく、むしろずっと感じていたいくらい好きだった。
その目が何故か今、とても悲しそうな色をしている。
名前を呼ぼうとして、声が出ないことに気がつく。
なんども声を出そうと口を開くが、全く音が出なかった。
「紅……べに……」
震えるような低い声で私の名を呼ぶ宗介さん。時折鼻をすすり、しゃくりあげる声が混じっていた。
そんな夫へと手を差し伸べて、触れようとして……手が、すり抜けた。
そこで、私ははっとした。
そうか、死んでしまったのだと。
苦しさを耐えるかのように眉間に深い皺が寄せる夫。
耐え忍ぶように握られた手は小刻みに震えていた。このままでは手を怪我すると、慌てて手を取ろうとした。
だが、やっぱりすり抜けた。
夫の手からやがて血がにじみ出て、床へポトッ、ピトッ、と次々赤色の滴が溢れた。
「紅……いくから、待っていろ」
宗介さん……
待っています、あなたのことをずっと待っています。
だから、だからもう少しだけ……あなたの顔を見せて。
そんな私のささやかな願いはだが、叶うことがなかった。
意識が徐々に遠ざかる。
いや、むしろ意識が浮上してくるといったほうが正しいのかもしれない。まるで、そう、夢から目覚めるかのように。
「置いて行かないで……紅、べに!!」
夫の私を呼ぶ声が聞こえるが、私も意識は徐々に白くなる。
夜明けみたいに。
ああもう、お別れなのね……ごめんなさいね。
だから、また会いに来てください。お願い、私も会いたいの、会いたいの、宗介さん。貴方を愛しているわ。
愛しているから、ずっと。
・
・
・
・
・
目覚めてすぐ、目が腫れぼったい感じがした。
手をやれば、涙の痕跡を感じた。かゆい。塩にかぶれたかな。少し赤くなっているのかもしれない。
何故泣いて……ああ、悲しい夢でも見たのか。
内容は思い出せないが、酷く切ない、大切な何かを失くした夢を見た気がした。
「ンンッ……」
気を取り直して伸びをする。身体中が痛いが、鍛えていた分以前よりはマシ。
そして起き上がり、周囲を見渡す。
「昼間、いえ、もう夕方ですわね……」
少し黄金に傾きかけた夕日。遠くの空を舞うカラス。
目前に広がる荒野……いや、元森!
そうだった。
ここは妖精界、影の国。
徹夜でオーク鬼と戦った場所だ!!
「!! ユール?」
彼女は無事だったか?
〈! 主!!〉
「!!! ゴブッ!!?」
すごい勢いで何かが鳩尾へと追突し、一瞬意識が遠のく。
意地でもってなんとか痛みに耐える。だがとても痛くて、先ほどとは別の意味で涙目になり、暫し悶絶した。
ようやく落ち着いてくると、静かな「ヒッ、ヒッ」という声が聞こえた。小さくしゃくりあげる声だろうか。
声の発生源はユール……嫌な予感がした。
まさか怪我でもしたか?
〈ユール、ご無事ですか? お怪我はありませんわよね?〉
凍傷一歩手前だったのだから、有り得る。
そして慌てて彼女を見るが、どうやら大丈夫そうだとわかる。手足も指までちゃんと付いているし、尖った耳も問題なくピコピコ動いている。羽も無事。
よかった……じゃあなくて。
〈では何が悲しくて泣いているのです?>
そう尋ねてみると、か細い声ですすり泣いた。
<すまない、私のせいで……私が、私が……主人を、主人へご迷惑を……>
益々泣き出すユール。
私は彼女の頭を撫でて、また心音を聞かせた。
〈……ごめんなさい、ごめんなさい、……〉
ズキリとした痛みを鳩尾に覚えるも、我慢。この程度の痛みならば耐えられる範疇だと自分へ言い聞かせた。
そうしてしばらくすると、ユールは寝入った。
ホッとして、私は崩れ落ちた。
うぅ、やっぱり全身痛い。
転んだ足首も、擦り剥けた指も、そしていつの間にか肩にまで怪我を負っていたのである。
だが一番は腹筋。やはり鍛え方が足りないか。もっと精進せねば。
だが今は、帰ることを考えよう。
ここで、鼻にツンとする鉄錆の臭いを感じた。
ユールが寝入ったと同時に空気清浄フィルターの術式が解けたようだ。ということは、魔力2%で術式をかけられなかった私の代わりをしてくれたのか。
しかも、私からの魔力供給が無い中。
少ない魔力でよくやってくれたなぁ……
あたりを見ると、魔物らしき動植物の遺骸が積んであった。
どうやら私の意識がない間、戦闘面でも守ってくれていたらしい。鋭利な断面を見る限りでは、ユールは相当な手練なのだろう。だがこの数は相当骨だったはず。
手の中で眠るユールを見ると、やはり怪我を負っていた。
場所は、右肩、左脇腹……そして両足だろうか。青黒系の騎士服へ所々血が滲んでおり、一部は皮膚深部まで切り裂かれていた。特に重症なのは太ももか……
鞄に確か、傷薬があったはず……あった!
