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92話「バーツとフィンディ」

「あ、あの。バーツ様。追いかけないんですか?」


 フィンディが出ていった後、私が席に座っているとルーンが言ってきた。


「む。これは追いかけるべき場面なのか? 正直、私もかなり戸惑っているのだが」


 女神ミルスから与えられた情報が多すぎて、自分でもどう対応すればいいのかわからない。


「これまで聞いたことの無い話が沢山ありましたからね。無理もありません」


 ピルンがメモする手を止めて、茶を飲みながら言った。

 ……とりあえず考えをまとめよう。

 そう思った瞬間、ラナリーが立ち上がって女神を非難し始めた。 


「女神様、酷いですぅ! フィンディ様の秘めた想いをこの場でぶちまけるのはいくら神様でもやりすぎですぅ!」

「申し訳ありません……。早とちりしてしまいました」

「う……神様にあっさり謝罪されると変な気持ちですぅ。…………それにしても、バーツ様はほんとに気づいて無かったんですかぁ?」


 矛先がこちらに来た。よし、いっそここは正直に話して相談しよう。


「先ほど女神ミルスが言ったように私は精霊だ。性別がないので繁殖ができない。いわゆる性欲もない。恋愛や結婚など縁遠いものだと思っていた」

「バーツ様のそういう考え方を理解していたから、フィンディ様もああいう態度だったんですね」

「いえ、フィラルディアは元々ああいう性格です。普段は堂々としているのに、恋愛関係は妙に奥手なのです。かわいいですね」


 ルーンの納得したような発言が、女神によって一瞬でかき消された。


「なあ、ピルン。もしかして、全て知っていたのか?」


 ピルンは妻帯者だ。私よりも恋愛感情に詳しい。もしかしたらもっと早くにフィンディの感情に気づいていたかもしれない。


「直接聞いたことはありませんが、なんとなくは……。これは私の推測ですが、大森林の国に五百年も居座っていたのは、バーツ様の帰りを待つためではないかと。森の再生自体はもっと早くに完了していましたから……」

「私がパジャマ姿で放り出された時、居場所がわかったのはフィンディだけだったな……」


 私に何かあって頼ってきた時、出迎えられるようにしていてくれたということか。


「他に、この件に気づいている者はいるだろうか?」

「少し縁の深い方は気づいているのでは無いかと。サイカ様は確実に把握しています」

「確証があるのか?」

「はい。以前の会議で、サイカ様はバーツ様が神になるという提案をしましたよね。あれは有用な情報をバーツ様の前にちらつかせ、フィンディ様に嘘を言わせない状況を作ったんです。フィンディ様はバーツ様に嘘は言えないと踏んだ上で」

「そうだったのか……」


 あのやりとりにそんな意味があったとは。少しも気づかなかった。


「あの、僕も今気づいたんですが。一緒に神界まで行って、二度とこの世界へ帰ってこれない旅に付き合ってくれるということは、つまり、この世界よりもバーツ様の方が大切ということなんじゃないでしょうか」

