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19 食品保管/賢者乱入

 読者の皆様、ブクマや評価をありがとうございます!



 2週間が過ぎ、ようやく賢者先生が我が家に来る予定日となった。カル先生の領地は妖精王家夫妻が変身上手な妖精である『Puka』に任せることで決まったらしい。

 手紙では、まとまった時間が取れたのでビシバシいくと書いてあった。楽しみだ。



「マリアン、例のアレは?」

「大丈夫ですよ、お嬢様。料理長が張り切って用意しましたから」



 賢者仮免許取得者として、先生には目に見える成果を見せたい。

 特に、今は成る丈早く『時代へ喧嘩を売る』という項目を達成させねばらない。そして『賢者』にならねば。

 第三王子との茶会が近いので、婚約候補者を一刻も早く降りたい。


 そうして色々考え、私は何を一番頑張ったかをリストアップしてみた。

 今行っているのは、①孤児院を通じた『浄化』ポピュレーションアプローチ、②公爵家から始める『飲める』水道事業、③公爵家使用人(調理室中心)の衛生教育。この3項目か。



 まずは孤児院での活動について考えてみた。


 始めたばかりで、まだ殆どスクリーニングとアセスメントの段階。PDCAサイクルでいうところのPlan未満。

 尚、先日行った孤児院での衛生教育はDoの段階であり、Checkは1ヶ月後になっている。


 最終的にActionを取る前に結果を論文化してお父様とカル先生へ披露するつもりだが、まだ時期尚早と言えるだろう。保留決定。



 では次点の、公爵邸の水事情に関して。

 う〜ん、ちょっと厳しいかもしれない。


 水周り改善については最初こそ私も関わってはいたが、今はちょっと離れてしまっていた。

 それに、未だやばい魔物が湧いた部分は未解決状態である。


 実は冒険者ギルドでお父様が出した依頼は未だ受理されていない。湧いた魔物があまりに危険だったからである。

 魔物の特徴が脱走事件中森で遭遇したミミック・スライム系の魔物と類似していることが判明し、現在依頼レベルを上げる事を検討中なのだとか。


 尚、現在の対処法としては、空間ごと出ないよう魔法で封じているらしい。お父様が。

 原理は不明だが、固有魔法だという心躍る言葉が出てきた。


 そうした事情で、危険なので近づくなと当主命令が下ったことから、あの後は関知していないのである。


 それに、まだ肝心のカラムクロマトグラフィーの方法は未着手である。

 折角賢者に接触できたので作りたかったところではあった。あったのだが、予想以上にシリコン等の原料物質が高かったのである。当初予定していた予算をオーバーしたので実験を断念(無念)。


 それに、現状としては今行っている事で手一杯。

 二頭を追うものは〜……何て言葉もあるくらいだ。後回し決定。


 そう考えて、やはり水周りに関してカル先生へお披露目するのは保留確定。せめて、イオン交換水の技術を最低限確立してからお披露目するとしよう。



 最後に、公爵邸勤務の使用人、特に調理室への衛生教育。

 これはどうだろう。いけるのでは。


 調理方法はさることながら、食材管理や殺菌方法等はだいぶ改善された。中世文化はまだ抜けていないものの、近代にはグッと近づいたと思う。

 それに、調理服の導入はスムーズに進んだ。色は生成り色で、上着と腰巻型のエプロンを導入した。ズボンはこの時代だと細かい計測を要するので予算が下りなかった。世知辛い。


 一方、『浄化』の使用率は先日100%を達成。料理長が頑張った(物理)らしい。嫌だと逃げようとした料理人見習いが頬を腫らしていたと伝え聞いた。


 食の細く体調を崩しがちだったお母様も先日食事量が増え、日中宮廷礼儀の一部を見本として私へ披露できる程になった。顔色もよく、食後に起こっていた腹下しや嘔吐の機会も減ったとのこと(明らかに食中毒)。