起こさないようそっと脱がし、生成した水で濡らしたハンカチで拭いていく。『浄化』も念のためかけておく。本当は消毒液とバンドエイド等欲しいし、多分このくらいひどい怪我は本来傷口を縫う必要があるだろう。
だが無いものは無いし、後者に至っては医者でなかった私に知識があるはずもなく、諦めるしかなかった。
痕になるかもしれない……いや、悩む前にできることをしよう。
別のハンカチを裂いて、傷口が開かないよう覆っておく。血管を圧迫しすぎない程度にギュッと縛る。その時一瞬苦しそうな声を上げるユールへ、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
一通り処置が終わり、隊服を戻した。
もう直ぐまた日没か。
自分の体内魔力の残高を再度確認してみると、回復していた。
見事に量が増え、回復速度も上がった。
! これならいけるか……花火、10個。
いや、その前に修行も兼ねて『術式編集』やるか。
メモリへ保存しておいた『花火』術式を見て、無駄な部分を省いていく。
魔力消費量が多かったのはなるほど、そういうことか……魔粒子から原子への変換で変な工程を幾つか含めていたからだ。
魔粒子という地球に無かった物質は、指定した原子になるまで電子と中性子を増やす機能がある。私のやっていた無駄は主に、『魔粒子→目的外原子→目的原子』という工程の命令文を作っていたことである。
これを『魔粒子→目的原子』にすると……やっぱり大幅に削れたか。
なら試してみよう。
魔力を放出して空気中の魔粒子へ干渉、命令文を起動させ、その通り魔粒子をうごかす。だが、やはりワンクッションおいてから目的原子になっているな……どこがダメだったのか。
・
・
・
検討を繰り返してようやく完成した術式は、約1/12倍の魔力消費で花火を5個生産することを可能にした。同時にこれで、『術式拡張』を理解した。
魔道具、間に合うかもしれない……っと、やっぱり来やがったか!!
花火の短い導線へと火をつけ、各方位へと投げる。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
爆音がいくつも鳴り響き、青白い色が漏れる。
火薬くさいが、仕方が無い。
次々減っていくオーク鬼。
よし、いける!!
〈!! 一体何の!? 主人殿?!!〉
爆音へと目を覚ますユール。
驚いた様子で周囲を見て、混乱したまま私を見上げ、そして、手の中の物体(花火)を見て指差した。
〈これは花火ですわ……ただし、殺傷力の高い!!〉
ドゴォオオオオオオオオオ、ドゴォオオオオオオオオオ
投下されては爆発する花火。
心なしかオーク鬼は顔を歪めており、自ら下がっているようにも感じた。いや、実際に下がり始め、発生源の中へと戻っていく。
だが、まだ諦めていない個体もいるようなので……次々投下!!!
〈これは便利ですな!!〉
目を輝かせてユールは花火の爆発を見る。
〈ええ、ですがとても危険なのですわ。危険すぎるので、本当は出したくなかったのよ〉
危険思想持ちに例えば渡った場合、テロが起きるかもしれない。
特に金属の炎色反応や炎の性質は危険なことが多く、厳重注意だ。
〈なのでこんな機会でしか私もつくりませんので……堪能するなら今ですわよ〉
オーク鬼が吹っ飛び、ユールがケタケタ笑う中、総数70個の花火を投下したのだった。
その夜は辺り一帯のオークを早々に消滅させ、最終的に睡眠時間を確保することに成功した。
この調子で頑張り、昼間何とか移動できるようにしよう。
そう思って早3日目の夜。
オーク鬼の親玉が姿を現したのだった。
花火の使い方、絶対真似しないでください。




