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91話「女神降臨」

 元勇者達の亡骸が消え、激戦の後だけが残る部屋で私達は相談していた。

 いよいよ女神を呼び出す時が来たので、その算段である。


「あの、ほんとに僕が呼んでいいんですか?」


 ルーンが遠慮がちに言うがむしろ望むところだ。

 当初の予定ではフィンディが神具を使うなどして神界への道を開くはずだったが、ことここに至ってはルーンに女神を呼び出して貰う方が手っ取り早い。


「もともとルーンはここに来て女神に会う予定だったのじゃ。お主が施設を起動するのが一番確実で早いのじゃ」

「うむ。遠慮無く女神を呼び出すがいい。その後のことは任せて貰うが」

「それは構いませんが……えーと」


 そう言って手持ちぶさたな様子でルーンが周囲を見回す。


「すいません、何をどうすればいいんでしょうか?」


 施設が勝手に動き出す様子は無い。

 前回は試練の後に勝手に動いてくれたのだが……。


「試練が終わったから勝手に動くというわけではないようですね」

「間にエヴォスの妨害があったからのう……仕方ない」


 そう言ってフィンディが杖を光らせながら歩くと、床や壁の文字が強く輝き始めた。

 彼女なりに理由のあるらしいルートを辿ったあと、部屋の中央に立つと、フィンディはルーンに言う。


「ルーン、ここに立って勇者の力を使うのじゃ。多分、それが合図になるじゃろう」

「あ、はい……」


 慌ててルーンが部屋の中央にいく。代わりにフィンディが私の隣に戻ってきた。


「大丈夫なのか?」

「正しい手順で施設を起動させただけじゃよ。あとはルーンが合図するだけじゃ」

「ルーン君! 頑張ってですぅ!」


 不安そうに立っているルーンを応援するラナリー。神々の館といっても得体の知れない場所ではある、不安になるだろう。

 さて、いよいよ女神の降臨か。


「では、いきます……」


 そう言うと、ルーンの全身から白い光が溢れる。


「光が天井に……」


 ピルンが呆然としながら言った。

 彼の言うとおり、ルーンから放たれる白い光が天井に柱となり、天井に吸い込まれていった。

 光は天井に留まり、徐々に複雑な紋様を形作る。


「あれは魔術陣か?」

「神が降臨するための魔法陣じゃよ。世界の理を歪め、ここに現れるのじゃ」

「あれが魔法か……」

「あれは神でなくても扱えるようにしたものらしいがのう。……む、そろそろじゃぞ」


 見れば、魔法陣が収縮し小さな光の塊になっていた。

 光の塊が徐々に大きくなり、人の形を取る。

 いつしか光は大人の女性の姿となった。

 

 白い衣を身に纏った、ふわふわした長い金髪が特徴のエルフの女性だ。慈愛に満ちた眼差しと、元はフィンディと同じ種族とは思えない大人らしい体型が特徴的である。 

 女神ミルスの降臨である。


 現界したミルスは柔和な笑みを浮かべながら、私達を見下ろして厳かに言葉を口にする


「よくぞここに至りました、勇者ルーンよ……。貴方に女神ミルスの加護を――」

「なぁにを調子のいいこと言っておるんじゃあ!」


 いきなり飛び上がったフィンディが女神を張り倒した。

 女神は床を勢い良くゴロゴロと転がっていった。


「すごい、知人とはいえ神様を殴り飛ばしましたよ」

「ああ、相変わらず常識の外にいる女だ」


 命知らずにも程がある。というか女神、床に頭からたたき落とされてたけど大丈夫か?