「た、たしかにそう解釈できるな……」


 ルーンの言うとおりだ……。

 なんか、自分が物凄く鈍感に思えてきた。いや、そもそも恋愛感情など無縁のものだと割り切っていたのだから鈍感そのものだ。

 しかし、気づいてしまった以上、何らかの対応をしなければ。


「私は繁殖できないのだが、フィンディはそれでもいいのだろうか?」

「…………またいきなり直接的な発言ですぅ」

「バーツ様。夫婦は必ずしも子供を授からなくてもいいと思います。子供がいなくても幸せに寄り添って暮らす夫婦を、わたしは何組も知っていますよ」


 私の唐突な発言にラナリーは呆れ、ピルンは苦笑していた。


「あ、繁殖に関してはバーツさんとフィラルディアが神になれば魔法でどうとでもできますから、ご心配なく」

「なんだと……」


 神になれば心配事も霧散するわけか。


「バーツ様、繁殖はともかく、今はフィンディ様です。正直、状況も差し迫っていますし、ある程度結論を出してしまったほうが良いかと思います」

「フィラルディアの友人であり、別世界で愛情の女神をしている私としては、できれば祝福したいのですが……」

「それはバーツ様の考え次第ですぅ」


 三人が畳みかけるように言ってきた。横でルーンも頷いている。


「……ちょ、ちょっと待ってくれ。そもそも、家庭を持つということに対して想像がつかないんだ。ピルン、どういうものなんだ?」


 私の問いかけにピルンは即座に答えを返す。


「簡単です。一緒に過ごす日々を想像できるか。それが概ね楽しく幸せであるか。それが思い描ければ大丈夫だと、わたしは思っていますよ」


 素朴なピット族らしい家族像だ。悪くない。


「素晴らしいですね。花マルです。あ、それと、フィラルディアと夫婦神になるのであれば、神になりやすいでしょうね」

「ほう……それは良い情報だ」


 この女神、重要な情報をさらっと零しすぎでは無いだろうか。


「駄目ですよぅバーツ様! 打算で考えるとフィンディ様はきっと怒るですぅ! あの人、年寄り臭い言動してるけど、きっと心は乙女ですぅ!」

「……そういえば、前に結婚指輪を作ったりしていたな」


 ラナリーの指摘に彼女は昔からそういうことが好きだったのを思い出す。

 そして、試しにフィンディとの生活を想像してみた。

 実は、私は少しの間だが、フィンディと暮らした経験がある。

 二人で各地を旅した後、魔王になる直前までカラルドのあの家で一緒に暮らしたのだ。

 ……そういえば、魔王になった直後はフィンディとの生活を懐かしむことが多かった。


「昔、フィンディと旅をしたり、一緒に暮らしたことがある。思えば、心安らぐ日々だったな」


 全員が驚愕に目を見開いた。女神もだ。


「……フィンディ様と共に暮らして心安らぐ者はこの世界でバーツ様だけかと」


 ピルンがなんだか物凄く失礼なことを言ってきた。私がおかしい人みたいじゃないか。


「フィンディの真意をしっかりと確認せねばならないな……」


 私がそう言うとミルスが優しく微笑んだ。


「これは決まりですね。では、バーツさん。フィラルディアとしっかり話し、この場に戻ってくるように。そして、神界に渡って彼女の御両親に挨拶するのです」


 なるほど。結婚するなら両親への挨拶は必須だ。


「どちらにしろ会うつもりだった。都合がいいな」

「彼女の御両親は強大で優しい神々です。きっと、バーツさんの力になってくれますよ」

「女神ミルス。助言に感謝する」


 この世界のため。いや、今回はフィンディのために頑張ってみるか。




○○○

 

 魔力探知でフィンディを探すと、施設のテラスにいることがわかった。

 彼女はそこから下界を眺めていた。


「ここにいたのか。風邪をひくぞ」


 神々の館は中央山地の山頂近くにあるので非常に寒い。

 結界でもあるのか風は吹き付けてこないが、テラスの気温は室内より大分低かった。


「装備のおかげで寒くないわい。なんじゃ、ゆっくりやってきおって。何か入れ知恵でもしてきおったか」


 なんだか全部ばれていた。ここはすぐに追いかけるのが正解だったか。


「…………その通りだ」

「少しも隠さないのがお前さんらしいのう」


 そう言って振り返るフィンディは苦笑を浮かべていた。いつも通りだ。見た目は一三歳くらいの少女だが、妙に老成した気配がするのもいつもと変わらない。


「正直、私としても色々と新事実が発覚して混乱していたのでな」

「それで相談か。ミルスにワシの過去でも聞かされたか?」


 それはそれで興味深い話題だが、残念ながら聞いていない。

 私は首を振りながらフィンディに言う。


「昔話はしていない。これからのことだ。……どうやら、私は結婚してもいいらしい。もし、神樹の枝をエルフの慣例通りに渡していたなら、それに応えたいと思うのだが」

「……………………」


 私の申し出に、フィンディが真顔のまま固まった。何か必死に考えているようだ。


「…………そうか、夫婦で神になるほうが色々と楽だと教えられたのじゃな!!」

「いや、確かにそれもあるが」


 凄く的確な推理をしていた。流石だ。付き合いの長さが違う。


「……そこは否定して欲しかったのじゃ。お主、たまに妙に打算的になるのう。ちょっとがっかりしたのじゃ」

「すまない。しかし、教えられたのは本当だ。そして、それ以上に、私の人生で最も安らいでいるのが、フィンディと共にいる時だと気づいたのだ」

「……お主、気は確かか?」


 本気で心配そうに顔をのぞき込んできた。

 自分はこっそりあれこれやっていた癖に、何でこんなに疑り深いんだ。


「ピルンに相談した。夫婦というのは共に幸せに暮らす姿が想像できるなら、何とかなるそうだ」

「……ピルンがいうなら間違いないじゃろうな」

「ああ、私達より大分歳下だが人生経験が豊富だからな」


 不思議なものだ。何万年も生きる我々より、数十年生きただけのピルンの方が経験豊富なのだから。


「全く、面白いのう。……バーツ、いくつか確認して良いか?」

「今更何だ?」


 私が言うと、フィンディは矢継ぎ早に言ってきた。


「多分、ワシは神になってもこの姿のままじゃぞ?」

「特別問題は感じないが?」

「ワシ、かなり気が短いしすぐ暴れる癖があるし、もしかしたら嫉妬深いかもしれんぞ?」

「嫉妬というのは経験がないが、残りの二点は十分承知している」

「結婚するなら、そういう形でワシの両親に会わねばならん。ワシの両親じゃぞ?」

「……か、覚悟はしている」


 フィンディが更に近づき、私の顔を覗き込んで来た。青みがかった瞳が私の顔を凝視する。

 しばらくして彼女は唐突に離れると、景色を眺めながら感慨深げに言う。


「こういうきっかけでも無ければ、夫婦などという話は口に出せんかったじゃろうなぁ」

「すまない。私は性別がないので婚姻や恋愛は無関係だと思っていた」

「ワシにそれをどうこう言う度胸がなかったのが悪いのじゃよ」

「確かに、フィンディらしくないな」

「何万年生きても恥ずかしいものはあるのじゃ。……ま、どちらにしろ、神界でお主が神になれたら、ワシも同じ立場になってくっついていくつもりじゃったしのう。良い機会じゃ」


 なんか、遅かれ早かれ夫婦神になっていた気がする。いや、今回の件がなければ私にその気が無かったろうから無理か。


「すぐに神界に行くので、この世界で盛大な結婚式を挙げられないのが残念だな」

「なに、神になった後にこの世界に顕現する方法を模索すればいいのじゃよ。ミルスみたいにのう」

 

 それもそうだ。元々この世界は神々が好き放題していたのだから、私達が戻ってくる方法だってあるだろう。


「では、フィンディ。これからもずっと一緒だ。改めて宜しく頼む」


 私がそう言うと、こっちに振り返ったフィンディが顔を赤くしながら答えた。


「うむ。ずっと一緒じゃよ。……お前様」

当作品の恋愛風味進行は以上です。

次回からは通常営業に戻ります。

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