86話「神々の館へ」
女神の試練を切り抜けた私達は急いでグランク王国に戻った。勿論、ルーンとラナリーも一緒だ。
問題であった勇者は無事に確保。それだけでなくこの世界に接触している神についても多大な情報を得ることができた。
会議の時間である。
「大戦鬼クルッポ、まかりこしてございますぞ!」
「俺がこんな場に来ていいのかねぇ……」
グランク王国の王城。その会議室にやってきたのは鳩の姿の魔族とマッチョハゲの人間だった。
言うまでも無くクルッポとロビンである。
「ロビンが来たのか。これはまた大役を任されたものだな」
「サイカもヨセフィーナも城を動けないからな。あくまでクルッポの助手だよ」
「この短期間で偉くなったもんじゃのう」
上手くいっているようで何よりだ。
魔王サイカは勇者と同じ場所にいると何が起きるかわからないので念のため出席を遠慮して貰った。ヨセフィーナは城から動けない魔族なので、会議への参加はこの二人となったわけだ。
ちなみにグランク王国側の出席者はダイテツとキリエである。二人とも先に席についてお茶などを飲んでいる。大分疲れているようだ。
席に着く前にクルッポが室内を見回しながら言った。
「ところで、勇者殿はどちらになりますかな?」
「あ、僕です」
「魔王様から手紙を預かっております。先に渡しておきますぞ」
「は、はい。ありがとうございます」
緊張した面持ちで手紙を受け取るルーン。クルッポは見た目鳩だが大柄だし、なかなか威圧感がある。緊張するのも仕方ない。隣のラナリーもかなり警戒していた。
そんなやりとりを挟んだ後、全員が着席、手早く自己紹介を行った。
「これで全員かの? 突然で悪いが緊急会議じゃ」
「問題ねぇさ。これだけ短期間に勇者を連れてきてくれたんだからよ」
「サイカも驚いてたぜ。それで、何を話すんだ?」
「勇者ルーンと共に女神の試練を受けた。恐らく、サイカを魔王にしたのと同じ女神だ」
「女神ミルス。元はこの世界にいた神世エルフじゃよ。今はどこかの世界で神をしておるんじゃと思う」
「…………」
私達が一気に話すとその場の全員が沈黙した。もっと驚いてくれると思ったのだが。
「なんか、反応が薄いのう」
「あの、話が大きすぎて理解が追いつきません。神世エルフは神とはどういうことでしょう?」
キリエが困惑しながら言った。しまった、急ぎすぎだ。
私達と勇者組はここに来るまでに多少説明を受けていたことと、あまりの大発見に焦ってしまい、情報の共有について失念していた。
「すまぬ、説明が必要じゃな。神々がこの世界を去った時、ワシ以外の神世エルフもこの世界を去ることになったのじゃ、ここまでは良いな?」
全員が頷く。それはこの世界の住人が一度は聞いたことのある神話の時代の話だ。
「あの話には続きがあってじゃな。実は、神世エルフは他の世界で何かしらの神となって活動することになっておったのじゃよ」
「なるほど。それで自分が神になるのは難しくないような口ぶりだったのか」
神々によって創造された神世エルフは年月を経て経験を積めば神になることができる。
どうやら、そういうことらしい。
「そうじゃ。ワシは好き好んでこの世界に住み着いておるだけで、神世エルフとしての能力を失ったわけではないからのう」
神になる権利を捨ててまで、この世界で彼女はのんびり暮らしていたわけである。その辺りの詳しい話は教えてくれなかった。何か理由があるようだ。
「事情はわかったぜ。……ミルスってのはどんな神世エルフだったんだ?」
「平和を愛する頭の中がお花畑で出来ておるような奴じゃったよ。バーツとピルンは融和の兜を覚えておるか? あれはミルスの作品じゃ。『みんなが友達になれば平和なんです』とか言ってとんでもないものを作ってのう……」
あの危険な兜は善意から生み出されたものだというのか。明らかに危険な品物だった。天然で危険物を製造するとは……。女神ミルス、なかなかの人物のようだ。
「フィンディ様が融和の兜に操られた理由がようやくわかりました。作った当人が神になっていたからなのですね」
「神世エルフ時代ならワシの方が力が上じゃったのじゃが、流石に神になった後ではそうもいかんかったようじゃのう」
