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閑話「すき焼き」

 ダイテツの紹介してくれた店は「すき焼き」なる異世界の料理を提供する店だった。なんでも前にサイカも来て、大変褒めていたとのことだ。

 木をふんだんに使って立てられた異国情緒(異世界情緒ともいう)溢れる建物の中で、とろけるような牛肉と新鮮な野菜を、独特の調理器具を利用して、独特の味付けをされた料理を私達は丹念に味わった。美味しかった。できることなら、また来たい。


「なんというか、久しぶりだな。こういうのは」

「最近は慌ただしかったですからね。あ、ラナリー様、そこのお肉、堅くなる前に食べちゃってください」


 鉄鍋の中の具材を適切に動かしながらピルンがしみじみと言う。彼はこの「すき焼き」が始まるなり、鉄鍋の食材を操る軍師と化していた。


「んふぅ、これ美味しいですぅ」

「のんびり諸国を漫遊していた頃が懐かしいのう。ついこの前なんじゃが」


 豆腐と呼ばれる食材を口にしながら、しんみりとフィンディが言った。

 この食事会の参加者は私達三人と勇者コンビだけである。ロビンとクルッポは先に魔王城に帰った。サイカへの報告と、新商品の監修があるそうだ。ダイテツ達は来たがっていたが仕事が控えているらしく、側近に連れられていってしまった。


「……あの、バーツ様とフィンディ様に聞きたいことがあるんですが」


 嬉しそうに肉を頬張っていたルーンが急に深刻な面持ちで言ってきた。


「勇者に関することならあまり答えられないぞ」

「いえ、僕のことではないんです。……お二人みたいに強ければ、僕の国の内戦を治めることができるんじゃないですか?」


 大陸南西部、大神殿のあった地方の内戦。

 ダイテツの話によると、内戦は大分落ち着きつつあるとのことだった。どうやら戦いが長引きすぎてどこも疲れ切っているのが実情らしい。しかし、今もどこかで戦いが続いてるのは紛れもない事実だ。

 勇者ルーンの目的は魔王討伐ではなく、生まれた時から続く戦乱の終結だ。

 それを私達にできるかどうかということだが。


「残念ながら。難しいな」

「でも、お二人は争いを無理矢理治めるくらいの力があるように思えるんです。それなら……」


 私のそっけない回答にルーンは納得しなかった。気持ちはわかるのだが、本当に難しい問題なのだ。


「のう、ルーンよ。仮にワシとバーツが力を振るうとして、どのようにすればいいんじゃ? 武器を持つ者を皆殺しにすればいいのかの? それとも大陸西方を一度更地にすればいいのかのう?」

「…………」


 フィンディの容赦ない問いかけにルーンは押し黙った。

 人間同士の争いというのは複雑だ。組織の頭を叩き潰して終わりというものではない。政治的な調整も含めて巧みに立ち回った上で、戦いを終結させる必要がある。

 普通の国家間の戦争ですらそれが難しいのに、そこらじゅうに勢力が乱立している内戦などどうすれば終わらせることができるのか、見当もつかない。

 フィンディの言うとおり、更地にしてしまうほうが余程楽だ。勿論、決して選べない選択だが。


「フィンディ、言い過ぎだぞ。ルーンがそう思うのも仕方ないだろう」

「……言い過ぎたようじゃ。すまんのう」


 あるいは、私とフィンディなら圧倒的な力を背景に新勢力を作り出し、ある程度安定した状況を作れるかもしれない。

 しかし、私達は二人とも政治というのに向いていない。

 フィンディは気が短いし、私は魔王軍くらいの規模をまとめるのが限界だ。ダイテツのように国を支え、導くような能力は持ち合わせていない。


「私もフィンディも交渉ごとには向かないのだ。せいぜいできるのは力の強い悪人を叩き潰すくらいだな」

「うむ。戦う相手がいない時は極力世の中に迷惑をかけないように暮らしておったものじゃ」

「フィンディ様はそうでもなかったですがぁ……ひっ」


 ラナリーがフィンディに睨まれ恐怖に身をすくめた。まあ、カラルドに住んでいた彼女が一言言いたくなるのはわかる。十分暴れていたようだからな。


「理解も納得も難しいかもしれないが、君が思ってる以上に、私達は万能ではないのだ」


 私がそういうと黙っていたルーンは少し晴れやかな表情をしながら答えた。


「いえ、失礼なことを聞いてしまいました。そもそもあの内戦は人間が始めたことなんだから、人間で解決するべきなんです」


 どうやら納得してくれたらしい。伊達に勇者に選ばれていない、真っ直ぐな少年だ。仕事を放り出して手を貸してしまったラナリーの気持ちも少しわかる。


「あれぇ。でもバーツ様達が神様になれば、内戦も収まるんじゃないですかぁ?」


 思い出したように肉をかきこんでいるラナリーが急に思いついたらしくそんなことを言った。


「そうか。信仰する神様がいなくて戦争してたんだから……」

「私達の目論み通りにいけば、そうなるかもしれないな」


 考え込み始めたルーンに私はそう言ってやった。平和を愛する勇者なら大歓迎だ。


「あ、あの。そうなるように、僕、頑張りますっ」

「ああ、期待している」


 保証のできる話では無いが、上手くやってほしい。

 神になれば、私とフィンディは直接動けなくなるし、元々苦手分野だ。ルーンがラナリーやダイテツの力を借りて、内戦を治めるのを期待しよう。


「そうだ。バーツ様にお願いがあるんですが……」


 唐突に思い出したように、ルーンが立ち上がって自分の荷物を取りに行った。部屋の隅から一本の剣を持ってくる。

 フィンディから渡された逸品ではなく、白く美しい刀身を持った剣だった。


「ただの剣に見えるが?」

「グランク王国で作られた最新の剣です。ドワーフ王国で生み出された新素材を使っているとか」

「ああ、古代魔獣と戦った時に出来たアレじゃな」


 言われて興味が出たので剣を見せて貰うことにする。

 古代魔獣が暴れた場所でとれたものを原材料に作ったらしい剣はわずかながら神属性の魔力をその身に宿していた。


「ふむ。良い出来のように思えるが、これが?」

「バーツ様は杖の力で武具を強化できると聞きました。あの、お願いできませんか?」

「君にはフィンディから与えられた武器があるだろう?」

「不満があるわけではありません。でも、僕は魔王軍と協力できる勇者として、この剣を使いたいんです」


 そういうことか。私としては構わないのだが、これでうっかり戦力が下がってルーンが死んだなんてことになったら困る。

 躊躇しているとフィンディが剣を見て言った。


「ま、いいじゃろう。ワシが用意した剣はそこそこ程度の強さのものじゃ。バーツが気合いを入れて強化すれば同等以上のものになろう」

「ならば問題ないな。喜んでその役割を引き受けよう」


 まさか、元魔王が勇者の剣を作るとは。不思議な話もあるものだ。


 二日後、入念な準備を整えた我々は、中央山地へと旅立った。

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