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85話『女神の試練 その2』

「ぎゃうっ!」

「ラナリーさんッ!」

「危ないっ」


 突如生み出された結界。近くにいた二人のうちラナリーだけが弾き飛ばされ、素早く反応したピルンが受け止めた。体格差を感じさせない見事な動きだ。


「大丈夫、怪我はありません!」


 その言葉に一安心するが、問題は現在進行形で発生中だ。

 石碑とルーンを中心に結界が展開されている。

 しかも、この結界は神々の魔力によって作り上げられている。


「神による結界っ! ルーン、逃げるのじゃ!!」

「駄目だっ。もう間に合わない……」


 結界の展開は迅速だった。私達が手を出す間もなく、ルーンだけを閉じ込める空間が組み上がってしまった。



『特製の神兵を用意したよ。せっかくだから、これを倒してから次のところに行ってね』


 再び声が響くと、ルーンの前に新たな神兵が現れた。

 漆黒の甲冑のような外見の神兵。先ほどのものより一回り小さいが、桁外れに危険な気配を発している。

 明らかに強い。

 状況に戸惑いながらも、剣を構えるルーン。目の前に現れた化け物に体が自然と反応したようだった。


「ルーン! できるだけ時間を稼ぐんだ! 必ず助ける!」

「……早めにお願いします」

 

 勇者の切実なつぶやきが聞こえた直後。

 神兵が動いた。武器を持たない鎧姿が繰り出したのは雑な体当たりだ。しかし、その速度はあまりにも早い。

 反応しきれなかったルーンが吹き飛ばされ、結界に激突する。


「ぐっ。……力を与えよ・守りを与えよ・速さを与えよ……」


 何とか起き上がりながら、呪文を唱えるルーン。フィンディに貰った鎧に内蔵されている援護魔術が発動する。

 すぐにやられることは無さそうだが、余裕があるわけでもない。

 そう判断した私は、神樹の枝に魔力を込め、結界に攻撃した。破壊の力を込めた魔力光を叩きつける。


「くそっ。びくともしないぞ」


 城の防御用魔術なら破壊できるくらいの魔力を込めたのにびくともしない。


「並の攻撃じゃ駄目じゃ! 前に大神官を倒したときのやつを準備するのじゃ!」


 横目で私の様子を見ていたフィンディが叫ぶ。彼女は杖の宝玉を結界に押しつけて魔術陣を展開していた。杖の周囲だけ結界の色が青白くなっている。そして、少しずつだが、その範囲が広くなっていた。

 フィンディの要求通りのことをするため、私は結界を破壊するイメージと共に神樹の枝に魔力を込める。できるだけ強く、できるだけ早く。

 すぐに神樹の枝を中心に、黄金色の輝きがちらつくようになってきた。もう少しで攻撃に使えそうだ。

 