 うん、予想以上に成果が出ている。いける。

 即日、料理長へ相談した。



 だが、料理長は話を聞いて、熟考するように黙り込んでしまった。


 ただでさえ鋭い目がレイピアの先端みたいに尖り、眉間の皺が増量した。怖い羆顔がグリズリー化した様子を見て、失敗したかと怒号を覚悟した。


 料理長は使用人だが一種の職人であり芸術家。貴族相手にも怒鳴る。前職を辞したのは何も、貴族子女を気絶させた恐怖顔だけが原因ではない。

 だから、プライドや仕事を否定されると立場とか殴り捨てて怒る。命懸けで料理しているのが、今の料理長だ。


 今の料理長を怒らせるような事を知らず発言していたかと慌てて振り返るが、わからない。どうしよう。

 黙って様子を見ていると、料理長は真剣な表情で口を開いた。



「ルル嬢ちゃん、そりゃどの程度自由が許されるンスか?」



 詰め寄って質問返しされたのは、裁量権。予算がどのくらいで、本気をどの程度出していいのかどうかという確認。後、歓迎予定の客人がどの様な人物か等。

 だから、客人が最先端の技術者である賢者であることを伝え、お父様へ話を通した際に渡された手記を見せた。


 料理長は帽子を取り、頭を下げて「今の全力で取り組みます」と答えた。


 料理長の禿げた後頭部を見ながら、先日お父様と話した際に言われたことをもう一度反芻した。


 実はこの一件に関してお父様と一悶着あったのである。

 それは、料理長へ渡したレシピ本、それを元に客人へと振る舞うことに関して。



「料理長にお前が渡した料理本だが、門外不出としたよ」



 その言葉に一瞬固まった私。



「それともう一つ。今後、我が家と信頼や友好関係の無い外様へは無闇矢鱈と振舞わないよう伝えておいたよ」



 正直衛生概念を広めようとしている私にとっては不満だ。特に調理や食材保管は最優先で衛生的な安全面を整備するべきところなのである。


 イスカリオテ公爵家だって一昔前はひどいものだった。保管庫を強引に見せてもらった時の驚愕は未だ忘れられず、今も悪夢に出てくる。



 生野菜を含む殆どの食材が信じられないことに搬入用の籠や箱に入ったまま床に積まれていた。生野菜も根菜も区別なく被泥状態で放置。夏期も冷蔵しないと話していた。


 小麦粉は頭陀袋へ入れ封をせず、カビや虫、ネズミの温床になっていた。近寄って見れば蠢いていたことを考えると、きっとダニもいたにちがいない。砂を含む異物混入も見られた。


 食肉は一部吊るされていたものの、鳥やウサギ等の小物はやはり床に積まれていた。しれっと「おいしくするため熟成させているのですよ〜」など呑気に笑顔で話す料理人見習いには、一瞬キレかけた。



