23 竜の谷へ 1
私は乳母であるポーラと一緒に部屋で一泊し、二人で一晩中この二日間の話をした。
バルバドスの人達はみんな親切で、移動中も常に気を遣ってくれたそうだ。珍しい食べ物を買ってくれたり、景色の良いところで休憩を挟んでくれたりと細やかな気配りまであったらしい。
ポーラ曰く「私の事がお嬢様に見えているのかと思いましたわ」という丁寧な扱いだったそうだ。
そして、私はイェールで買い物をした話と、ギフトでオリビア様の竜を助ける事が出来た話をした。
「そうですか、そうですか。良かったですね。安心しました」
「私の力でなんとかする事が出来たの。これでバルバドスで役に立つと証明出来るわ! とても嬉しい」
私は、この力で私の有用性を示せた事が初めてだったので、ただ嬉しくてそう言ったのだが……ポーラは少しだけ悲しい顔をした。
「私は……ギフトの力がなくても、お嬢様は受け入れられていると思いますよ」
「どういう事?」
「あの王宮での生活が、そう思わせて……いえ、あの王族はみんな腐ってるって事ですねぇ」
私が言っても実感するまで分からないでしょうと、ポーラは目を閉じる。私はやはりポーラの言っている意味は理解出来ていないみたいだ。だって、この力があるからバルバドスで役に立てるのに。
「いずれわかりますよ。お嬢様の旦那様にお任せすれば、きっと良いでしょう」
「アレックス様に?」
「はい。今は分からなくても、ただお嬢様がいてくれるだけでいいんだと……忘れないでくださいね」
「……うん」
私は曖昧に頷いて目を閉じた。暫くすると、横からポーラの小さな寝息が聞こえてきた。
──いてくれるだけでいい、のかな。ざわつく胸を押さえて、今度こそ眠れる様にと深く呼吸をした。そして、いつの間にかポーラの寝息に安心したのか、眠りについていた。
翌日は朝から快晴で軍隊の皆さんにポーラの事を頼んでから見送った。
「ではお嬢様、バルバドス王城でお会いしましょう」
にこやかに馬車に乗り込むポーラ見て、昨晩「キュプラ王宮から出られてせいせいしましたよ」と豪快に笑っていた姿が思い出される。
元々は下町育ちだというポーラはいつも豪快で、母を娘の様に、私を孫の様に大切にしてくれた。
一緒に来られて良かった。
出発の掛け声とともに、動き出す。軍の皆さんに手を振ると、皆が応えてくれるのがなんだか嬉しい。
横に立つアレックス様と一軍を見送ってから、私達も出発の準備に戻った。
竜舎にはもうオリビア様もトラビス様もいらして、準備は万端だった。私達が顔を見せると、パールがキューキュー鳴きながら顔を寄せてきた。
「パールがお礼をしたいんだろうね」
「元気になって良かったね、パール」
そう言って一撫ですると、嬉しそうにキュルキュルと鳴いた。竜ってかっこいいだけじゃなくて可愛い!
「そういえば、このコ達にも名前があるんですか?」
──ああ、我は金色竜。名は、そうだないつの時代も様々な名で呼ばれていたな。なんとでも呼ぶがいい。
アレックスは子供の頃にゴールドと決めて、そのまま呼んでおる。クククッ可愛いヤツよ。
「え? あ、ええー!? しゃ、喋って?」
「?? 彼は古竜でも最強種で……って、まさかフローラ、竜とも話せるのか?」
大きく頷くと皆、呆然としている。
「えっと、子供の頃にアレックス様がゴールドって名付けたって言ってます」
「ゴールド! その話は秘密だろう!」
──見た目そのままに名前を付けるなんて、可愛い人間よ。
話せていないのに、意思疎通が出来ているのがすごいと思っていたら、契約者はなんとなく意思疎通が出来るんだって。
普通にはゴールドが、ブフゥーブフゥーと鳴いているように聞こえるだろう。
「ええ! じゃあ、僕のレナはなんて?」
トラビス様の竜はレナというらしい。じっとレナを見てみるが、キュルキュルとしか聞こえない。
──そやつらは、まだ人語をあやつれまい。年若いからな。いつか覚えるだろう。
「ゴールドが言うには、レナとパールはまだ若いから人語は話せないみたいです」
トラビス様はものすごく残念そうにしていたが、しょうがない。レナは慰める様にトラビス様に鼻先を擦りつけていた。
「ゴールドは人語を話せるのに、なぜ皆には聞こえないのかしら?」
──発声器官の作りの問題だな。人型になれば話せるぞ。ならんがな。それよりもおぬしが通訳すればよかろう。
なるほど。と一人納得してしまう。
そして、その事を伝えて振り向くと人型になれると聞いて皆の反応がすごい。
──クククッ。アレックス、そんなに拗ねるでない。聞かれなかったから言わなかっただけで、秘密にしていた訳ではない。人型になるつもりもないから、言わなかっただけだ。
「拗ねてなどない。まぁ、その話はおいおいするとして、今は出発しよう。到着が夜になってしまう」
そうしてオリビア様はなんだか色々聞きたそうにしながら、トラビス様は今まで以上に目をキラキラさせながら……私達はイェールの街を出発した。
イェールを出発してすぐに、キュプラ国境を竜の背中に乗って越えた。
……国境を越えただけで、こんなにも違いがあるなんて思いもしなかった。キュプラの女神の恩恵は目に見える形で明らかだった。
国境を越えた瞬間、まるで国境に線でも引いてあるのかと思うくらい急に景色も、何もかも違う。
