84話『女神の試練 その1』
私達が階段を降りきると、通路の天井が自動的に光を帯びて、その先の全容を教えてくれた。
そこにあったのは人が一人通れるくらいの広さのまっすぐな通路だった。
とりあえず、先頭をフィンディ、その後ろに私という順番で進むことになった。
「これなら私も後ろから魔術が放てるな」
「頭上で魔術を使われるのはちと不安じゃが有効じゃからのう……」
意外なところでフィンディの低い背丈が役に立った。これなら何が出てきても平気だろう。私達二人の魔術を同時に受けて無事ですむものはそうはいまい。
「あの、なんなら僕が先頭に……」
「私とフィンディなら大抵の事態には対処できる。ここは任せてくれ」
「ここはバーツ様の言うとおりにするのが楽で正解ですぅ」
「わ、わかりました……」
ルーンがちょっと寂しそうにしていたが、我慢して貰った。どうせ勇者向きの試練がこの先に待っている。彼の仕事はそれからだ。
何の特徴もない通路を、私達は慎重に進む。
しかし、通路が狭くて逃げ場が無いの怖いな。
しばらく歩いてそんな考えが浮かんだ時だった。
突如、魔術陣が前方の床に出現した。
「ん?」
詳しく観察するより早く、魔術陣から巨大な球形の大岩が現れた。
そのまま通路いっぱいの大きさの大岩が転がってくる。
「しゃらくさいわ!」
気合いの叫び一つ、フィンディの魔術で大岩は粉々になった。
「す、すごい」
「ただの岩だ。大したことではない」
「相変わらず道はまっすぐ続いていますぅ」
ただ一人、フィンディの魔術に驚くルーン。準備動作無しに岩を砕くのは並の魔術では難しいが、彼女の非常識な実力を知っていれば大したことではない。
ラナリーやピルンのように早く慣れて欲しいものだ。
そんなことを考えていると、また目の前に魔術陣が出現した。
今度は鉄球が転がってきた。
「同じパターンじゃと!」
「危険だから消すぞ」
とりあえず神樹の枝を使って鉄球を消し飛ばした。何の仕掛けもないただの鉄球だったようで、あっさりしたものだった。
「なんじゃ。この馬鹿っぽい仕掛けは……」
「こちらの消耗を狙っているのでは? とりあえず無視はできない罠でしたから」
「こう逃げ場がないと対処するしかないしな」
「確かに、僕とラナリーさんだけだったらかなり疲れていたと思います」
「持つべきものは頼れる仲間ですぅ」
実際、ルーン達だけでこの試練に挑めば、勇者の力を使うことになっただろう。
ルーンの話によると、勇者の力は任意で使えるが消耗が激しいらしい。そのためなるべく温存する方針でやっているとのことだった。
それからしばらくして、この通路における最後の罠が現れた。
三度目の床の魔術陣。
そこから現れたのは神っぽい魔力の輝きを放つ、金属製の球体だった。
神属性のミスリル球である。
「同じ手を三度も繰り返すでないわぁぁぁぁ!!」
なんか怒ったフィンディが消し飛ばした。ルーンの力を削るための罠だろうに、なんだか申し訳ない。
しかし、地味ながら破壊するしか切り抜ける方法がないのが嫌な罠だった。
そろそろ怒りで通路を破壊しかねない様子のフィンディを心配していると、広い部屋に出た。
次の試練だ。
部屋は殺風景そのもので何も置かれていないどころか、装飾一つ無い。
必ず女神とやらに仕掛けられた試練があるはずだ……。
少し気合いを入れて魔力探知をすると、私は違和感があることに気づいた。
「この部屋全体から、変わった魔力の気配がするな。何らかの魔術が発動している」
部屋全体から珍しい魔力の波動が出ていた。何を目的とするものなのか、気配だけではわからない。
「調べてみるのじゃ。全員、周囲を警戒せよ」
フィンディが杖の宝玉を光らせ、部屋全体の分析を始める。
全員が武器を持ち警戒する。既に罠の中いることもあり、場に緊張感が満ちる。
「特定の者の精神に干渉する魔術が仕込まれておるようじゃな。自問自答させて、迷いのあるものを空間からはじき飛ばす類の魔術じゃ」
「いかにも勇者の試練らしい仕掛けですね」
嬉しそうにピルンが言った。素早くメモまでしている。抜け目の無い男だ。
「言うまでも無いが、仕掛けはルーンだけに反応するようにできておるのじゃ」
まさに勇者の試練だ。さて、ここは……。
ふと見ると、フィンディの杖が複雑な魔術陣を展開していた。
「おい。何をしている」
「面倒だから魔術ごと解除しようと思うんじゃが?」
それでいいのか。
いや、確実な手段だとは思うが。
どうしたものかと思っていると、ルーンが遠慮がちに発言した。
「あの、僕に挑戦させてください。ちゃんと挑戦しないといけないと思うから……」
不安げだが、確かな意志を持った目で彼は言った。
