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89話「過去との戦い その1」

「まずはこちらも仲間を呼ばせて貰おう!」


 元勇者マイスは宣言すると同時に魔術陣を周囲に展開した。

 魔術陣の数は五つ。それぞれの中心から光と共に人影が現れる。


 鎧と大剣を持った精強で大柄な戦士。

 細く筋肉質な男。

 黒マントをまとった傷だらけの女エルフ。

 青白い顔をした不気味な性別不明の若い魔術師。

 背中によくわからない機械を背負った男。


 マイスは彼らを見渡して満足げに頷いた。

 誰だか知らないが、彼のよく知る仲間なのだろう。


「大戦士フェルム、拳闘士グェン、影の暗殺者リエンダ、大魔術師クク、錬金術師ミシェル……リンネルがいないな?」


 マイスの疑問に大剣の戦士が答える。


「リンネルならここに来たくないそうだぜ。時代の潮目を見たとか、わけのわからんことを言ってた」


 どうやら、大神官リンネルも現れる予定だったらしい。すると、魔王城で消滅したのは死んだのではなく、神の下へ帰ったということか。

 この場に出てこないということは、あの戦いにも意味があったということだろうか。


「ふむ。まあ、彼女は戦いが嫌いだからな。しかし、これだけの大英雄を前にして言葉もあるまい」


 自信たっぷりに言い放つマイス。彼の仲間達を見て、我々が心底怯えると確信しているようだ。


「ピルン、彼らを一人でも知ってるか?」

「いえ、全く。記録がろくに残っていませんので」

「………………」


 ピルンの断言する口調に、敵側の全員が絶句した。


「……マイス殿が『未来の魔族が記録を見て自分達への対策を練るとまずい』と記録の消去を命じましたからね……」


 寂しそうに魔術師が言った。

 なるほど。それで記録が残っていなかったのか。


「私達としては相手が誰でも構わない。かかってくるがいい……」


 私がそう宣言するとマイスは不快そのものといった顔をした。失礼な奴だ。


「魔術師風情が偉そうに……。ククよ、本当の魔術というやつを教えてやれ」

「承知した。魔術の神髄をお見せしよう」

 

 気を取り直したように青白い顔をした魔術師が言い放つ。

 どうやら魔術の神髄とやらを見せて貰えるようだ。


「ふむ。そちらの方が多勢じゃのう。まあ、別にかまわんか」


 フィンディが杖を構えた。即座に相手が身構える。

 流石に彼女だけは別格扱いらしい。相手の顔にも緊張が見えた。


「ルーン、ラナリー。二人でマイスの相手をしてくれ。……残りは私達ですぐに片付ける」


 私がそう言うと、相手の殺気が膨れ上がった。



   ○○○ 


 最初に飛び出したのはルーンとラナリーだ。

 二人は真っ直ぐマイスに向かい、そのまま切り結ぶ。勇者の力を発揮したルーンは白い光を剣と体から散らす。マイスも同じ光を体から放った。ラナリーはフィンディ由来の装備の力を使い、何とか勇者同士の戦いに食らいつく形だ。


 三人はそのまま、戦いながら室内の別の場所へ移動していった。

 その様子を見届けた大剣の戦士が話す。


「二人がかりか。ま、ちょうどいいな。それで俺は誰の相手をすればいいんだ?」

「好きにしろ、いや、いっそ全員でかかってくるがいい」

「そう急ぐなよ、久しぶりの実戦なんだ、ここは一つ――」

「アチョオオオオオ!!」


 問答の最中に、奇声をあげながら細身の拳闘士が飛び出して来た。

 早い。現れた時からこの奇襲を狙っていたのか、全身に魔力が漲っている。


「ヒョホォ! まず一人っ! 最大の脅威を排除するっ!!」


 拳闘士の狙いはフィンディだ。目にも留まらぬ速さで彼女に向かって跳んで、そのまま蹴りが繰り出された。

 その様子を見る私達は微動だにしない。

 動く必要がないからだ。


「ぐげっ!」


 拳闘士はフィンディの前に展開した雷光の壁に捕らわれていた。


「魔術師が何の備えもなくただ立っているわけないじゃろう?」

「がっ……あっ……」

 

