閑話 賢者の迷走(暴走)
読者の皆様、いつもお読みいただきありがとうございます!
そうそう、数日前『28 夜の森歩き』に挿絵入れたのでご覧いただければ幸いです。
空を見上げる。
真っ黒なインク色の空が徐々に白くなってきており、星光も見え辛くなってきた。森の動物も各々の巣へと戻り始め、夜の時間の終わりが刻一刻と迫っているのを感じた。
明け方の始まり、もう直ぐ日昇。
それまでに生きていたら賢者試験合格基準を満たす。
だけど、だ。
「やはり厳しすぎたか……だが、これは必要なことだった。必然だったンだ」
誰に言うでもなく、自分へ言い聞かせる様な、言い訳染みた言葉が出た。そんな自分の様子へ思わず乾いた笑が漏れ、溜息をついた。
今頃死に目にあっているかも知れないな、ルルーティアは。
だが、すまない。それも必然だ。
俺がまさかあんなユールへ掛けられた移転罠、気がつかないわけがない。
それをわざと残して、試練としたのだからな。
苦しいかもしれんが、それも全部お前のためだ。ルルーティア頑張れ。
敢えて馬鹿弟子には勘違いさせたままにしたが、あの賢者育成プランに書かれたリスト、あれを全部やれと俺は一言も言っていなかった。
あれはあくまで理想であって、全部丸まんまやる必要はどこにもない。俺だって前任の賢者に渡されたリスト全達成は不可能だったし、俺の師匠も無理だったと知っている。
だから、その中の幾つかを満たした上で、現賢者を納得させればいい仕様となっている。
もちろん全部達成すれば、師を超えた賢者として認定するが。
仮にそうなれば、彼女の願いは簡単に叶うだろう。
俺たちと違う完全な『賢者』になれば、あいつの目論む『王族との婚約(候補)解消』を達成できた上で生涯独身でも文句が出ない立場となる。さらに、この国限定にせよ発言権は王族や下手な宗教家以上となり、家族を含め誰からも手出しされなくなる。
そのためには、事実上不可能を可能にしなくてはならない。
そして、その道には苦難しか待っていない。
それをあの子にやらせるのか?
公爵家が無ければ簡単に壊れそうな、あの貴族の御令嬢に?
俺にも、歴代賢者にも……いや、初代の1人を除けば誰1人として達成できなかった事を?
確かにアレを達成することは『賢者』の存在意義だろう。
アレは『世界』が俺たちをここに召集した理由だろう。
天文学的な確率の上、俺たちを、いや、俺たちの記憶や意識を、この世界の同じ『肉体』へ招いたのは、言うなれば『前払い』みたいなもンだ。俺を含む歴代賢者は全員そういう結論に至っている。
新たな生というチャンスをやるのだから、アレを達成させろと。そんな無茶振りをしてきやがったのである。
まあ知ってはいたが、『世界』はどこも理不尽極まりない。
結果的に俺は失敗した。失敗中の大失敗。
失態以外の何ものでもない。
おかげさまで今回もまた酷く無様な死に方をすることは確定している、前だって碌でもない死に方をしたのに。今度こそはとは思っていたが、達成できていないどころか停滞させた責任は大き過ぎた。
しかし、俺だけの責任ではないのも確かだったりする。『世界』自体の怠慢と、歴代がやらかしたツケ。この2つが大き過ぎた結果だ。
正直な話、最初現状に頭を抱えて「何故こうなるまで放置した」と文句を言った。まぁあの時まさかヨハン(現イスカリオテ公爵)に聞かれ、その上助力してくれるとは思わなかったが……何とも因果なものだな。
