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83話「理由と方針決定」

「な、なんでですかぁ! ルーン君は平和を望んでるんですよ。なんで断るんですかぁ!」

「あの、なにかやっちゃいましたか?」


 私の拒絶の言葉に猛烈に抗議するラナリー。戸惑うルーン。どちらももっともな反応だ。


「はっ。やっぱりフィンディ様が遂に世界を……。それでですかぁ!」

「何がやっぱりじゃ! 魔王に関してはワシは限りなく部外者じゃ! あとで絶対に説教じゃからな!」


 何故かフィンディの怒りの炎に油が注がれたが、まあそれはいい。

 一応、私にだって考えくらいある。


「ルーンが信用できないわけではない。勇者と魔王が会った時、何が起こるかわからないからだ」

「それは、どういうことですか?」

「この世界に勇者と魔王の戦争を起こそうと企んでおるものがおる。ワシらがお主に会いに来たのはそれが理由なのじゃよ」


 フィンディが補足するとラナリーが小首をかしげながら怪訝な顔をした。


「そんなのお二人ならバーっとやっつけられるんじゃないんですかぁ?」


 無茶をいうな。相手は神だぞ。言えないけど。


「それが出来ない相手なのじゃ。正直、ルーンが魔王に会った瞬間襲いかかる仕掛けくらいしかねん奴じゃ」

「そ、そんなことないですぅ! ルーン君がそんなことするなんて――」


 再び激昂するラナリー。しかし、疑念を向けられたルーンがそれを手で制した。


「やめてラナリーさん……。あの、よくわかりました。納得です……」

「何か心当たりがあるのか?」


 驚くほど素直だ。「お前は信用できない」とはっきり言われたというのに。


「いえ。ただ、突然こんなに強くなった自分が普通の体なのかな、僕は僕のままなのかなって、ずっと思ってましたから」

「ルーン君……」


 なるほど。勇者には勇者の悩みがあるわけだ。


「納得して貰えて有り難い。しかし、そうだな、手紙のやりとりくらいなら平気だろう。どうだ、フィンディ?」

「手紙くらいなら大丈夫じゃろう。ま、状況が落ち着くまで文通じゃな」


 私だって勇者が平和を望むならすぐにでもサイカに会わせてやりたい。しかし、ここは慎重に行かねばならない場面だ。流石にそれくらいは考える。


「あ、ありがとうございますっ。いつか、魔王さんに会ってみたいですね」

「そうできるようにするつもりだ。どうした、ラナリー?」


 見れば、ラナリーが思案顔をしていた。先ほどから表情を変えるのに忙しい女だ。原因は私だが。


「皆さんは何だか安心してますけど、ルーン君はこれからどうすればいいのかなって思ってるですぅ」


 なるほど。二人は魔王に会うために女神の試練を受けていたわけだから、いきなり最終目的が消滅したわけだ。これは悪いことをした。

 そう思っていると、ずっとメモしていたピルンが遠慮がちに発言した。


「良ければ女神の試練の内容を教えてくれませんか? 個人的に興味もありますので」

「僕も詳しくは……。大神殿の地下で試練を受ければ、また女神様に会えるそうです」


 ほう。女神に会えるのか。それは面白い。


「神に会えるとは面白そうじゃ。バーツ、ワシらも協力せんか?」

「そうだな。女神というのに会ってみたい」


 今代の勇者と魔王を生み出した女神に直接会えるというのは私達にとっても都合がいい。平和的な性格のようだから神界へ行く件で協力してくれるかもしれないし、エヴォスについても聞けるだろう。勿論、エヴォスの罠という点も考慮して、慎重に行かねばならないが。それだけの価値はある。

 

「あの、いいんですか? バーツ様達、お忙しいのでは?」

「なに、これも仕事のうちだ」


 忙しい理由の大半は君だよ、とはとても言えなかった。


○○○


 そんなわけで私達は大神殿に移動した。

 大きな、非常に大きな建物だ。そもそも大神殿はこの地域全体の王城のような施設だったので当然の規模だとはいうが、それにしても広い。

 通りに面した崩れかけの神殿は一般向けの建物だったらしい。本殿はその向こうにある広い庭を通った先にあるという。外からは高い塔がいくつか見えるのみだ。

 周囲を囲んだ城壁も大分失われているが、残っているのはどこも高く厚い。巨大な本殿だけでなく各種行政機関をはじめとした施設が壮麗な建築物として中には立ち並んでいるという。


 そんなかつての大神殿も今では冒険者の探索場になっている。

 最近ようやく周囲の魔物を討伐できたそうで、この地域の優秀な冒険者はこぞって大神殿の敷地内を探索しているそうだ。

 ただ、その結果は思わしくない。長年続く内戦で何度も管理者が入れ替わり、とんでもない儀式にとんでもない実験、更には大規模戦闘を繰り広げた結果、魔物の巣になっているためだ。