 一方でルーンは善戦しているが徐々に追い詰められていた。

 神兵の攻撃で吹き飛ばされ、何度目かの結界へ激突する姿が見える。 


「が……ッ。ま、まだまだ……」

「ルーン君! ルーン君! 待っててください、今助けにいきますぅ!」

「ラナリーさん、駄目です!」


 結界に斬りかかろうとしているラナリーをピルンが止めていた。

 とにかく、この結界をどうにかしなければ。


「あっ……あああああああああああああ!!」


 結界の向こうからルーンの絶叫が聞こえた。黒い神兵に掴まったのだ。どういう理屈か、彼を包み込むくらい大きくなった手によって掴まり、握りつぶされ始めていた。

 不味い、いくら神世エルフの鎧をまとっていても、これでは保たない。


「フィンディ!!」


 急げ、という言葉は焦りを帯びた彼女の声にかき消された。


「準備できたのじゃ! 一瞬だけ結界を弱めるから神樹の枝の一撃を叩き込むのじゃ!」


 直後、フィンディの杖から閃光が迸った。

 その影響で、目に見えて結界が弱まった。


「今だっ!! 吹き飛べっ!!」


 言葉と共に、黄金色に輝く神樹の枝を叩き込む。

 神の作り出した結界は、それまでの頑丈さが嘘のように消し飛んだ。


「今助ける!!」


 神樹の枝に魔力を通し、黒い神兵だけを破壊するように調節した魔力の槍を発射。

 ルーンを捕らえていて動けない神兵の両肩に槍が直撃し、そのまま腕を砕く。

 黒い神兵は素早くその場を離脱。意識の無いルーンが地面に落ちる。


「まだだ!」


 鎖の魔術で逃げる神兵を捕らえ、そのまま部屋の奥に投げ飛ばす。

 放り投げられたくらいでは神兵はびくともしない。時間稼ぎだ。

 器用に着地した神兵を見ると、驚いたことに既に両腕が再生していた。この一瞬でか。とんでもない化け物だ。

 私はルーンをかばうように前に立つ。

 それを見たからか、黒い神兵は私に向かって両腕を飛ばしてきた。


「滅茶苦茶な攻撃方法だなっ」


 防御障壁で腕をはじき返す。どんな驚きの機能が隠されているか、わかったものではないな。


「ルーンは無事か?」

「それなりに重傷じゃがすぐに治す。安心せい」

「頼りになるな」


 フィンディの治療ならば安心だ。黒い神兵を倒さねば。

 そう判断して神樹の枝を掲げた時、私の左右にピルンとラナリーがやって来た。


「囮くらいにはなるですぅ。できれば一撃いれたいところですがぁ」

「同じくです」


 二人とも装備品から強い魔力を感じる。短時間ならあれとも渡り合えるだろう。


「あれは一気に破壊しないと駄目そうだ。少し時間を稼いでくれ」


 無言で二人が駆け出す。私は魔力の槍を発射して牽制する。

 黒い神兵と二人が激しい攻防を繰り広げ始めたのを確認して、再び神樹の枝に魔力を流す。

 三度目ともなると金色の魔力を出すのも慣れてきた。直接殴るのも大変だし、次はこの派手な魔力を飛ばすことにしよう。


 ラナリーとピルンは即席とは思えない見事な連携で動いていた。黒い神兵は完全に翻弄されている。しかし、長期戦になると二人も危険だ、すぐに終わらせよう。


「その黒い奴の動きを一瞬でいいから止めてくれ!」

 

 答えは声では無く、行動で示された。

 ラナリーとピルン、それぞれが神兵の肩と腰に剣を突き立てた。

 二人は武器を敵に残したまま離脱する。


「バーツ様っ!」

「今ですぅ!」

「二人とも、そのまま全力で離れろっ!」


 神樹の枝から金色の魔力光を発射。黒い神兵を破壊するためだけに練り上げられた力が一条の光となって放たれる。

 関節に剣が刺さり動きの鈍った黒い神兵はそれを回避できない。

 私の攻撃は見事に直撃した。

 黒い神兵は黄金色の光に呑まれて一瞬で崩壊する。


「うむ。上手くいったな」


 私は戦果を確認して満足する。十分すぎる威力だ。


「自分の手で倒せなかったのが残念ですぅ」

「気持ちはわかりますが、わたし達の手に余る相手でしたしね」

「そうだ。ルーン君はっ」


 振り返ると、ちょうどルーンの治療が行われていた。

 フィンディの杖から光が溢れている。神秘的で、普段の暴力的な印象とはかけ離れた、優しい光だ。そういえば、彼女は癒やすのが役割の神世エルフだったことを今更ながら思い出す。


「ご心配を……おかけしました」


 治療の光が消え、ゆっくり起き上がると、ルーンは最初に謝罪の言葉を口にした。


「ルーン君っ! 良かったですぅ!」

「びっくりするほど元気ですから。大丈夫ですよ」


 それを見て喜び抱きつくラナリー。大事がなくて良かった。


「すまないなフィンディ。私が戦ってしまった」

「いや、別にワシは戦いに飢えておるわけでは……。まあいい、実はちょっと危ないところじゃったので、ワシが治療して正解だったのじゃよ」


 どうやらルーンは瀕死の状態だったらしい。あまりに深刻な状況だと私の魔術では治療できるか怪しいところがあるので、これで良かったようだ。 


「さて、邪魔が入ったが、これで女神の試練とやらが終わったわけだが……」

「バーツ様、あちらを」


 見れば、石碑から女性が現れていた。女神の登場ということか。

 彼女はうっすらと幻影のように佇む。

 女神は白い衣を着た金髪の女性だ。尖った耳が目を引く。まるでエルフのようだ。


『勇者よ、よくぞ試練を乗り越えました』


 にこやかに、慈愛に満ちた笑顔で女神は言った。

 邪神の介入を許しておいて、この態度。ちょっと殴りたい。


「落ち着くのじゃ。これはあらかじめ仕込まれていた映像じゃよ」

「そうなのか。それは仕方がないな」


 私の感情の変化に気づいたらしいフィンディが教えてくれた。まだ直接対面とはいかないか。


『勇者ルーンよ。中央山地にある神々の館に向かうのです。そこで我が名、女神ミルスを唱えた時、貴方は真の勇者になるでしょう』

 そう言って、女神ミルスの映像は消えた。

 石碑の上には装飾の無い腕輪が一つ残されていた。

 ルーンが石碑に近づき、それを手にする。


「僕にこれをもって中央山地に来いってことですよね……」

「どうしますかぁ? また邪魔が入るかもしれないですぅ」


 私達に問いかけるラナリー。

 さて、どうしたものか。

 そう思っていると、微妙に難しい顔をしたフィンディが口を開いた。


「ここは全員で中央山地に行くべきじゃ。それで道が開けるじゃろう」

「邪神の介入が想定される以上、ルーン達を連れて行くのは……」

「だからこそじゃ。ルーンを連れて行って、あの女神に会うのが一番の解決策じゃ」


 怒ったような喜んでいるような微妙な表情でフィンディが言った。なにかの確信に満ちた語り口なのが気になった。


「どういうことだ? もしかして、あの女神を知っているのか?」


 女神ミルスの素性を知っており、事態の解決を頼めると踏んだのだろうか。そんな想像をして質問した。

 フィンディはちょっと驚いた様子で私に言った。


「よくわかったのう。あの女神、元は神世エルフなのじゃよ」


 なるほど。それは確かによく知っている相手に違いない。

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