 呆れ気味に言うフィンディ。

 拳闘士からの明確な返答は無かった。

 そのまま彼の全身は青い炎に包まれ、燃え始める。


「あ…………あ…………」


 神の戦士となった男は、燃えながら白い光になって消えた。リンネルと同じく、これで死んだわけではないのだろう。退散させたと言ったところか。

 一瞬の攻防と、フィンディの驚異的な実力。

 それを見た敵の皆さんは呆然としていた。

 フィンディは杖を掲げて言う。


「――500年前、ワシはお主らが暴れるのをあえて見逃しておった。当時は世の中への干渉を控えておったのでな。じゃが、今は別じゃ。お主らがこの世界に災いを持ち込むというなら、容赦はせん」


 敵がたじろぐ。手早く一人始末した後である。フィンディの威圧は非常に効果的だ。


「落ち着きなさい。グェンは久しぶりの戦闘で魔術師との戦い方を忘れていただけ。冷静に対処すれば十分に勝ち目はあります」

「その通りだ! ミシェル! 俺と連携だ!」

「はいっ!」


 魔術師の叱咤で連中は勢いを取り戻した。なかなかの信頼関係だ。しかし、今のは冷静に対処とかそういう問題ではないように思えるのだが。

 ともあれ、今度は戦士と錬金術師が前に出て来た、それにはフィンディが対応する。


『こやつらはワシが片付けておくのじゃ』


 そんな念話を残し。戦士と錬金術師の攻撃を受け流しながら彼女は移動していった。相変わらず頼りになる。本来は荒野を癒やす神世エルフだったことを忘れそうだ。

 