今まさに俺の、俺たちの失敗を、全部あいつの愛娘ルルーティアが背負うことになるンだからな。こっちの重責も苦労も失態も、何もかも知っているから、あんな風に殴られるのも当然だろう。
親としてはまぁ目指して欲しくなかっただろう、本音を言えば。
だけど、彼女の背中を押したのは本人が望んだのと、失敗しても何とかできる力をあらゆる方面で持っているからだろう(嫁にやりたくないっていう邪念も感じたが)
あいつほど貴族らしい貴族はいないし、権力に対する責任を負っているやつもいない。
だが、あいつは一つ分かっていないことがある。
娘を、ルルーティアを守れるのはあいつが生きている間だってことだ。
あいつが死んでしまえば、あっという間に悪い大人がやつの妻ごと拐って政治利用するだろう。で、やつの妻も娘を人質に取られれば、言いなり。
大方一度婚姻関係を結んでポイ捨てするか隣国へ出荷するか。最悪の場合は家畜扱いだろうか。
そしてイスカリオテ公爵領の民が一斉蜂起、妖精界も何かしらやるだろう……『グレンデル』の血筋を、同朋を惨殺したと。
そして世界が再び停滞(あるいは逆行)し、また『賢者』が呼ばれ、歴史が繰り返される。
まあその前に、父親の死後あいつならば母親を救うために『人』を捨てて妖精界へ逃げるか、あるいは手遅れならば責任感で自害するか。
まだ子供だってぇのに、悲惨な未来思い浮かばねぇな。
まあでも、それが真の『賢者』になるってことだ。
それくらい、真の『賢者』って厳しいンだ。
だからあいつには『時代に喧嘩を売る』という項目はやらせられん、そうするわけにはいかない。
だから、『8. 生命危機から自力で生還する』をもう一度、俺の納得いく形でやらせようと思った訳だ。いつか機会があれば。そんな機会がそう簡単に巡ってくるとは思っていなかったが。
今回ユールについていた移転の罠を敢えて放置したのも、『グレンデル』としての試練を見せてもらうためだった。修行を見ていて、今の本気を出せば殺られることはないと判断したからである。
だが、やっぱり心配だ。
やはり付いて行くべきだったか……賢者の試練。
いや、駄目だ。そう何度も自分へと言い聞かせた。
弟子を信じると決めた以上は静観せねば、それは師匠とは呼べない。だから黙って見ておけ、と。
「ッ!!」
眠気に一瞬負けたのか、登った樹上からずり落ちそうになる姿。やっぱりこんな危険なこと、本当はやらせたくなかった。
ああ、手だってボロボロだし、かわいそうに瘴気を吸い込んで苦しそうにしている。それにあの格好ではオークナスを相手にするには薄手すぎる。
やはり早かったか……いや、今でなければ駄目だった。
思い返す。
公爵家での顛末。襲撃者に対する甘すぎる対応。
あんなの、殺しても誰も困らない存在なのだから、危険が迫れば自己防衛として惨殺すればよかった。俺でも使えない不可思議な『世界の見解』を理解し、利用できる経験も記憶として持っているのだから、できないはずないのである。
なのに、何もしなかった。
もちろんジャックがいたことも一つの要因だろう。あいつは赤子を扱うかのように何から何までルルーティアの世話をしたがるからな。
それこそ彼女の未来における可能性を奪うレベルまで。
だがそれにしたって俺的には有り得ない。
ジャックが来る前の時間の対応、あれは一体何だ?