「不正な手段で攻略すると試練を乗り越えたと判断されないかもしれないな」
「それもそうじゃな。ここは勇者に任せるとするかのう」
私の発言は半分本気で、残りの半分は勇者の出番を奪いまくろうとしている罪悪感からでもある。多分、フィンディも同じだ。
万が一、ルーンがこの試練に失敗したら、改めて魔術を解除して強引に進む所存である。
「ルーン君。気楽にいくですぅ」
「はい。行ってきます」
ラナリーに応援され、笑顔で前に出るルーン。
彼が部屋の中央に立つと、壁や天井がうっすらと発光した。
ルーンは目を閉じたまま動かない。私達には何が起きているかわからないが、彼の中で精神的な問答が行われているのだろう。
しばらくして、唐突にルーンが口を開いた。
「僕は、僕は勇者だからここに来たわけじゃないんです。たまたま平和を手にできそうな方法が目の前に転がってきたから飛びついただけの、馬鹿な人間なんです」
何かを諦めたような、それでいて穏やかな口調でルーンがそう語ると、一瞬だけ部屋が白い輝きで満ちた後、部屋の魔術は停止した。
「あ、皆さん……」
魔術が解けて目を開いたルーンが不安げに私達を見る。
「おめでとう。試練は成功のようだぞ」
見れば、部屋の壁に先への通路が出現していた。
○○○
今度も現れたのは殺風景な部屋だった。ただし、先程よりも更に広い。ちょっとした運動くらいできそうな広さである。
そして、殺風景ながら何もないわけではなかった。
「あれは……神兵と言ったか」
部屋の中央にのっぺりした感じの2メートルくらいのゴーレムが鎮座していた。細部は違うが大神官と戦った時に現れた『神兵』に似た外見である。
「少し形は違うが、大神官の繰り出してきたものと同じじゃのう」
「あの、強いんですかぁ?」
「かなり」
神兵はかなり強い。大神官の切り札に出てきたやつなどフィンディの攻撃を受けきっていた。あれが特別強いとしても、他の神兵ですら魔王軍の幹部であるクルッポと渡り合っていた。
試練として用意された敵として納得の強さではあるが……。
「僕……行きます」
少し迷った後、ルーンは言った。
「これは一人でないと駄目なのか?」
「多分、仲間も大丈夫じゃと思う。そうじゃのう。ラナリー、ワシが援護魔術をかけてやるから二人で挑むのじゃ」
「ええっ、それってずるくないですかぁ?」
「そのくらいしても罰が当たらないくらいの強敵じゃよ」
「じゃ、お願いするですぅ」
ラナリーはあっさり了承し、とりあえず二人が神兵に挑むことになった。私とフィンディが参加すると戦いらしいものにならず、試練として成立するか怪しいから様子見だ。勿論、危なくなったら手助けするつもりだが。
「ラナリーさん、行きましょう」
「勿論ですぅ。少しくらい良いところをお見せするですぅっ」
そう言ってフィンディから大量の援護魔術を受けたルーンとラナリーが神兵に近づいていく。
二人の接近を感知した神兵が起動。そのまま戦いが始まった。
神兵は、やはり強かった。
「うぇぇえぇ! 聞いてないですぅぅ! ちょっと強すぎですぅ!」
「ラナリーさん、喋ってると危ないですよ! うわぁっ」
フィンディの装備を身につけ、フィンディの魔術で強化された二人だが、神兵とようやく互角という様子だった。
二人が弱いわけではない、相手が強すぎるのだ。
「あばばば! 気をつけるですぅ! 掴まると電撃流されるですぅ!」
「それだっ。ラナリーさん! あいつは電撃を流してる時に動きが止まります! すいませんが囮になってくださいっ」
「えええっ。ルーン君とんでもないこと言うですぅ!」
「装備のおかげで少しは持ちますから。勝ったらまた二人で甘いものでも食べにいきましょうっ」
「囮了解ですぅっ。あばばばばば!」
「今だっ!!」
結局、ラナリーが身を挺して神兵の動きを止めた瞬間を狙って、ルーンが勇者の力を発揮した一撃を叩き込んだことで、戦いは終結した。
「な、なんとかなったですぅ」
「フィンディ様に装備を貰っていなかったら、危なかったです……」
「勝てて何よりだ。見事な戦いだったぞ」
「皆さん、あちらを……」
互いに感想を言い合う中、驚きを含んだ声でピルンが部屋の中央を指さす。
見れば、いつの間にかそこに四角い石碑が現れていた。
石碑の中心には宝玉があり、うっすらと瞬いている。
「ふむ、今ので試練は終わりということかのう……」
「あの、僕、触ってみますね」
「ルーン君、気をつけるですぅ」
ルーンがラナリーを伴って石碑に近づいた時だった。
唐突に、部屋全体に声が響いた。
『これだけじゃつまらないよね? ボクがもっと面白くしてあげるよっ』
悪戯を楽しむような嫌な響きを含んだ少年の声が聞こえた直後だった。
石碑を中心に、神々の魔力による結界が発生した。