「ちょ、冷静に見てる場合じゃないですぅ! 女神様を殴るのは流石に不味いですよぉ!」


 ラナリーの言うとおりだ。私達は慌てて女神ミルスの様子を見に落下地点に集合する。


「な、なんですか今の突然の衝撃は……よいしょっと」


 年寄り臭いかけ声と共に、女神ミルスは立ち上がった。……なんかいきなり威厳が無くなったな。 


「め、女神様、大丈夫ですか!?」

「ふん、油断してるから邪神につけいる隙を与えるのじゃ」


 ルーンとフィンディがそれぞれ正反対なことを言い始めた。旧知の仲とはいえフィンディの暴挙を謝罪せねば。……土下座でいいだろうか。

 そんなことを考えていると、微妙な視線で私達を見回した女神の表情がいきなり明るいものになった。


「…………もしかして、フィラルディア。フィラルディア・エドゥストールですか! まあ、お久しぶり。随分懐かしい打撃だと思いましたよ!」


 フィラルディアとは聞いたことの無い名前だ。いや、響きから言ってフィンディのことか。そんな名前だったのか。

 久しぶりの再会を喜ぶ友人に対して、フィンディはぶっきらぼうに応じる。


「神になっても暢気な性格しとるのう。あと、今のワシはフィンディで通しておる。その名はやめて欲しいのじゃ」

「相変わらず可愛らしい話し方ですね、フィラルディア。ですが、神をいきなり殴るのは感心しませんよ。御両親にもよく注意されていたでしょう?」


 流石は女神だ。フィンディの言うことをまるで聞かずに説教を始めた。というか、いきなり神を殴るのはよくやっていたのか……。

「ここでその話はやめるのじゃ。……違う! ワシはお主の顔を懐かしむためにここにいるわけではないのじゃ!」

「ああ、そうでした。新たに生まれた勇者に加護を与えるために来ていたのでした。勇者ルーン、見事試練を果たしましたね」


 完全に本来の役目を忘れていたらしい女神が、威厳たっぷりにルーンに向き直った。もう手遅れです。


「いえ、試練を果たしたのはバーツ様とフィンディ様のおかげです。僕の力とはとてもいえません。それに、僕が欲しいのは女神様の加護ではありません」

「どういうことでしょう?」


 怪訝な顔の女神に対し、フィンディが説明をする。


「簡単に説明するとじゃな。ワシらは勇者と魔王を無くすためにここに来ておる。あと、お主の試練じゃが、邪神エヴォスに介入されておるぞ」

「……外の部屋に談話室があります。詳しい話を聞いても良いでしょうか?」


 穏やかな表情を消して女神ミルスは場所を移す提案をした。


○○○


 荒れている館の内部は女神の力で一瞬で片付けられた。流石は魔法だ、壊れた守護者も施設も、時間を巻き戻したかのように元通りになった。

 談話室は私達が戦った部屋の上層にあり、広い窓から中央山地の雄大な景色を望むことができる部屋だった。

 落ち着いた調度でまとめられた室内に入り、私達が着席するとテーブルの上にどこからともなくお茶が現れた。

 

「お手数ですが、説明をお願い致します。それも、できるだけ詳細に」

 

 とりあえず、私達全員で、ここに至るまでの事情を説明した。お茶は美味かった。

 一時間ほどで説明は終わった。神を相手に嘘を言っても仕方ないので全部話した。


「……なるほど。事情はわかりました。私も別の世界の管理という仕事があるため、勇者ルーンへの対応が片手間になってしまっていたのは否めません。申し訳ないことを致しました」


 話し終えた後、ミルスはそう言って頭を下げた。神とは思えない腰の低さだ。


「あ、いえ、謝るほどのことでは」

「しかし、フィラルディアがこのように関わっているとは知りませんでした。臨時の管理者では思うように世界を覗き見ることができませんから」


 なるほど。そこはエヴォスと同じということか。思ったよりも神というのは不便なものらしい。


「話したとおり、ルーンを真の勇者にするのではなく、ワシとバーツが神界へ行くのに協力してくれんかのう。今のお主なら容易いはずじゃ」


 フィンディがそう言うと女神はにっこり微笑んだ。


「ふふふ、それはもう喜んで。元々、この世界の問題はいつか対処しなければと思っていたのです。まさかフィラルディアが夫と共にその役目を担うとは考えてもいませんでした」

「……………」


 沈黙が空間を支配した。

 この女神、今、なんと言った?