あの状況で見つかっていれば、どうなっていたか。
大方退役軍人を盾に無抵抗に降伏、後奴隷。碌な末路ではないだろう。
あの様子を見て、あいつには危機的状況を自力ではね退けさせねば今後やっていけないと確信した。本気を出し切れておらず、適切な場所で使えないがために、今後その力を利用されたりあっさり死んだりしかねない、と。
ルルーティアは間違いなく前の世界平和だったのだろう。力を使うことへの躊躇や戸惑いを感じる。無意識に殺傷能力ある攻撃を使わないのである。
それなのにあいつは常に、本気を出さないと生き残れない状況にある。
あの父親に重責も権力一点集中しているあの家は、最強の盾でありながら空間属性の魔術さながらの紙一重な危険性を孕んでいる。加えて、教会と貴族へ同時に喧嘩を売っている以上は今後も襲撃は激化するのは間違いない。
だから、襲撃者は今後も増える。
しかも今回、結界に綻びがあった……ありえない方法で捻壊された場所が。
結界は一応修繕した上改善もしてきたが、今後あれだけで対応できるとは思えない。おそらくは隣国の仕業か……あの国がまさか魔導具をあんな使い方するとは思わなかったが。
公爵邸に貼ってある結界も時間の問題か……一応迎撃プログラムは考えておくが、多分完全に防げるということはない。
やはり弟子には自分の身を自分で守ってもらわねば。
[ぅうん……ル、ル……ムム]
今は穏やかに眠っている悪戯小僧の寝言を聞きながら、こいつが起きた時にどう言い訳しようかなどと悩む。ルルーティアの現状知ったら烈火の如く怒るだろう。下手を打てば多分、こっちが殺られる。
こいつもそういえば、難儀なことだな。
生前何らかの接点があった様で、今や弟子へ一方通行な恋慕を抱いている。
いや、恋なんて生易しいモンではなかったな。どちらかといえばドロっと濁った黒い何か……強いて言うなら『執着』だろうか。
彼女を見つめるジャックの視線、あれは危険だった。ただでさえ軽い瘴気に当てられる程悪寄りの中性的な妖精なのに、このままだと近いうちに堕ちるだろう。
そもそも、ルルーティアは貴族でこいつは妖精(しかも雑種と思しき不明種)。
妖精と人は今や恋人にも夫婦にもなれやしないというのに、一体どうするつもりなのか。
その点に関して妖精王や妖精王妃からも注意は受けていたが、はてさてどうしたものか……最悪の場合は消されるかもしれないっていうのに。
「グッ……!!」
! ルルーティアが行動を開始したか。
何をする気だ、そのまま陽光が出ればオークナスは消滅するのに。
!? ……っ、そう音を立てれば気が付くに決まっているだろう!!
「生きて、生きて帰るのですわ!!」
そう言いながら、一つ目、二つ目……そして三つ目の何かを投下。
みればそれは先端が燃えている。
目をつぶり、耳を塞いだルルーティア。
ドドォオオオオオオオオオオオン
一瞬ものすごい光が映像を通してこっちへ迸る。
音もでかい。
何だ。
何だ、これは。
おいおいおい、これは夢か? 悪夢なのか?
あいつあんな顔して人を、生物をちゃんと殺せるじゃないか。
オークナスだって、分類学上は一応『人類』だぞ?
なのに、平気な顔で危険物を投げ込めるじゃないか。
喜び、泣いて、そして眠った弟子。
その手元を見て、ふと俺は思い出した。修行時あいつが言ったことを。
「先生、先生は花火を知っておられます?」
「花火? そりゃなんだ?」
その時やつは、金属を燃やすと……やはり土系統、いや、『原子系統』。そして、よく燃えたり爆発したり、後は水に入れると燃えて毒を作る金属なんて代物もあったか?
実物はこんな、こんな危険物なのか……危うい。実に危険だ。
仮にこれが悪意ある人間、違う、多くの人間の手に渡ればどうなる?
戦場にあの光と音を持ち出せば、どうなる?
今までなら、しょぼい魔法が使える人間同士の小競り合い程度で済ませられた。だが、この知識と技術があれば違う。全部、ガラリと変わってしまう。
そうなれば、何が起きる?
この世界はどうなる?
「世界よ、本当にお前は望むのか?」
ちょっと待てよ、今恐ろしい事実に気が付いた。
あいつの前いた世界って本当に平和だったのか?
そんなわけないだろう!
いや、あんな物騒な攻撃方法が存在する程には荒れていたのだろう。
でなければ、あんな技術や知識は開発されない。それに、あの平和ボケした彼女があんな危険極まりない攻撃を思いつくはずがない。
「世界よ、お前はいいんだな。ガラリと様相が変わるぞ」
俺たちがなせなかったこと、あいつならできるかもしれない。
あいつならば、俺たちの長い悪夢を終わらせられるかもしれない。
こんなクソっ垂れで理不尽な世界をぶっ壊してくれるかもしれない。
そして本当に『本物の賢者』に……
「なら俺は、俺にしかできないことをやってやる、やってやるさ」
口角が自然と上がった。
何だ、望んでいいのか。俺の師匠が俺に託したように、俺も俺の夢を託していいのか。
ならば、一緒にやるか。
世界に、時代に、喧嘩を売ってやろう!