苦笑しながらフィンディが言った。かつて融和の兜の力に抗えなかったのは製作者が格上になっていたためのようだ。大分抵抗していたが、流石に神の方が力は上だ。
「しかし、これは光明じゃ。ミルスは悪人ではない。ワシの記憶と、サイカとルーンへの対応がそれを証明しておる。きっとワシらに協力してくれるじゃろう」
その言葉に会議の参加者の表情が明るいものになった。これはようやく見えた希望だ。女神に会って力を貸して貰えば、神界行きもその後の目的も格段にやりやすくなる。
「あのぅ。水を差すようで申し訳ないのですがぁ、皆さんの目的って何なんですかぁ?」
言葉通り、ラナリーの発言で場の喜びに水が差された。そういえば、その辺りをちゃんと説明していなかった。この会議にもちょっと強引に連れてきたし。
「ここまでくれば、話してしまってもいいだろう? 勇者も当事者だ」
その場に反対する者はいない。よし、話してしまおう。
「私達は、勇者と魔王そのものを無くすために動いている。具体的な方法は私とフィンディが神になって、二つの存在がいらない世界にするという感じなのだが……」
今更だが、我ながら物凄く胡散臭いことを言っているな。神って。
「……あの、もう少し具体的にお願いできますか?」」
「わかりにくい話じゃからのう。では、最初から説明するのじゃ。皆の者、少し時間を貰ってもいいかのう?」
勿論、断るものはいない。
ルーンとラナリーに対して、フィンディから勇者と魔王の誕生について、この世界が抱える根本的な問題『管理者がいない』の説明が行われた。
最初は困惑していた二人だが、直近に神世エルフから神になったという女神ミルスを見たおかげか、思ったよりもすんなり理解を示してくれた。
「本当に勇者というのは魔王を倒すためだけに作られるんですね。今なら手紙のやりとりしか許されなかったのがわかります」
「あの、バーツ様達が上手くことを運んだら、ルーン君はどうなるんですかぁ?」
もっともな質問だ。どうなるのだろう。答えを持たない私がフィンディを見ると、彼女は心得たとばかりに頷き、語る。
「恐らく普通の人間に戻るのじゃ。勇者だったころの影響はそれなりに残るじゃろうがな。魔王の方は魔力の淀みが浄化されて、ただの強い魔族になるじゃろう」
「そうか。サイカが消えちまうなんてことはないんだな」
安堵の表情でロビンが言った。発言こそしなかったが、彼も心配だったのだろう。
「大丈夫だ。私がそんなことにはさせない」
せっかく勇者を味方にできたのだ。上手くことを運んでみせる。
「それで、今後の方針はどうするんだ?」
ダイテツが質問するとフィンディがこちらを見た。私に話せということか。
方針については既に決めてある。
「勇者ルーンと共に中央山地にあるという神々の館に向かい、女神ミルスに接触する。協力を得た上でそのまま神界へ向かうつもりだ」
「神界に至るためのエルフの神具もある上に、本物の神の力を頼れるなら容易にことは進むじゃろう。できれば、ミルスには邪神エヴォスへの牽制もして貰うつもりじゃ」
邪神エヴォスは思った以上に私達の身近に罠を張っている。時間を許せばこれまで以上のことが起きるだろう。短期決戦、一気に終わりにするのだ。
「……悪くない判断に思えるな」
「はい。私もそう思いますー」
ダイテツとキリエは同意してくれた。
「魔王軍としてはバーツ様の判断に異論を挟む余地などございませぬ」
「一応、あんまり無茶なことを言うようなら止めろってサイカに言われていたけれどな」
魔王軍からの了承も取れた。さて、勇者コンビはどうだろう。
「ルーン君、私はルーン君の判断に従うですぅ」
「……僕も……反対する理由はありません。でも、僕らじゃ足手まといにならないでしょうか?」
「大丈夫だ。ルーンもラナリーもかなりの使い手だ。足手まといにはならない」
実際、勇者の力は強い。女神の試練を乗り越えたことで持ち前のでたらめな成長速度が発揮され、今はさらに強くなっているとフィンディが言っていた。
「じゃあ、これで決まりだな。何か必要なものがあったら言ってくれ」
ダイテツに対して、私は用意していた答えを言う。
「そうだな。食事の美味い店を教えてくれ。出発前に少しだけゆっくりしたい」
これが私とフィンディにとってこの世界で最後の休息になる可能性が高い。
食事の一つくらい望んでもいいだろう。