「あの? 何かおかしなことを言いましたか?」


 異様な場の雰囲気に気づいたらしい女神が不思議そうな顔で問いかけた。


「すまない。女神ミルス。先ほどの発言、最後の方をもう一度言ってくれないか?」

「? フィラルディアの神樹の枝を持つ貴方は、夫ではないのですか?」


 私の発言に女神の方も怪訝顔だ。

 なんだこれは。私の知らない間に何かが進行していたのか?

 再び全員が沈黙する。私が心中で一人激しく混乱していると、ミルスがため息を一つついた。


「何となく察することができました。フィラルディア、私から説明しても良いですね?」

「す、好きにするが良いのじゃ」


 明後日の方を向いて言うフィンディ。何故か顔が赤い。


「神樹の枝は神世エルフが幼少の頃に与えられる分身のようなもの。そして、互いに想い合う神世エルフ同士が一緒になる時に交換するという習わしがあるのです」


 初耳だぞ、そんな風習。


「なるほど。それぞれが自分の分身を預けるというわけですね」

 

 熱心にメモをとりながらピルンが言った。

 この棒きれにそんな意味があったのか。いや、非常に貴重な物だとは思っていたが、まさかそんな意味があったとは。


「私はフィンディから便利な装備品として貰ったのだが。確か、これは幼少時の練習用だと」

「確かにそういう側面もありますが、神世エルフならばもう一つの大切な役割を忘れることはないと思いますよ。ね、フィラルディア?」

「そ、その名で呼ぶでない」


 そっぽを向きながらフィンディが言い放った。さっきから妙に静かだ。フィンディらしくない。

 ……これはまさか、全部わかっていてやっていたということか?

 いや、しかし、これはまた唐突な話だ。


「なるほどぉ。フィンディ様はバーツ様のことが好きだったんですねぇ」

「ちょ、ラナリ―さん!」


 ラナリーがはっきり指摘するとフィンディは押し黙って下を向く。珍しい反応だが、私ものんびり観察できる気分では無い。

 ミルスはその様子を見て、改めて嬉しそうに話す。


「破壊神になるのが嫌でこの世界に残ったフィラルディアが、新たな使命に目覚めただけでなく、伴侶まで見つけるなんて。私、とても嬉しく思います」

「そ、そうか。正直、いきなりすぎて混乱しているのだが」


 破壊神が嫌でこの世界に残ったというのも初耳だ。次々と驚きの新事実が発覚するな。流石は神だ。すごい。


「バーツさん、と申しましたか。世界の精霊ならば、フィラルディアの夫に相応しいと思いますよ。貴方なら、問題なく神へと至れるでしょう」

「世界の精霊? それが私の正体か」


 またも新事実だ。自分がなんの精霊か、こんなさりげなく明かされるとは……。

 一方、女神の方はまたも怪訝な様子だ。


「教えて貰っていなかったのですか?」

「いや、精霊だとは聞いていたが、具体的な正体まではわからなかったのだ」

「バーツは嘘を言っておらん。本当にわからなかったのじゃ」


 なるほど、と頷き。お茶の香りを楽しみながら、女神ミルスは改めて私の正体について説明する。


「神の目から見ればバーツさんの正体は一目瞭然です。貴方はこの世界そのもの、分身ともいえる精霊です。神々のいないこの世界でそれだけしっかりした人格を宿したということは、良き出会いに恵まれたということですね」

「そうか、それは……良かった」


 まあ、なんだ。変な精霊じゃなくて良かったと納得しておこう。そうか、世界の精霊か……。


「それで、結論としてどうなったんでしょうか?」


 途中から静かにしていたルーンが疑問を口にした。

 確かに話題が変わりすぎて、何を話していたのかわからなくなってきた。

  勇者のもっともな疑問には、メモにペンを走らせ続けていたピルンが答えた。


「ひとまず、当初の目的であるバーツ様とフィンディ様の神界行きは問題ないそうです。恐らく、神となってこの世界の管理をお任せすることも出来そうだと。……個人的には、急いで二人の関係について話し合った方が良いかと思いますが」


 ピルンの言葉を聞くなり、フィンディが唐突に立ち上がった。


「ちょっと風にあたってくるのじゃ!」


 そう言って止める間も無く彼女は外に駆けだしていった。

 会議中、フィンディはずっと赤面したままだった。

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