いや……生えていた草が消えるくらいだから、明らかに線が引かれているように見える。
この世界の神様の力ってすごい。
バルバドスは山や谷が多く、緑が少ない。辺り一面雪に覆われている場所も少なくない。針葉樹林の様な森は見えるが、畑は少なく見えた。
所々に、小さな可愛らしい街や集落の様な町なども遠目に見つけた。
色んな街に行けるといいな。
大小様々な街の上空を通り過ぎ、昼過ぎには少しだけ大きな街ダルトンに到着した。
街に到着して、竜をいつも預けるという竜舎に預けていると、街の長が慌てて出迎えてくれる。
「これはこれは、アレクサンダー様にオリビア様! 何かありましたでしょうか?」
豊かなヒゲを蓄えた厳ついその人は、五十代くらいに見える。この街の長と言われたが見た目は筋肉ムキムキの、まるで戦士の様だった。実際に戦士らしいと後で聞いて納得の身体付きだ。とにかく、縦にも横にも大きい。
「突然すまない、驚かせたな」
「いえ、いつも討伐にご協力頂き感謝しております」
「姉さんの竜を診せに、竜の谷に向かっている途中だ。少し休憩がてら寄らせて貰っただけだから、安心するといい」
「そうでしたか。では、食事の手配を……」
「ああ、気にしないでいいよ。今日はアレックスのお嫁さんもいるからね。ぜひ姫に兎亭のパイを食べさせてあげたくて! そちらに向かうんだ」
この街にオリビア様のお気に入りのパイがあると聞いて、少しお昼休憩には遠いがこの街まで来ることにしたのだ。到着前からお昼を楽しみにしていた。
「…………アレクサンダー様の……お嫁様? 姫様……?」
長もそのお付の二人も首をかしげている。
ええー! 知られていないの? 一年前には正式に決定していたのに? これはお披露目のチャンスね。
「はじめまして。フローラ・デ・キュプラールです」
アレックス様の腕にエスコートされたまま、笑顔で軽く屈んで挨拶をする。とりあえず、オリビア様に教わったバルバドス式(なのかな?)の挨拶をしてみた。
アレックス様もオリビア様も、頷いてくれているので、これで良かったらしい。
街長はぽかんと大きな口を開けて、停止している。
「では行こう! さぁさぁフローラ。私の好きなデザートもあるよ」
「姉さん、トラビスが先に向かったが席を確保出来るまで少しあるだろうし、のんびり街を歩いて行こう。フローラは初めての街だろう? 見学とまでは出来なくとも、ゆっくり行けばいい」
「はい! アレックス様、嬉しいです!」
そう答えると、オリビア様も「それもそうか」と、ゆっくり歩き始めた。
それほど大きな街ではないが、道も石畳で舗装されていて質実な街並みだと感じた。飾り気もないが、ゴミもなく人々がこの街で大切に日々を暮らしているのがわかる様な街並みだった。
「私、この街が好きです。素敵な街ですね」
「そうか、よかった」
「私も好きなんだ。飾り気も見るものもないけど、ここのみんなはいい人達ばっかりだよ」
やっぱりそうなんだな。
後ろから、何故かソワソワしながら街長達もついてくるが、一言も発する事なく、ただ目を丸くしてついてきている。
兎亭は可愛らしい、こじんまりとしたお店だった。お昼時を少し過ぎた時間帯にも関わらず、まだ店内にはお客さんが溢れている。
二人は正面からは入らず、裏側にまわるとトラビス様がちょうど出てきた。
「あ、ちょうどよかったです。個室、空いてましたよ」
「じゃあ、行こうか」
裏口から奥の個室と言っても、半個室の様できっちりと囲われた部屋ではなかった。けれど、店内からはこちらが見えずに過ごせる様になっているちょっとした部屋だ。
みんな席に着くと慣れた様子で注文をしていく。私は先に聞いていたオリビア様おすすめのシチューとパイを頼んだ。
女将さんは、かなり大柄な女性で店中を走り回っている。
「おまちどおさま〜シチューからね!」
お肉がゴロゴロ入ったシチューは、熱々でとても美味しい!
その後にきた一角兎のお肉が包まれたパイも本当に美味しかったが、私にはお肉ばかりで食べきれない……すかさず、オリビア様とアレックス様が残りをぺろりと食べてくれる。
「フローラは食が細すぎないか?」
オリビア様が心配そうな顔で聞いてくる。
「いえ、少し少食気味だとは思いますが、キュプラでは一般的だと思います。でも、ここのシチューもパイもとっても美味しかったので、また食べにきたいです」
「俺達も、好きで遠征のたびにここに寄るんだ。また一緒に来よう」
そうアレックス様が約束してくれる。また一緒に来たい。
デザートはチーズケーキの様な焼き菓子だったが、とても食べられそうになかったので、次回来た時の楽しみにした。
でもやっぱり、魔物肉などの食品が多く、野菜は根野菜すら少ないみたいだ。
「ありがとうございました〜またぜひダルトンにお越しの際は兎亭にお寄りください〜」
こうして食事だけ済ませ、陽気な女将にお見送りされる。そして、なぜか待機していた街長に挨拶してすぐに竜の谷に向かってすぐにダルトンを出発した。
いつも遊びに来てくださりありがとうございます!お待たせしました〜!
そして、誤字報告ありがとうございます!!(人*´∀`)。*゜+とても助かります!