 そして何より恐ろしかったのは、食材の処理を同じ机で行っていたこと。

 肉と泥だらけの根菜、生野菜等を一切分けず処理を行っていたのである。


 野菜の処理も最低限泥を落としたら皮剥きをして、泥だらけの手で泥付きの籠へ戻して調理場へと運んでいた。その手を洗わない・浄化もしないまま、肉の処理へ……


 思わず場所を分けたり手を洗ったりしないのかと尋ねると、笑顔でやはり答えた。



「え? この方が早く処理できて掃除も簡単で済みますから」



 申し訳ないが、その日の夕飯は全部残した。というか、無理だった。


 サラダの野菜はあの後ちゃんと洗ったのか。

 このパンの原料は一体何%が小麦なのか。

 根菜類も肉も加熱は十分か。というか、土壌菌類が繁殖していないか。


 もう考え出したら止まらなくなって、食事するどころではなくなってしまったのである。



 そして翌日。何も食べないわけにもいかないと、仕方がなく『浄化』かけまくってご飯食べた。結果、行儀が悪いとお母様からお叱りを受ける結果になった。



 公爵家でもこんなクソみたいな食材保管状況である。きっとあの寄生虫宿屋はもっとひどいからこそ寄生虫がいた。ならばそれ以外はどうなのか。


 これも最優先で改善するべき事項だと決意、レシピ本第二弾へより詳細な食材保管方法を連載した。

 それを我が家では実行し、良好な結果が出た。


 そしてこの度、お父様はそれを隠せと申しているのである。


 折角衛生状態向上を図れる良い機会があるというのに。料理の質を見て、これはどう調理してどう保管しているのか、などと気付く良い切掛になるというのに。

 どうしてそれを潰すのか。意味がわからない。


 回想して暫くムッとしていると、黙って待っていてくれていた父様は弱々しい笑みを浮かべた。



「いいかい、ルル。あれは、あの本に掲載された料理方法や食物の保存は確かに有効だ。現に、私もフィオナも感謝しているし、ここのところ体調は良い。けれどな」



 ここで一瞬躊躇うように目を瞑って溜め息を吐き、見開いた。その目は何かを隠すように揺らいでいた。迷いの消えていない様子だった。

 何か言いたげに口を開閉して数回、やっと言葉を絞り出すように言った。



「ルル、お前自身が危険な目にあう……間違いなくあってしまう」



 違う。嘘ではないけど、真実も言っていないだろう。

 お父様が言いたいことは多分もっと別のこと。けれど、明言は避けた様だ。


 一体それが何かわからないことが何とも不気味で、しばらく頭を悩ませた。けれど分からず仕舞いだった。


 それがどうやら、料理長には伝わったみたいだった。どれだけ本領発揮して良いのか確認してきたのである。



 さて、料理長とお父様が新レシピに関して気付き、私が気付かなかった『危険性』とは一体何だろうか。あの後もずっと悩んでいたが、結局分からなかった。


 まあいい、もうすぐ賢者が来る。

 もしかしたら、前世を持つ賢者にならこの微妙な気持ちがわかるかもしれない。相談してみよう。



「ルルお嬢様、久しぶりだな!」



 突然空間が歪むと、ベラドンナ先生と河童禿げの冴えないメガネ中年が突如として現れた。痘痕はやはり、残るらしい。



「カル先生、お久しぶりです。お待ちしていました!」



 突然のことに驚き固まるマリアン、ティナ、ルカを他所に、賢者とベラドンナ先生は私の部屋へと入ってきた。


 よく考えれば貴族令嬢の部屋へ、土足で。

 そう、貴族的にアウトな状態で。


 更に間が悪い事に、賢者は変装していた。今日はまた一段とひどい。

 詐欺師顔の脂ぎった汚い中年男にしか見えない幻想である。


 間違ってもご令嬢を近づけたく無いと側近ならば思うだろう。そんな姿で侵入してきたのである。


 魔力量が高ければ平気な幻想なので、私は大丈夫。けれど、私以外は……嗚呼、駄目だったか。



「し、侵入者?! お嬢様ここはお逃げください、早く!!」



 袖下から薄い刃を取り出すマリアン。

 同じく、音もなく暗器を構えたルカと魔導具を起動させたティナ。


 君たちって武装タイプだったのか。



「我々が賊を抑える間に避難を!」



 そんな様子へ煽るように嫌らしく笑う賢者。しかも「やるのか?」 などと挑発する始末。

 収集つくのか、これは。


 そうしている内にも扉の前にも足音が複数。扉が勢い良く開くと、護衛していたミハイル・テッドを含む数名が突入してきた。



「お嬢様ご無事……賊!? 包囲しろ!!」



 険しい表情で剣を構えた兵達へ、飄々とした態度の賢者。お願いだから遊ばないで、などと嘆願する様に送った視線はことごとく無視された。


 胃が痛い……どうしよ、これ。現実逃避したい。

 でも諦めるの早い。まだこの状況なら収集つくだろう。


 幸いこういう時に限って出てきそうな妖精3人が出て「何、面白いことしているね? 遊ぶなら入れろよな!」


 まさかのヒーロならぬ妖精登場。

 訓練しているユールとカルロは幸いここにいなかったが、ジャックはやはりいたのか。


 一番の問題児でありながら、暗殺者を容易に捕まえる要人警護の腕前と大陸共通語を1日で覚えた有能さを持つジャック。今日ばかりは真面目に対処して欲しかったが……ダメか。


 あの笑顔は遊ぶ。間違いない。


 ふと、ジャックの手に生臭い生卵とレッドベリーが握られているのが目に入る。専用の亜空間バッグから取り出したのか。下衆な笑みを浮かべるジャック。


 なるほど、それでより場を引っかき回す気なのか。臭いと赤色色素、洗濯してもとれないだろうな。せめてこの部屋の外でやってくれないかな(あきらめ顔)


 嗚呼、ストマック超絶痛い。シクシクする。



「失礼するよ」



 そこへ最後に、お父様登場。

 執務室にいたはずだが、これだけの騒ぎで呼ばれたのだろうか。


 お父様は賢者を見るといい笑顔を浮かべた。やはりというべきか、魔力量が多いから騙されない様だ。



「賢者モード久しいな、そんな軽い変装で外出してもいいのか?」

「ああ、お前の家なら()この国で一番安全だろうからな」



 その言葉へ武器を下す護衛兵士。お父様な目線でマリアン達にも武器を下げよと命令し、仕方なく下げた。

 後はジャック……いつの間にか賢者に捕まっていた。



「それにしてもジャックよぉ、お前随分と自由にやっているらしいなぁ? ちょっとお灸を据えないとなぁとは思っていたから、いい機会だ」



 顳顬へ青筋を浮かべてアイアンクローをする賢者。

 よく見ればカル先生の服に生卵……ジャック、やっちゃったな。



「やめろ、痛い! イタイ!?」



 涙目で腕をばたつかせるジャックを横目に、私はお土産をベラドンナ先生から受け取った。申し訳なさそうに頭を下げるが、彼女は多分賢者の無茶振りに振り回されただけだろう。



「焼き菓子と紅茶のブレンドを数点、それと魔物素材を追加でお持ちしました」

「ベラドンナ先生、ありがとうございます。マリアン、これを!」



 マリアンに渡して、お茶の時間出すように頼んだ(こっそり味見するようにと指示)。マリアンはちょっと嬉しそうだった。

 相変わらずレベルが高い……果たしてこれに慣れた賢者は私の用意した晩餐を楽しんでくれるか。

 ちらっと最初の方に出てきたpukaは、妖精王陛下のお菓子を盗み食いした罪で領主代行を行う事になった様です。尚、食べたお菓子はグレインビスケットであり、素朴だから良い素材だとわかるお菓子だった模様。また機会があったら食べたいと話したところ、妖精王妃様が喜んだそうです。


29/2/6 読み返して賢者へ公共事業の披露をする意図が伝わりにくくなっていたので、加筆しました。

改めて、先日の感想と誤字脱字報告、ありがとうございました。

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[一言] お父上の懸念、解る気がする。 19世紀、産褥熱から妊産婦を救ったにもかかわらず医学会の権威達に潰されたセンメルヴェイス先生の悲劇は避けたいですものね。 というか、現時点でそこに気付けるお父上…
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