「うぅ……。まさかあんな猛烈なお説教の後に怪しいお薬飲まされて現場直行とは思いませんでしたぁ」

「ワシを怒らせるのが悪いのじゃ。それに怪しい薬ではない、神世エルフの秘薬じゃ。元気になったじゃろ。で、ルーンの方はそれで問題ないかのう?」


 まだ怒っているフィンディの隣で、疲れ切った様子のラナリーがぼやいていた。

 あの後、彼女はフィンディから徹底的に説教をされて疲労困憊になり、薬を飲まされて無理矢理回復させられていた。まあ、不穏な発言を繰り返すのが悪い。

 対照的にしっかり休んだ勇者の方は元気そのものである。


「あの、本当にいいんですか? これって凄く貴重なものなんじゃ?」


 ルーンは装備が見違えていた。

 元々、それなりの品質のものを装備してはいたのだが、仲間は強い方がいいという判断でフィンディから装備品を与えられたのだ。

 出会った時は普通の鎧姿だった彼だが、今は全体的に白っぽい感じの神世エルフの鎧を身につけている。武器は柄に宝玉の埋め込まれた長剣、それと小さな丸い盾を持っている。

 きっと、これらの武具が彼を守るだろう。

 ちなみに、魔王への手紙はラナリーが説教されている間に書いて貰い早速魔術で転送しておいた。これはこれで返事が楽しみである。


「大神殿、僕の両親の仕事場だったんです。こんなに早く来ることができるなんて……」


 感慨深い様子でルーンは建物を見上げていた。両親との思い出の場所が今は危険な廃墟か。さぞ辛いだろう。


「ルーン君には申し訳ないですが、見た目は大神殿だけど、中は別物ですぅ。未探索の場所も多くて女神様がどこに試練を残したのかさっぱりなのですぅ」

「中で遭遇する魔物も強いそうですね。それでルーン様を鍛えつつ、大神殿の資料を探していたというわけですね」


 鍛えるついでに悪名が広がるくらいの冒険者活動をしていたわけだ。この街の人間は大変だったろう。


「よし、フィンディ、頼めるか?」

「内部の解析と同時に直近に神の遺した仕掛けが無いか探してみるんじゃな。ちょっと待っておれ」


 フィンディが杖を掲げると、青い光が空中に打ち上げられた。

 神殿の建物上空で光が爆発し、巨大な球形の魔術陣となる。

 広大な大神殿全体を包み込む大魔術だ。中にいる冒険者はさぞ驚いたことだろう。

 しばらく杖の宝玉を光らせた後、フィンディが言う。


「あったのじゃ。神によって封じられた地下への扉があるのう。上手に隠蔽されておる」

「すごい。まだ中に入ってもいないのに……」

「相変わらず非常識でずるいですぅ!」

「自分の持っておる力を行使して何が悪いのじゃ。ラナリーはまた説教じゃの」


 うへぇ、とラナリーが呻く。

 フィンディの言うことは間違っていない。力の限りを尽くすのは悪いことではない。


「フィンディ、案内を頼めるか?」

「勿論じゃ。ま、問題は扉がどんな作りになっておるかじゃの」


 フィンディが杖に明かりを灯す。私は全員分の隠蔽と高速移動の魔術を用意する。

 急いでいるので歴史ある大神殿の見学は無しだ。一直線に目的地に向かわせて貰う。

 

 数十分後、私達は一枚の扉の前にいた。

 大神殿本殿。意匠を凝らされた壮麗な建物の壮麗な廊下の一角。何でも無いただの通路に扉は隠されていた。

 扉は一見するとただの壁に偽装していたのだが、フィンディが杖を振るとあっさり姿を現した。

 きっと、ルーン達だけで来ていたら扉を出すだけでも一苦労だったろう。ちょっとだけ仕掛けを準備した女神に申し訳ない気持ちになった。


「ふむ。開かないな……」

「開かないですぅ」

「ルーン様が触っても駄目ですか?」

「す、すいませんっ」


 隠されていたのはこの建物に似つかわしくない地味な木の扉だ。しかし、それが開かない。勇者の試練の扉なのだから、ルーンがいれば何とかなると思っていたのだが、あてが外れた。

 ふと見れば、フィンディが杖を光らせて扉の前に立っていた。


「おい、何をする気だ」

「面倒だからぶっ飛ばして中に入るのじゃ」


 相変わらずの行動方針で安心した。止めよう。


「いやまて、少しは分析とかしたらどうだ。なにか大神殿由来のものが必要とか、そういう話かもしれないじゃないか。……そうだ、これがあったな」


 今更ながらキリエから聖印を預かっていることを思い出した。

 早速、ローブの中から取り出す。私達の持ち物の中で、もっとも大神殿と縁の深い品である。


「キリエ様から預かった聖印ですね」

「すごい……そんなものまで持っているなんて」

「知り合いだからな。どれ、これを近づけて駄目だったら力尽くで突破するか」

「結局ワシと同じ結論ではないか……」


 結論に至るまでの過程が違うのだ。一緒にしないで欲しい。

 聖印を近づけると、果たして扉が反応した。

 一瞬輝いた後、うっすらと扉そのものが消えていく。

 扉の向こうにあったのは階段だ。明かりはなく、深さもわからない。


「察するに、ここに入る条件は『大神官の子孫に認められること』だったのかもしれないな」

「そういえば、ここである程度強くなったら、もう一度キリエさんに会いにいこうと思ってました」


 もしかしたら、ルーンならその時点でキリエに聖印を貰えたかもしれない。まあ、仮定の話だ。

 ともあれ、扉は開いた。


「では、女神の試練とやらに挑むとするか」


 全員が無言で武器を構えた。

 勇者と魔王軍、考えてみれば奇妙な一行となった我々は、どこに続くかわからない階段を下りていく。

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