 この場に残ったのは魔術師とエルフ、私とピルンの四人となった。


「私の相手はお前達か」

「マイスの頼みですからね。神世エルフと魔術比べも興味深かったのですが、現代の魔術師との戦いも一興かと……」

「楽しめないかもよ? なんせピット族なんて連れてる連中だ。実力なんて知れてるさ」


 酷薄な笑みを浮かべながらエルフがそう言うと、怒気を孕んだ声音でピルンが反応した。


「どういう意味でしょう?」

「ピット族は役立たず。小さい体と俊敏さがあるから鍛えてあげたけど、せいぜい魔族への囮くらいにしかならなかったよ。数だけは多かったから、いい駒になったけどね……」

「落ち着けピルン。挑発だ」

「はっ……」


 一応素直に返事をしてくれたが、常に穏やかなピルンが見たこともないくらい怒っている。怖い。


「一つ聞きたい。仮にここでマイスが勝ったら、お前達は何をする気だ?」

「決まっています。500年前の再現ですよ。今度は魔族を滅ぼすまでやってみせます。……さぞ刺激的な日々になるでしょうねぇ」


 こいつら全員似たもの同士ということか。よし、容赦はいらないな。


「では、お覚悟を!! 名前も知らない現代の魔術師よ!!」


 魔術師はどこからともなく両手に杖を取り出した。そのまま勢いよく先端の宝玉を互いに打ち付ける。

 宝玉同士の衝突で、まるで火花が散るように魔術陣が生まれ、魔術が発動した。

 無数の火球が私達に向かってくる。

 私は慌てずに防御障壁を展開した。

 火球は障壁に直撃し、周囲に爆炎が広がる。

 勿論、私達は傷一つついていない。


「ピルン。あのエルフはお前が仕留めろ」

「承知致しました」


 言うなりピルンが消えた。彼の装備なら炎の中でも大丈夫だろう。

 炎が晴れると。向こうはエルフが消えていた。

 無事な私の姿を見て、魔術師は嬉しそうだった。


「ありがたい。一撃で燃え尽きたらどうしようかと心配していましたよ!」


 言いながら次々と杖を打ち付け、魔術を放つ。現れるのは火球であったり、氷の塊だったり、雷であったり、様々だ。

 とりあえず防御障壁で全て弾いた。


「……なかなかの防御ですが、攻撃に転じなければいずれ倒されますよ!」

「それもそうだな」


 攻撃に転じるべく防御障壁を解除する。

 相手からすると完全に無防備になった形である。


「愚かな!」


 怒り混じりに杖を打ち付け、魔術陣が展開。

 生み出されたのは無数の光の矢。高速で私に向かってくる。

 当たれば大変だ。

 しかし、慌てず騒がず、私は魔力吸収を行う。

 光の矢が私の触れる端から、純粋な魔力として体内に変換吸収されていく。


「何かしたか?」

「……今、何をした? 何が起きたっ!」


 焦りを帯びた声で、魔術師は距離をとりながら、魔術を連発。私は魔力吸収でその攻撃を美味しく頂きながら、ゆっくり歩いて接近する。


 こいつ、装備は良いし、魔術も上等だが、魔術師として突き抜けた実力は無い。エヴォスから神具でも与えられていないのだろうか? 全く脅威に感じない。

 いや、あまり挑発して面倒な切り札を出されると困るな。

 私が思い直した直後、魔術師はローブに手を突っ込んだ。


「く、ならばエヴォス様から賜ったこれを……」

「そういうのが困るんだ」


 神具を使うと判断し、私は即座に転移魔術を発動。

 相手の目の前に現れ、神樹の枝に魔力を通し、そのまま光の刃を形成。一気に身体に突き刺す。

 光の刃は相手の防御魔術をいとも簡単にすり抜け、敵の体を貫いた。

 良かった、神具の発動は防げたようだ。


「ぐっ……。無詠唱で短距離転移だと……」

「相手が悪かったな。私は現代の魔術師では無く、もっと古い存在なのだ」


 悪あがきをされても困るので、そのまま一気に相手を燃やすことにする。フィンディの魔術を真似ることにしよう。


「燃えろ……っ」


 魔術師は悲鳴をあげる間も無く青い炎に包まれ、すぐさま白い光になって散った。

 リンネルが健在らしいことを語っていたし、神の戦士となったこいつらは簡単に死にはしないのだろう。残念だ。

 とりあえず一人、と私が思った時だった。

 背後に気配を感じた。

 視線を動かすと、黒い衣の女エルフがいた。

 彼女は口元をわずかに動かし、言葉をこぼす。


「油断だよ……」


 エルフの暗殺者が両手に持った短剣を振りかぶった時だった。


「油断は貴方です」


 どこかから現れたピルンがエルフの背中に短剣を突き刺し、そのまま床にたたき落とした。 絶妙な不意打ちだ。

 床を這いながら、女エルフはピルンを驚きの目で見る。


「グッ……どこから……ピット族が、私から気配を隠した……だと」


 それに答えるピルンはこれまで見たことのない冷たい目をしていた。


「貴方は我が主に刃を向けたのみならず、我が一族を侮辱しました。口にした過去の行いも、許せるものではありません」


 言いながらピルンはどこかから短剣を取り出し、次々とエルフの体に突き立てていく。

