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81話「大神殿があった街」

「なるほど。想像よりもしっかりしているな」

「もっと厳しい場所を想像してたんじゃが、驚きじゃのう」


 かつては大神殿を中心に栄えていた聖都。

 今は廃墟となったその場所の周辺にこびりつくように作られた街に私達は降りたっていた。

 魔王城からここまで私達は文字通り飛んで来た。

 火急の用件なので、寄り道は無しだ。

 私達の前には水と緑に溢れたそれなりの規模の町並みと、高い壁が見える。

 その壁の向こうが旧聖都だ。向こう側は度重なる戦闘で水路が切られ、土と廃墟の町並みが広がっている。


「もう一度確認しよう。私達の目的は第一に勇者の説得だ。魔王との和解の道をさぐり、神界に渡るまでの時間を稼ぐ。それが出来ない場合は……」

「みなまでいうでない。わかっておる。覚悟の上じゃ」


 勇者というのは魔族以外には友好的なものだ。恐らく対話は可能だろう。

 もし、魔王の名前を出したとたん豹変したら。勇者を捕らえる。

 そして必要があれば封印する。できれば命までは奪いたくない。

 私達に必要なのは時間だ。神界に渡って、勇者も魔王も無意味なものに出来るまでの時間さえ稼げればいい。

 幸いなことに、勇者にはカラルドで会ったラナリーが同行している。交渉しやすい環境は整っている。


「さて、問題はどうやって勇者を見つけるかだが……」

「情勢が多少落ち着いているとはいえ、戦争をしていた地域ですからね。一応、この街は行政が機能していますが、周辺も含めて国といえるほどまとまっているわけではありませんし……」

「グランク王国の威光を頼る作戦は難しそうじゃのう」

「ダイテツはこのあたりまで援助の手を伸ばしてはいますが、距離がありすぎるため、効果的ではありません。せめて、もっと情勢が落ち着いてからであれば」

「権力に頼る線は難しそうだな……」


 これは苦労しそうだ。いくらピルンが情報収集の達人でも、コネも何もない場所では力を発揮できない。

 いっそ、私とフィンディの魔術で一気に探し出してしまおうか。

 どうせ、廃墟の中で冒険者がいつも戦っているんだから、少しくらい派手な魔術を使ってもいいだろう。

 そんな風に、手法について考え始めた時だった、


「ご安心ください。情報収集の手段はあります」


 ピルンが自信たっぷりに言い切った。


「流石はピルンじゃ。して、どのような手を使う気じゃ」

「実は、グランク王国からの支援の成果として、この街には冒険者ギルドがあるのです。あの組織はどこにでも作られますので」

「凄いな。職員の人とか危険じゃないのか?」


 冒険者はともかく、普通の事務員もいるはずだが。


「現地雇用ですよ。ここはかつての聖都がまるごと探索対象になっている冒険者にとっては夢のようなところです。冒険者ギルドが真っ先に出来るのは不思議なことではありません」


 そして、冒険者ギルドには情報が集まりやすい。ラナリー達の消息に一気に近づけるかもしれない。


「実に的確なところにコネクションがあるな。狙ってやってるのか?」

「勿論です。逆に言うと、冒険者ギルド以外の繋がりはあまりありません。色々と手を尽くしたのですが……」

「十分じゃ。では早速、ギルドに向かうとするのじゃ。今回はワシらも一緒で良いな?」

「勿論です。治安も悪いことですし、皆で行動するのがよいかと思いますよ」

「そうだな。街の中で安心できないのは困る」


 私のような無害な者にとって治安は大事だ。

 早くこの街が平和になるといい。安全じゃないところだと、フィンディが暴れる確率も増すしな。

 私達が行き先を決め、歩き出した時だった。

 とんでもない魔力の蠢きを私の感覚が察知した。


「っ! なんだ……これはっ」

「どうしたバーツ! って、なんじゃこの莫大な魔力は」

「え、何かあったのですか?」


 ピルンは気づいていない。いや、多分、街の中で気づいているのは私とフィンディだけだ。

 魔力感知に優れた種族なら、特に気をつかっていなくても察知してしまう大魔力。

 そんなものを生み出せる存在は限られている。

 私は精神を集中させた。意地でも魔力の出所を見つけてやる。

 

「あっちだ!」


 結果はすぐに出た。街の北西を指し示す。現場はその向こうに広がる、かつての神殿都市だ。


「巨大な魔力が地下で動いておるな。ピルン、バーツに掴まるのじゃ」

「は、はい。一体、何が?」


 言われるまま私のローブに掴まりながら、ピルンが問いかけてきた。


「わからない。それを確かめる必要がある」


 私達はすぐに魔術で飛び立った。

 向かう先は街を囲う城壁だ。高さがかなりあるので旧聖都を見下ろすには最適である。

 城壁の上からは、廃墟になった広い町並みが見えた。

 色彩の無い建物と、建物だったものの列。

 魔力の蠢きはその一角、大きな神殿の地下からだった。


「あの神殿の地下からだ。どんどん魔力が膨れあがっているな……」

「ピルン、念のためワシらの後ろにいるのじゃ」

「承知しました」


 ピルンが私達の後ろに隠れた。一応、街まで巻き込むような大爆発が起きた時のために防御障壁の準備をしておく。


「フィンディ、何だと思う?」

「……多分、お主と同じ事を考えておるよ」


 結果はすぐに来た。


 地面から、白い光の柱が立ち上った。

 魔力の性質は、神々の魔力に近い。

 音も無く突然現れた光の柱は神殿を飲み込んで、ゆっくり消えた。

 後に残ったのは瓦礫の山へと姿を変えていく神殿だ。


「い、今の光はなんでしょうか?」

「…………」


 フィンディが無言でこちらを見た。

 私は回答を口にする。


「恐らく、勇者の力によるものだ」


 今の白い光は神々の魔力に近い。私やフィンディのように自由自在といった使い道はなさそうだが、非常に強力な破壊の力を内包していた。なんというか、神属性とでもいえばいいのだろうか。そんな魔力である。

 ほぼ間違いなく、勇者によるものだろう。

 神に生み出された存在なら、神に近い力を振るえるものだ。


「近くに行くべきだな」


 土煙が上がる神殿跡を見ながら言う。


「うむ。行くとするのじゃ」


 私達は再び、飛行魔術で空を飛んだ。


○○○


 現場に近づくと、人だかりが出来ていた。

 人は住んでいないはずだが、冒険者が多い地域だったのだろうか?

 とりあえず、目立たない場所から様子を見ることにする。

 私達が最初に耳にしたのは怒声だった。


「おいこら勇者コンビ!! いい加減にしやがれ!!! 毎度毎度歴史的に価値ある建物を破壊しやがって!!!! お前らが今瓦礫の山に変えた神殿もこの街が復興したら観光名所になったんだぞ!!!!!!」

「すいません! すいません!」

「うぅ、ごめんなさいですぅ。でも、わざとじゃないんですぅ」


 ひげ面のおっさん相手に、ラナリーと少年が土下座していた。

 おっさんはまだ怒っていた。


「ちくしょう! 心配だからって皆で様子を見に来てたらこれだ……。なぁ、俺はこの街の出身で、故郷の復興のために働いてるって知ってるだろ? なんでいつもこんなことになるんだ?」

「……えっと、それはですねぇ」

「神殿の地下が、魔物の巣になっていまして……」


 勇者と思われる少年が遠慮がちに言った。皮鎧に腰には長剣。癖の無い黒髪で、声変わりしていなければ少女と間違えてしまいそうな顔つきの若者だった。


「地下で魔力をたっぷり蓄えた地蜥蜴の巣になっていたですぅ。子沢山の大家族だったですぅ」


 地蜥蜴というのは地面の下に巣を作る巨大な蜥蜴だ。体内に魔力を蓄える器官があり、それを利用して地面を隆起させたりする魔術のような能力を使う。巣への侵入者には非常に攻撃的で、一度暴れ始めると巣から溢れ出して大災害を引き起こすこともある。

 

 そんな魔物の存在を聞いたひげ面のおっさんはいきなり神妙な顔になった。


「……ほんとかよ。おいっ、どうなんだ!」


 建物の周りにいた冒険者らしき人々がすぐに叫んだ。


「確かに地蜥蜴の死体が沢山ある! 念のため後で魔術で焼いた方がいいかもしれん!」

「えへへ、地上に溢れる前にだいたい始末しておいたですぅ」

「本当にすいません。まさか、建物が壊れるなんて……」

「あー……まあ、事情はわかったからいい。人も集まっちまったし、後はギルドで話だな」


 事情を知って怒りが収まったらしく、おっさんが歯切れ悪く言った。


「あの男、冒険者ギルドの幹部です。周りにも何人か職員がいますね」


 目聡いピルンがそういった。服装などから類推したのだろうか。

 冒険者ギルドならコネがある。ここは利用させてもらおう。

 

「ピルン、ラナリーに挨拶した後、話すことは可能か?」

「勿論です。早速行きますか?」

「うむ。まあ、ここは慎重になっても仕方ないじゃろ」


 静かに状況を見守る必要もなくなったので、てくてくと彼らの方に歩み出る。


「よし、じゃあ、俺と一緒に……なんだお前ら?」

「バーツ様にフィンディ様! それにピルン様! グランク王国を目指していたんじゃないんですかぁ!」


 素っ頓狂な声で驚くラナリー。元気そうで何よりだ。


「ん? お? 知り合いか?」

「失礼致します。実はわたし達、こういう者でして……」


 早速ピルンがおっさんと交渉を始めた。冒険者ギルドの職員ならグランク王国の名前が効く。……ラナリーの奴、それがわかってて国名まで出したんじゃないだろうな。

 あり得る。彼女はかなり有能な人物だ。私達を見て、即座にこの場を切り抜ける方針を決めるくらいできる女だ。

 勇者も彼女も念のため警戒しておくべきかもしれない。気をつけよう。

 それはそれとして、挨拶は大事だ。


「久しぶりだな、ラナリー。君がここにいること、そして、一緒にいるその少年について、話を聞かせてくれ」

「え……あの、ラナリーさん?」

「はい! 喜んで同行させていただくですぅ!」


 戸惑う勇者の少年をよそに、ラナリーは即座に返事をした。

 彼女の声は、ちょっと震えていた。

 多分、後ろからフィンディが睨んでいたからだと思う。

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