 四本の刃が暗殺者の体に突き立った。

 女エルフはまだ生きていた。

 わざとだ。ピルンはあえてすぐに死なない刺し方をしている。


「ここに貴方を苦しめてかつ、速やかに殺す方法があります」


 ピルンは服の中から紫色をした小さな針を出すと、流れるような動作で女エルフの首筋に刺した。


「あっ……がっ……たすけ……」


 紫色が針からエルフの体にみるみる移る。体に刃が刺さっているのも構わず、エルフがその場でのたうちまわる。

 不気味な痙攣を繰り返すエルフを見下ろしながら、ピルンは冷たい口調で言う。


「助けません。すぐ楽になりますので」


 数分後、エルフは苦悶の表情を浮かべたまま絶命し、白い光と消えた。

 ……何の毒だったんだろう。恐ろしいな。


「見苦しいところをお見せしました。……少々頭に来ましたので」

「いや、問題ない……」


 これまでにピルンを怒らせるようなことが無くて本当に良かった。


「それよりもフィンディはどうした?」


 フィンディの姿を探すと、ちょうど背中の機械を吹き飛ばされて、驚愕の表情をしている錬金術師が目に入り。


「終わりじゃあ!!」


 追撃の魔術を打ち込んで始末したところだった。錬金術師は即座に白い光になって消えた、流石の威力である。


 そのままフィンディは杖の先端から光の刃を出し、戦士と切り結び始めた。

 物凄い剣捌きで歴戦の戦士と互角以上に戦っている。


「……流石の強さですね」

「フィンディはあの体格だが、力は魔術で補強できる。剣術の方は何でも闘神に習ったとか言っていたな」

「神話の時代に生きた方はスケールが大きすぎます……」


 まったくだ。

 意外なことに、見ている内に戦士が押し始めた。

 一応、フィンディは魔術師だ。やはり剣での戦いは不味かったか。フィンディの杖の輝きが光の軌跡や飛沫を生んで場違いなほど綺麗だ、とか思っている場合ではなかった。

 

 私が援護しようか悩み始めた瞬間。戦士がフィンディと距離を取った。


「切り札のようですね」


 私は静かに頷く。


「神の加護をお見せするぜ」


 そう言って二言三言何か呟いた直後、戦士はこれまでの倍以上の速度で攻撃を再開した。

まるで時間が早まっているかのような動きに、フィンディは防戦一方になる。


「がははは! ついてこれまい! 神世エルフを斬れるとはなかなか面白い経験よ!」

「くっ……!」


 流石のフィンディも態勢を崩す。

 戦士が勝利を確信して、強烈な踏み込みとともに大剣を振り下ろす。

 普通なら、フィンディはこれで終わりだ。

 私が援護しなければフィンディは死ぬ。


 しかし、私が用意した援護魔術を発動する前に、状況が変わった。


「な、なんだ。動かねぇっ!」


 大剣を振りかぶった態勢のまま、戦士は光り輝く魔術のロープによって何重にも拘束されていた。

 光の源はフィンディが戦いながらばらまいた魔力の軌跡や飛沫である。

 彼女は剣で戦いながら、魔術の罠を設置していたのだ。

 

「こ、拘束だとぉ! 貴様、これが狙いで!?」

「魔術師がわざわざ近接戦闘を選んだんじゃ。何かするに決まっておろう?」


 拳闘士の時と同じように、呆れ顔で言うフィンディ。

 戦士は必死にもがくが動けない。


「ではさよならじゃ。潔く散るがよい」

「くそっ、せっかく現世で沢山斬れると思ったのによぉ!」

「む、そういう性格じゃったか。遠慮無く斬れるのう」


 フィンディが杖から出した光の刃を振るうと、戦士は一撃で消え去った。苦しむ時間すら与えないのは彼女なりの慈悲だろうか。……単に手加減が面倒なだけかもしれない。


「む、ワシの方が遅かったようじゃの。二人がかりには負けるのう」

「十分早いと思うが……」


 そもそも伝説の英雄を二人相手にして単独で勝利すること自体あり得ないことである。


「そうだ、ルーン達は?」

「あちらです、不味いですね」


 少し離れた場所で勇者達の戦いは展開されていた。

 戦況は一目瞭然だった。

 ルーンとラナリーはボロボロで肩で息をしている。傷も多い。

 対するマイスは余裕だ。傷一つ無い。


 剣の戦いであの二人を圧倒するとは……元勇者は伊達ではないようだ。

 三人はそれぞれ激しく位置を変えながら切り結んでいるが、実力差は明らかだった。

 

 そして、戦いの均衡が崩れる瞬間はすぐに訪れた。

 ラナリーが態勢を崩したのである。


「ラナリーさんっ!」


 ルーンが叫ぶ。マイスはラナリーの隙を見逃さない。迷わず刃をそちらに向ける。

 勇者の力の証明である白い光を散らしながら、ラナリーとマイスの間に割って入ろうとするルーン。

 これで、マイスにとっては二人同時に切り捨てられる最高の態勢になった。

 勿論、マイスは動きを止めない。絶好の機会だ。見逃すわけが無い。


 それらの攻防を見た一瞬で私は判断した。


 不意打ちするなら今だな。

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